僕は大人になんかなりたくない
明くる日の放課後。いつものように帰宅して、いつものように録りためた特撮番組を見ようとすると、録画が綺麗さっぱり消去されていた。嫌な予感がする。ヒーロー番組がいつでも見られるサブスクリプションは。確認すると、これも解約されている。反射的に自室に駆け込むと、お小遣いでコツコツと集めた大量のファングッズが、全て置いてあった場所から消え失せていた。ドアを開けたままの格好で呆然と立ち尽くす僕に母が何か言葉をかけてきたが、耳には入ってこなかった。沸々と怒りが湧いてきて、絶叫する。
「なんで消したの! なんで捨てたの! 大事なものだって知ってたはずだよね?」
「もうあなたくらいの年齢の子はね、あんなの見ないのよ! お母さん知ってるのよ。隼人、あなた最近小学生とショッピングモールのおもちゃ屋さんで仲良くしているそうね」
「それが何? 今それ関係ないよね!」
「あるわよ! 隼人、同い年のお友達はいるの? いつまでも年下の子とだけ遊んで。もうあなたは高校生なのよ?」
「だったらなんだって言うのさ。ちゃんと勉強だってしてるし、成績だって悪くないじゃない」
「そういう問題じゃないのよ……なんで分からないの」
母は泣いていたが、僕には意味が分からなかった。僕も涙をボロボロと流しながら、いつもならいないはずの時間に帰宅している父に向き直る。しかし僕の悲痛な叫びは、母はおろか父にも届かなかった。父は困ったように眉尻を下げながら、しかし強い口調で僕を嗜めてきた。
「まあお前が大人になって自由に金が使えるようになったら、また揃えればいいじゃないか」
親の金で買っているのに、勝手なことを言うんじゃない。といったことを言われたような気がするが、その理屈も全く僕には理解できない。僕が貯めたお小遣いやお年玉で買ったものは、僕のものじゃないの? 怒りと疑問が次々と湧いてきて、思考がまとまらない。
「母さんは、いや、父さんもだが。とにかく心配なんだ。最近学校も楽しくないんだろう。見てれば分かる」
「こういうのが好きだから浮いてるって聞いたわ。だからね、ああいうのはもうやめなさい」
学校が楽しくないのも、同級生の中で浮いているのも、それは確かに事実である。しかしそれがなんだ。だからといって僕が特撮を見るのを諦めないと行けない理由がない。
「部活にでも入ればいい。きっと楽しいし、友達もできる。すぐに特撮のことを思い出す暇もなくなるさ」
父さんの考えは、実際にそうかもしれない。翔太は部活で忙しくしていて、特撮を見る時間がなくなったのだ。でも父さんたちがやったことは、順番が逆だ。それに特撮を失った穴を埋めるほどのものなど、今の僕には想像もできないし、きっと両親に決められるものじゃない。
何をどう言っても、両親には僕の思いが通じない。そう、どれだけ話をしても無駄なのだ。だって、両親は自分たちがやったことが正しいと信じて疑わない。僕の気持ちなんて置き去りにして、僕にとっていいことをしたと信じ込んでいるのだ。
2人から視線を外し、自分の部屋を見る。小さい頃からコツコツと集めて、ずっと大切にしてきた宝物をすっかり失った空間を見つめていたら、なんだか逆に笑いがこみ上げてきた。突然笑い出した僕を両親が困惑したような表情で見つめているが、もはやどうだっていい。
「もういい、分かった。2人とも、あいつらと変わらない。うん、僕の味方なんていなかったんだ」
僕の言葉に、父は声を荒げて叱責をした。しかしもうどうだっていいのだ。だって僕には何もないのだから。
「分かってる。分かってるよ。言うとおりにするから、今日だけはもう眠らせて」
何か言いたげな2人をよそに、部屋に入ってドアをしめる。
「さすがにやり過ぎだったんじゃないか」「こうでもしないと分からないわよ」という両親の声が聞こえてきたが、もはや怒りすら沸いてこない。感情が全て枯れてしまったみたいだ。
ベッドに入って布団を頭まで被る。こうして特撮のことを空想する時間が好きだった。でも今はもうなんの想像も湧いてこない。ただむなしいだけだ。
ずっとテレビの中の特撮ヒーローに憧れていた。少々嫌なことがあっても、ヒーローの活躍を見れば大体のことを忘れることができた。ヒーローが悪を薙ぎ倒していく姿は、爽快で痛快だった。でも、そんなヒーローは現実にはいない。いや、だからこそ好きだったのかもしれないな。
どうして、好きなものをずっと好きでいちゃいけないんだろう。なんで好きなものを嫌いにならないといけないの。大人になるってことがそういうものなら、僕は大人になんてなりたくないなあ。大好きだったものが全てなくなってしまった自室で、空虚な気持ちを抱きながら僕は目を閉じた。二度と朝なんて来なくていい。僕はこのまま、子供のままでいい。
理不尽に耐えるのが大人なら、僕は大人になんかなりたくない 東妻 蛍 @mattarization
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