第24話 鉢合わせ

眠りに沈んだ意識が覚醒という水面を突き抜けて、僕は現実に引き戻された。疲れて瞼が重たくなった目をどうにか見開いて、デジタル時計に映された時刻を確認する。

時刻は午前11時30分。僕はぼーっとその時計を見つめてから、大きく伸びをした。今日は香音が家に来る・・・らしい。何を考えているのかは全く分からないが、僕を思ってのことなんだろう。その誠意を無駄にはできない。にしてもやけに気に入られたものだ。普通は男の家に一人では来ないだろうに。もしかして今の女の子はそれが普通なのだろうか、そう思うと恐ろしくてならない。


机の上を見ると、昨日ヒーヒー言いながら持って帰ってきた本たちが気持ちよさそうに横たわっている。その本たちを見ると、両腕がズシンと重くなった気がした。いや実際に重い。間違いなく筋肉痛だった。僕はじんじんと痛む両腕をだらんと脱力させた。


「まあ、まだ三十分くらい時間あるしゆっくり用意しますか」


その腕を交互に伸ばしながら立ち上がる。部屋はまだ整理整頓されていて綺麗だった。少なくとも人を招待できるくらいには整っている。以前は足の踏み場所さえもなかったのに。


部屋の状態を確認してから僕は洗面台に向かい、顔を洗う。冷たい水が顔を包み、僕のまだ寝ぼけた意識をフル稼働させる。鏡を見ると、びしょ濡れの顔をした僕が間抜け面でこちらを見ていた。


「はあ、ひっでえ顔」


僕がそう呟いたとき、部屋のインターホンが唐突に響いた。僕は少しだけ体を震わせ、スマホで時間を確認する。時刻は午前11時40分、まだ香音との約束の時間ではない。宅配便か何かだろうか?

僕はタオルで顔を拭いてから、玄関に向かう。そしてゆっくりとドアを開けた。


「おそようさん」


夏の蒸し暑い空気と共に、僕の部屋の前に来たのはいつものメンツ略してイツメン。そして残念ながら女子高生の華やかさとは無縁の男だった。


「何しに来たんだ河合」


僕は、優しさに満ち溢れた顔で目の前の友人に話しかけた。


「めちゃくちゃ嫌そうな顔するじゃん、なんだ今度こそ新作見てたのか?」

「何でお前は、僕の事をすぐに欲求不満扱いするんだ。そんなわけあるか」

「はいはい、んじゃお邪魔しまーす」


河合はポイポイっと靴を脱ぎ棄てて、すぐさま部屋の奥に向かっていった。いやちゃんと靴並べるくらいしろよな。どんな教育受けてんだ。

僕はそう思いつつ、河合の靴を蹴り飛ばした。深い意味はない、出来心なんです。なんか無性にイライラしたからとかじゃないんです。

部屋に向かった河合が一人で何をしだすのかも心配なので、玄関のドアを閉め自分も部屋に向かおうとしたその時だった。


「おっはよーゆったん・・・ってもうお昼か。ちょっと早めに来たけどお出迎えなんて殊勝な心掛けじゃん?って何その顔」

「・・・いや、三十秒後の出来事が予測できたので・・・」


玄関に立っていたのは、今度こそ正真正銘の女子高生である香音だった。いつもの制服やエプロン姿とは異なり、いかにもそれっぽい私服に身を包んでいた。黒いダボっとしたシャツに、丈が短いジーンズ。そのジーンズで隠しきれていない太ももは健康的で、男性なら誰でもくぎ付けになること間違いなし・・・いかん、やっぱり変態っぽいぞ僕。

しかしそれ以外の露出が少ない・・・というか見当たらないところがまた香音らしいというか何というか、いわゆる純真な乙女らしかった。鈴木さんの教育の賜物だろうか。僕や河合とは大違いである。とそんなことを思っていると


