第23話 読書
静かな古本屋にパラパラと紙をめくる音が二つ、静かにこだましている。かれこれ三時間ほど分厚い本を読んでいるが一向に進む気がせず、まだ半分にも至っていない。僕は休憩がてらに、目の前で同じく本を読んでいる香音の方をちらりと覗いてみる。
香音の方はかなり集中しているようで、声をかけるのもはばかられるほどの雰囲気を醸し出している。さすが読書家、本への執着度が半端じゃない。
僕も負けじと再び本に目を落とす。とその時、香音が突然声をかけてくる。
「ねえ、ゆったん」
「え?」
僕は本を読む手を一度止め、香音の方を見る。彼女は机に体を突っ伏して、ぐたーっと伸びていた。ちゃんと本を脇に置いてから突っ伏しているあたりちゃんとしている。さすが古本屋の孫。
「ずーっと、この面白くない本読んでるんだけど。これなんか意味あるの?」
「ほんっとに巻き込んでごめんな」
僕は不服そうな香音の声に対して謝罪をする。本当に、すべてが終わったらきちんと鈴木さんと香音にもお礼をしなければならない。
「そーゆーことじゃないんだってば。べつに退屈してたのは事実だし?けど、意味もなく意味の分からない本を読むことほど苦痛なことはないんだよねー。まあ、ゆったんが一生懸命読んでるの見たら、負けたくないって思ったから私も集中して読んでたんだけどさ・・・って私が言いたいのはそういうことじゃないんだって」
混乱したように次々と言葉を並べる香音に、僕は気を鎮めるよう声をかける。
「まあ、落ち着けよ」
「うん、そうする。落ち着く・・・それで、なんでこんなこと調べてるのかって話」
さぞ不思議そうに首を傾げ、そう訊ねた香音に対し僕は口籠る。一度生き返った自分の彼女に会うため・・・なんて言ったらきっと
『・・・きもっ』
って言われるに違いない。それはメンタル的に非常にきついところがある。そんなことを思いながら「うーん、うーん」と言葉を選ぶ僕に対して、香音にどんどん苛立ちの色が見え始める。
「あのさぁ・・・手伝ってるんだからそれくらいは教えてくれても・・・」
「あ、ある人に!ある人に会いたいんだ・・・!」
僕はかなり誤魔化しつつそう答える。少し無理があっただろうか。
「ある人?それって誰?っていうか『もう一度会う方法』を調べてるってことは、一回その人・・・ってか魂には会ってるってこと?」
「・・・まあ、そういうことになると言えばそうだし・・・そうじゃないって言われればそうじゃない・・・的な感じみたいな?」
「・・・何それ馬鹿にしてる?」
「してないしてない・・・けど、一度その『魂』を見たって言われて信じるのか?」
「それは、まあ頭のおかしな人だなぁ残念だなぁ、とは思うけどさ」
「思うんじゃん!!」
「けど、ゆったんが嘘つく理由もなさそうだし信じてあげてもいーよ?」
そういって香音はどこかいたずらっぽく笑う。
「あ、ありがとう香音」
「ううんいーのいーの。その代わり、ちゃんとその問題が片付いたら」
そこで香音は初めて自分の目的を話した。
「ゆったん全負担のお買い物デート、付き合ってよね」
どうやら僕は、この子にずいぶんと気に入られたようだった。
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「今日はとりあえずこんなところで終わりかなー」
凝り固まった体をぐぐーっと伸ばす香音に対し、机に倒れこむように伏せている僕。時刻は午後七時。かれこれ五時間本に没頭していたようだった。途中で来た他のお客さんには二人で対応した。鈴木さんめ、さぼってやがる。
「・・・なんで車にひかれたヒキガエルみたいにぺったんこになってんの?」
「例えが独特なんだよ・・・」
僕はそう突っ込みつつ、重たい体をどうにか持ち上げた。肩と首のあたりが石のように固まっている。最近本なんて読んでなかったからなぁ。
「それで、ゆったんの方はお目当ての情報見つけられた?」
ペットボトルに口をつけつつ、香音がそう尋ねる。僕は力なく首を横に振った。
「いや、どこにも書いてなかった。だいたい書いてる内容がアバウトすぎて情報になりそうなものがほとんどない」
「わたしも同じような感じかなー。なんせおとぎ話みたいなものだからね。そこから現実に結びつくような情報を見つけろってほうが無理な話だと思うよ?」
そう、大体が伝説をもとにしたおとぎ話のようなものなのだ。むしろ世奈さんのケースが激レア中の激レアなわけで・・・
「ていうか、ゆったんが会いたい人が、そのなんていうんだろ、何かモノに宿った魂である証拠なんてあるわけ?」
香音が半分呆れたような声のトーンで聞いてくる。
しかし、それに関して言えば僕は絶対といっていいほどの自身があった。
「大丈夫、それに関しては大丈夫」
「・・・あ、そ」
香音はそれだけ言うと、ペットボトルを咥えたまま立ち上がった。
「んで、その本持って帰るんでしょ?」
「え?・・・まあ、家でも読むつもりだったけど今日はもう疲れたっていうか・・・」
「なにそれ、根性ないね」
香音はそういうと、机の上に散らかされた本を一点にまとめて高く積みだした。本は全部で五冊。一冊一冊が辞書のような厚さと重さだ。
「これ、持って帰って」
「えっ?」
香音が唐突に切り出す。僕は思わずそのまま聞き返してしまった。いや、冗談だろ?これ全部で何キロあると思ってるんだ?
「明日も来るからいいよ・・・あ、買えってこと?それならいくらか教えてくれれば・・・」
「違う!別に買わなくたっていいよ、貸しといてあげるから。お爺にもそう伝えとくし。ゆったんにならお爺も許してくれるだろうし」
「じゃあなんで?」
話の内容がいまいち頭に入ってこない。貸してくれるならここに置いたおいてもいいはずなのに、なんで持って帰らせようとするんだ?
「あー、もう!明日ゆったんの家に私が行ってあげるって言ってんの!そっちの方が、ゆったんもわざわざここに来なくてもいいわけだし!」
「いや、でも俺の家結構遠いよ?香音がしんどいんじゃ・・・」
僕がそう言い終える前に、香音は僕の手の上に本をどんどん積み上げていく。
「ちょっと、話聞いてます?」
「うるさい、さっさとこれ持ってウチに帰れ。もう閉店ですので」
なぜ怒っているのか、香音はいきなり僕の尻を蹴りだした。
「痛い痛い痛い、分かったって持って帰るから」
「ん、じゃあ明日12時に行くから。留守にしてたらバイトクビね」
「そんな理不尽な!?」
僕はそのまま店の外に追い出された。ぴしゃっとシャッターが閉められ、僕と分厚い本だけが残される。
「・・・帰るか」
僕は両手で本を抱えたまま、帰り道をとぼとぼ歩いて行った。およそ20kgの本を両手に抱えながら・・・また筋トレ始めようかな。
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