第22話 調査開始

「本当に申し訳ありませんでした!」


古びた古本屋に僕の声がわずかに響いた。その声を間近で聞いた老人は目を丸くして、手に持った湯飲みに口をつけずにいた。


「そんなにかしこまらんくても・・・儂もそんなことで怒るほど小さい人間ではないしの。そうやって謝りに来てくれただけで十分じゃよ、これからのまたよろしくの」


年齢相応の対応を見せられ僕は思わずたじろいだ。さすがはご老体、言う言葉が違う。


「なんか失礼な事考えておらんかね?」

「いえ、そんな滅相もない。ありがとうございます」

「それで、今日は何しに来たんじゃ?まさか本当に謝りに来るためだけに一時間の片道を楽しんできた訳ではあるまい?」


見透かしたように笑ってお茶を飲む老人。この人に隠し事は無意味なようだ。


「実は今日は客として来ました。調べたいことがあって」

「なるほど?それで、何を調べに来たんじゃ?」

「この前の話についてです。大事にしたものには魂が宿るっていう」


僕がそういうと、鈴木さんはハッとした表情になった後笑った。


「あー、なるほどあの話か。君もそう見えてなかなかメルヘンなところあるんじゃの」


僕が鈴木さんからどう見えているのかは分からないが、それはとりあえずいいとして僕は鈴木さんに尋ねる。鈴木さんは笑いながら湯飲みに口をつける。


「鈴木さん、なにか知っていることありませんか?」

「なにかって言われても、結局は空想の世界の話じゃぞ?それを聞いてどうするんじゃ」

「僕には大事な事なんです」


僕は鈴木さんにそう詰め寄る。鈴木さんはそんな風に息巻く僕にお手上げの様子で


「分かった分かった、とりあえず落ち着きなさい」


とため息を漏らしたのだった。


「しかたない、ちょっと待っていなさい」


そういうと鈴木さんは立ち上がり店の奥に向かった。店の奥の一番古そうな本棚の前に佇んで顎に手を置いている。どうやら僕に必要な本を見繕っているようだった。そして三十秒と経たないうちに手を本棚に向ける。適当に選んでいるように見えるほどスムーズにひょいひょいと本を次から次へと担いで戻ってくる。


「本としてはこの辺りが妥当かの」


鈴木さんが机の上にドカッと置いたのは、これでもかと言うほどに分厚い本、本、本。


「これ全部ですか・・・?」

「まあ、地域に残る伝説や史実なんかを合わせればこれくらいの厚さにもなるわい。それともなんじゃ、分厚い本ごときで怖気づいたのかい?」


そういって挑発的な笑みを浮かべるクソジジイに僕は青筋を浮かべる。


「ま・さ・か!腐っても大学生、これくらい一瞬で読みますよ!」


鼻息を荒くして本を読み漁る僕を、鈴木さんは笑いながら見ていた。


:::::::::::::::


「つ、疲れた・・・活字の嵐が僕を襲ってくる・・・」

「二時間でもう弱音とは、大学生やめたほうがいいんじゃないか、青年」

「ただいまーって、なんでゆったん机でへばってんの?」


机の上にへたばった僕の、さらに頭の上から老人と女子高生の声。その方向を見ると満足げな顔をした鈴木さんと、汚物を見るような目をした香音がっておい、なんだその目。


「何で鈴木さんの方はそんなに満足そうな顔をしてるんですか」


性格が悪いにも程があると言おうとすると、鈴木さんは優しく微笑んで言った。


「若者が活字を読んでいるところが、この老いぼれには新鮮での。少しは満足したくもなる」

「鈴木さん・・・」

「儂が知っていることも話そうじゃないか」


鈴木さんが座りなおして姿勢を正しているのを見て、僕もそれに倣い姿勢を正す。


「いいかい、前も言った通りじゃが大事にしたものには魂が宿るんじゃ。要はモノじゃない、大事にするという思いの方が遥かに大切なんじゃ。たとえ必死に石を磨いたとしても、大事にしようという思いが無ければそこに魂は宿らんと思いなさい」

「・・・?えっと、石?ちょっと意味が分からないっていうか・・・」

「簡単に言うと、手段と目的を取り違えるなということだよ。分かった?なんちゃって大学生くん」

「なるほど、それなら分かりやす・・・おい、いま香音なんて言った?」


香音の方を見ると、いかにも馬鹿を見るような表情でこちらを見ている。くっそ、大学生をなめるなよ。俺の方が凄いし・・・ほら、単位の取り方とか知ってるし・・・ぐすっ。

いかん、このままでは香音に舐められっぱなしだ。なんとか威厳を保たねば。というか香音は会った時から僕の事を舐めきっている気がする。誠に遺憾の意であります。


「ま、儂から言えることはそれくらいじゃの。あとは香音、お前が手伝ってあげなさい」

「はぁ、なんで私が!?全然全くこれっぽっちも状況理解してないんですけど?」

「夏休みの課題に読書感想文あったじゃろ?この本読んで感想書きなさい」

「こんなクソ分厚い本で誰が読書感想文書くんだよ、このくそお爺!」

「女の子がクソなんて言ってはいけません」


なんだか言い合いが始まってしまった。僕は縮こまって事の様子を見守ることにする。やいのやいのと言い合いをする女子高生と老人。しかし、鈴木さんの主張が強いのか香音の声のボリュームがみるみる下がっていく。やーい、やーい、ざまあミロ。


「ま、最近暇そうじゃったしいいじゃろ?それじゃ、儂はこれくらいでお暇するかのー」


そういって鈴木さんは、店の奥の階段から二階に上がってしまった。後には、僕と香音だけが取り残される。香音は堪忍したように嘆息して


「はぁ・・・絶対あのお爺面倒くさくなっただけだ。次にお茶淹れる時ぬるめに淹れてやる・・・それでゆったん何調べてんの?」


といいつつ、僕の前に横たわった本をパラパラめくった。そして次の瞬間いかにも嫌そうな表情を顔に張り付ける。


「うわっ・・・これってお爺がよく話してるやつじゃん。なに?ゆったんも、こーゆーのに興味あるの?中二病?」

「興味があるっていうか・・・調べなきゃいけないっていうか・・・中二病いうな」

「・・・ふーん、まあいいや。それで私は何を調べればいいわけ?」


呆れたようにため息をつく香音。いやなんで呆れられてるんだ僕は。まあ、女の子からしたらこういう伝説とか伝承は興味ないなかなぁ。でも、僕が中学生の時なんかはこういった手の話は大好物だったんだけどなぁ・・・。香音は読書家っぽいし、こういう話は大好きそうだけど・・・。


「・・・それで、な・に・を、調べればいいの?」

「ああ、ごめんごめん。えっとね、この本の中から・・・」


慌てて僕は、手に入れなければならない情報を初めて口に出した。


「一度何かに宿った魂に、もう一度出会う方法はあるのか・・・っていうのを探してほしい」

「はあ?なんて言ったの今?全然意味わかんないんだけど」


まったくもってその通りであります。

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