「なにその出来事って。とりあえずお邪魔しまー・・・」

「なー、裕斗。冷蔵庫の中にあるもんって勝手に飲んでいい・・・」


そしてきっかり三十秒後、予想通り二人が鉢合わせた。はいはい予測できたよこれくらいの事は。この後二人して大声で僕を罵るんだろ知ってるよ。


「なっ・・・お、お前いよいよ犯罪に手を出したのか!?」

「なっ・・・ゆったん、この人だれ!?もしかしてそういうつもり!?」


なんで僕は毎度毎度、犯罪者予備軍のような扱いを受けなければならないのだろうか。あと香音、そういうつもりはどういうつもりだ。18禁展開はNGだろうが倫理的に。


「とりあえず、二人とも落ち着いて部屋で話そう、な?」


僕は予測しきっていたその展開にため息をつき、そしてゆっくり対応を始めた。


::::::::::::::::::


「・・・まあ、大体そういうことなんだ」


冷たい・・・とは言えないくらいにぬるくなったペットボトルを手にしながら、僕は河合への一連の説明を終えた。

時刻は12時を少し過ぎたところ。現在僕の部屋には3人が机を中心に輪を成して座っている。疲れ目の僕。生JKにドギマギしている河合。そんな河合を、ゴミを見る目で蔑んでいる香音。そんな僕たちに囲まれ机の上の本たちの居心地が悪いように見えた。


「なるほどなぁ、てっきり裕斗が慰みに犯罪に手を出したのかと・・・」

「まあ、ゆったんはそんな感じしますよねー」

「そんな感じってどんな感じだおい!?」


手の中のペットボトルを握りしめて、僕は怒鳴る。まったくもって心外である。僕はそんなに犯罪者顔なのだろうか。よく近所のおばあちゃん達からは「可愛い顔してるねぇ」って評判だったんだぞ?・・・いかん、泣きそう。


「んで、えっと香音ちゃんだっけ?俺は河合修一っていうんだ。よろしくな」

「はい、鈴木香音です。よろしくお願いします」


先程の喧騒とは打って変わって、大人同士の静かな挨拶が交わされる。なんだか僕だけが子供のような感じじゃないか。僕の精神年齢は植物の域まで達しているというのに・・・


「そんで裕斗よ、この机の上に積み上げられた本はいったい何だ?今から学者にでもなるつもりかよ、やめとけやめとけ」


説明を聞き終え、訝しげな顔をした河合は全重量約20㎏の本たちを指差した。確かに、一人暮らしの大学生の部屋にこの分厚い本は異様である(個人の見解)。僕も今改めて実感した。


「これはあることを調べるために集められたエリートのためのエリートによるエリートの本だ。そうだちょうどいい、河合お前も手伝え」

「へー何調べてんだ・・・って今なんて言った?手伝う?」


河合は目の前に積まれた本を指差し、いかにも信じられないといった表情でこちらを見てきた。僕の顔を見ても、目の前の本は薄くならないぞっ。全く可愛い奴だ。


「お前も調べろって言った」

「いやいや、俺は大学生だぞ?大学生の本分は遊びと睡眠だろうが!お前は学生を舐めているのか!」


なんて過激な一言だろう。福沢諭吉が助走付けてキックしてきそうなセリフである。


「仮にも大学受験がまだ終わってない高校生がいる場で、よくそんなことが言えたな」

「いやゆったん大丈夫。理系はともかく文系の大学生って普段何してるかよくわかんない人たちだと思ってるから」

「お前もお前で敵を作る発言がお上手ですね!?」


いやいや文系の大学生も色々と大変なんだよ?ここではあえて説明しないけども・・・確かに僕って普段何してるんだろう。いやきっと世の中の人の役に立つことを勉強してるんだ、間違いない。

僕が悶々とそんなことを思っている間に、香音が痺れを切らしたように切り出した。


「で、ゆったん。無駄話もほどほどにしてそろそろ始めない?」

「・・・はぁ、またあの活字の樹海に入るのか僕は」


昨日の作業をまた今日もすると思うと、筋肉痛で重い両腕がさらに重くなった気がしてならない。『彼女』のためとはいえ、憂鬱にならざるを得なかった。

そんな風に背中を丸めため息をつく僕の背中に電撃が走る。


「俺も手伝う羽目になったんだからシャキッとしろよリーダー!」


河合に背中を思いきり叩かれ、僕は体を跳ねさせた。河合め思いっきり叩きやがって。あとでお茶にピーピーラムネ入れといてやるからな。ピーピーって言われたらお腹痛くなるんだからな。

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