第25話 約束
ただひたすらに、ページをめくる音だけが部屋に響く。静かな図書館も顔負けの荘厳さが、部屋中に漂っていた。あんなに文句を言っていた河合もいざ作業に入ると、集中して本読みに没頭している。こいつ、こう見えて成績いいんだよな。なんやかんやでスペックが高いところがまた腹が立つ。
目の前の香音を見るとこちらも集中しきっていて、話しかけるのが憚られるくらいだった。こいつ学校でもこんな風に本を読んでいるのだろうか。友達いるのかな・・・ってなに下らないこと考えてるんだ僕は。
なんだか僕だけが集中できていないようで恥ずかしくなってきた。
目の前に広げられた本には古今東西の古い伝説や言い伝えが載っていて、読む分には楽しい。それは間違いない。ただその中から、目当ての情報である「もう一度同じ魂に逢う方法」を探す作業があると考えると、そんな内容も気楽に楽しんではいられなかった。例えると、小麦粉の中から一粒の砂を見つけるイメージ。途方もない作業だ。
僕はまたひたすらに本に集中し、目当ての情報を探そうと気合を入れ直した。
鬼が人里に下りてきた話、竜が天に昇った跡が川になった話、妖怪変化の類の話、エトセトラエトセトラ・・・かれこれ二時間ほど集中して本を読んだが、一向に目当ての情報は見当たらなかった。それどころか「モノに魂が宿る」話も見当たらない。本当に大丈夫なのだろうか。というかあの話自体が鈴木さんの作り話という説も否めない。ああ、だめだ。またいろいろ考えてしまう。一旦リセットしよう。
僕は気分転換がてら立ち上がり、キッチンに向かった。戸棚からコップを一つ取り出し、それに水道水を入れてから一気に飲み干した。
「なーにしてんの?」
そのコップをシンクに置いたその時、隣から声がする。香音がそこにはいた。
「いや、まあ気分転換?」
「奇遇だね、私も」
香音はそう言って、冷蔵庫の中からジュースを取り出す。いや、いつ買ってきたんだそのリンゴジュース。河合の仕業か?
香音は遠慮なく戸棚からコップを取り出し、ジュースを注いだ。
「進捗はどう?」
香音はコップに口をつけながら僕に聞いてきた。
「まずまずってとこかな」
「まずまずって顔してないよ、ゆったん」
そう言われて、僕は自分の頬を引き延ばした。きっと険しい顔をしていたのだろう。
「ねえ、もしかしてさ」
香音が少し気まずそうに、話を僕に振ってきた。
「その、もう一度会いたい人っていうのはさ・・・ゆったんの恋人だったりするの?」
僕はそう言われた途端、驚きのあまり香音の方を見てしまった。僕が急にこっちを見てきたことに驚いたのか、香音も一瞬驚いたような顔をする。
「なん・・・で、そう思うんだ?」
僕はその質問に質問で返してしまう。これでは、とある町に住む殺人鬼に怒られてしまう。
「なんでって・・・必死だからかな。好きな人のためじゃないと、そんな必死な顔になんてならないよ、きっと」
僕はそんなに分かりやすく焦っていたのか、女の子に見透かされるくらいに。僕は無性に気恥ずかしくなった。
「もし・・・そうだとしたらどう思う?」
僕は香音にそう聞き返す。香音はその途端に困った顔をした。
「どうって・・・信じられないよ、正直。けど私はゆったんを信じるって決めたから。その話がどれだけぶっ飛んでても、私はゆったんを信じる」
「馬鹿らしいって・・・思わないか?」
僕はそう言い終えてからハッと気が付いて口を手で覆った。なんてことをいったんだ僕は。せっかく信じるって言ってくれた人に「馬鹿らしい」だなんて。失礼にもほどがあるだろう。
手がかすかに震えるのが分かる。こんな女の子の前でもこんなもっともない姿を晒すなんて、やっぱり僕は弱い人間だ。
香音は僕のその問いには答えず、じっと佇んでいる。傷つけてしまったのだろうか。
「わるい・・・」
「思わないよ」
僕のその震えを切り裂くように、香音はそう言い放った。
「思わない」
「・・・なんで」
僕は香音に三度聞き返す。
「何でって、わたしがそう決めたからに決まってんじゃん。ゆったんがどんなに頭お花畑でも、どんなにひどい虚言癖でも、私が信じるって決めたから。だから馬鹿らしいなんて思わない。そんなの信じてる私も一緒に馬鹿らしいって事じゃん。私は馬鹿じゃないし、ゆったんは知らないけどね・・・ってそうじゃなくて私が言いたいのは、ええっとつまりね」
香音は少し興奮したのか早口でそう捲し立てた。
「ゆったんはもう諦めたいの?その大事な人に会いたくないの?」
香音は僕の目を見て、そう聞いた。僕はその問いを深く考えた。
僕は『彼女』に逢いたい。もう一度会って、伝えなければいけないことがある。
もし香音が、河合が、鈴木さんが、僕を信じてくれるのなら。僕は。
「あきらめたくない」
そして僕は香音の問いに、重く静かにそう答えた。
「そんなにやる気に満ちた顔、できるんじゃん。初めからしなよ、その顔。今日会った時から沈んだ顔してんな―って思ってたからさ」
香音は満足そうにそう笑うと、部屋に向かっていった。
「香音」
僕は彼女の名前を呼んだ。
香音はすこし疲れた顔でこちらに振り向いた。
「なに?まだ何か足りない?」
「ありがとな」
僕はそう彼女に言い放つ。
彼女は照れ臭そうに笑いながら
「約束のデート、忘れないでよねっ」
と、一言そう言ったのだった。
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