第27話 お料理香音ちゃん
「香音さん」
「はい」
目の前に出された皿と、その奥の香音を視界に入れて僕はため息を一つついた。
皿の上には黒く焦げた塊が無造作に置かれている。傍から見れば博物館に展示されている現代アートのようだった。ましてやこれが食べ物だと誰が気づくだろうか。いやない(反語)
「なんでこんな奇天烈な料理が作れるんですかね?」
「・・・す、すごいねゆったん!私が作ったのがオムレツだってよく分かったね!」
「奇天烈って言ったんだよ!てか自覚あるなら何で作るなんて言ったんだよ!」
「だ、だって!こういう時って女の子が料理をふるまうのが定番じゃん!女子の一種の憧れみたいなもんじゃん!」
「料理をできるようになってからその憧れを成就してくれよ!ほら、横ではこのダークマターを食べた河合が泡吹いて痙攣してるし!」
僕の横では、この物体を「ありがとう香音ちゃん!」と満面の笑みで口に入れた河合が今まさに生と死の瀬戸際を行き来しているところだった。
「・・・はっ!お、俺は何時間寝ていた!」
あ、蘇った。
「大丈夫、一分も気絶してない」
「おばあちゃんが川の向こうで手招きしてたぜ・・・」
「この前おばあちゃんからの仕送りで喜んでたのはどこのどいつだよ、罰当たりな」
河合は起き上がり、机の上を見る。机の上には僕の分のダークマター。
それを見た河合の体中あらゆる場所から汗が噴き出す。
「ひっ・・・それを俺に見せないでくれぇ!」
「お、お前一体どんな体験をしたんだ」
「人の料理を呪いの産物みたいに言うなぁ!」
「いや呪いだろもはや。失礼しますよっと」
僕は目の前に置かれた皿を丁重に片付ける。それを香音は不服そうに見ていた。
「ぶー、せっかく作ったのに」
「科学物質をな。仕方ない、適当に作るか」
「えーっ、裕斗の料理かよー。華がねぇなぁ」
「そうそう、華がなーい」
「華は華でもトリカブト刺さっているよりはマシだろ」
僕は冷蔵庫から食材を適当に取りだし調理を始めた。
「あ、私手伝おうか?」
「絶対にやめてくれ」
:::::::::::::::
時刻は午後9時を回ったところ。8時頃に遅めの晩御飯(僕が作った)を三人で完食したのち、河合が主宰のパーティーが開催された。
僕の部屋中にありとあらゆるお菓子とジュースが陳列され、瞬く間に僕の部屋は宴の場となったわけだった。
1時間ほど騒げば、読書疲れもあってか僕たちの体力は底をつき「宴もたけなわ」となったということだった。
アルコールの入った飲み物は、そのパーティーには置かれていなかったはずだが、僕の隣では河合が気持ちよさそうに眠っていた。
「そろそろ遅い時間になるけど帰らなくていいのか?」
僕は、隣でコップに入ったジュースをくゆらせていた香音に聞いた。香音はそのジュースを一気に飲み干すと、僕の方を向いて首を傾けた。
「わたしー、もう今日は帰りたくなーい」
「そういうセリフはもっと色気を身に付けてから・・・ごふっ!」
僕のそのデリカシーゼロの発言は見事香音のボディーブローに遮られた。こいつ、いい右を持ってやがる・・・。じわじわ効いてきたぜ・・・。
「・・・で、どうするん、ですか・・・がふっ」
「はいはい、帰りますよーだ。あんまり遅くなるとお爺も心配しちゃうからね」
香音はそう言うと、床に散乱しているゴミを整理しだした。
「あ、悪い。手伝うよ」
僕も続いてゴミの片付けに入る。床にはゴミのほかに河合も横たわっている。河合め、気持ちよさそうに寝やがって。お前が一番散らかしたんだからお前が片付けろよ!
「ゆったんさ」
ゴミの片付けをしようと腰を丸めた僕に、香音は言った。
「ゆったんが会いたい人ってさ、どんな人なの?」
「えっ!?」
僕は、香音の方を振り向く。香音はいかにも恋バナが好きそうな女子のような顔でこちらを見ていた。
「どんな人・・・なのかな」
僕はその問いにすぐには答えられなかった。そのまま考え込んでしまう。
僕は『彼女』が好きなのか?それとも僕が好きなのは春野世奈なのか?
考えれば考えるほど、答えは遠のいていく気がする。
「なにそれ、自分でも分かんないの?」
僕のその様子を見かねたのか、香音はつまらなさそうに大きくため息をついた。
「悪い」
「いや別に悪くはないんだけどさぁ。お爺も言ってたでしょ?思いが大切なんだって。ゆったんがその人に感じてる気持ちが曖昧のままで、その人に会えないと思うけどね」
香音は丸めた背中をぐぐーっと伸ばし、伸びをした。
「それに、もし会えたとしても今のままじゃ何もできないんじゃない?その人に会って何を伝えたいのか、それを一番分かってなきゃならないのはゆったんだよ」
「・・・すごいな香音は」
僕みたいにうじうじ考えている人間とは違う、香音の強さを感じる。僕一人考え込んでいるだけでは到底思いつかないようなことを香音は教えてくれる。香音だけじゃない。河合も鈴木さんも悠奈さんも。皆が僕を支えて道を照らしてくれている。
「僕は、助けられてばっかりだ」
僕は弱々しくつぶやいた。
「いいんじゃない?」
そんな僕に香音はそう笑いかけた。その笑顔が『彼女』と重なる。
「・・・うん」
僕は勇気づけられた気持ちで立ち上がった。
「あとは僕が片付けしとくよ、今日はもう帰った方がいいよ」
僕は香音にそう言った。香音は少し寂しそうな顔してから
「ん、分かった。ゆったんも休みなよ、眠れてないんでしょ?」
と、僕を心配してくれた。僕は思わず顔を手で覆って隠す。
「・・・ばれてた?」
「目の下のクマが凄い事になってるよ。絶対にエナジードリンク漬けの毎日なんだろうなって思ってた」
「・・・面目ない」
僕は香音に頭を垂れる。さすがはあの人の孫だ、一生敵いそうにない。
「ほら、河合っち。今日はお開きだってさ、起きなよ!」
そんな香音は河合の腹を容赦なく蹴り飛ばしていた。うわ、あれ痛そう。
河合は苦悶の声を上げている。今日はあいつ散々だな・・・。
「がはっ・・・!いい蹴りだ、香音ちゃん・・・!」
「はい、帰るよ」
「冷たいところもクールビューティーで素敵だぜ・・・」
河合はよたつきながらも立ち上がった。生まれたての小鹿みたいに足をプルプルさせながら玄関に向かっていく。
「じゃあ、また明日来るから。よろしくねゆったん」
「あ、明日も来るのか・・・」
「当たり前でしょ!ゆったんとのデートがかかってるんだから!」
なんとも律儀な子だ。僕とデートしても何も楽しい事なんてないと思うのだが。最近の女の子の考えている事は分からない。まあ同級生の乙女心さえ分からないのだが。ははっ、悲しくなってきた。
「じゃ、また明日ね」
香音はそう言うと玄関のドアを閉めた。後には僕だけが残される。先程までの騒がしさとは打って変わってエアコンの音だけが部屋に静かに響いていた。
あんなにも騒いだのはいつぶりだっただろうか。世奈さんと二人きりの時も、『彼女』と二人きりだった時にも味わうことのなかったあの喧騒。
僕にはそれがひどく愛おしく感じられた。かけがえのない、得られ難いものであるように感じられた。
そして僕は気づいたのだ。
「僕は一人で生きてるんじゃ、ないんだな」
僕は部屋の隅に置かれた棚に向かい、上から二段目を開ける。そこには悠奈さんからもらった白い古びた手帳が横たわっていた。
『もし不安なら、持っていてくれるだけでも構いません。私が持っていてもきっとこの日記を開く勇気は湧いては来ませんでしょうから。あなたならその勇気をきっと手に入れることができる。私にはわかります』
悠奈さんの言葉がよみがえる。そして思う。
今なら、世奈さんの過去と向き合える気がするのだ。
「僕は弱い」
その通りだ。僕は弱い、一人じゃ何もできないちっぽけな人間だ。
「でも、僕は強くなれる」
周りの人間の支えで僕は生きていられる。強くいることができる。
「だから」
だから僕は
「もう一回だけ、頑張ってみるよ」
僕は静かに、その手帳に手を伸ばした。
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