第20話 深夜のドライブ

砂利をかき分ける音と、かすかなガソリンの匂いで目を覚ます。少しけだるげな眠気を払い、僕は眩しく光る車のライトに目を霞ませた。


「おう、生きてるか」


車のドアが開かれ、中から見慣れた顔がひょっこりと顔を出す。


「悪い、こんな時間に。今何時だ」

「大体4時くらいかな、俺はモンエナ決め込んだから全然眠くないぜ」


そういって河合は親指をぐっと立てた。いつものように、いい意味で無骨な笑顔。今の僕にはそれだけで大きな救いになった。


「ほら、ふて寝してないで帰るぞ。夏休みでも生活リズムは変えたくない派の人間だからな、俺」

「去年、夜通しで花火したの、まだ覚えてるぞ」

「俺と、お前と、春野っちでな。ほら乗れ」

「・・・ありがとう」


僕は一言礼を言って、車の助手席に乗り込んだ。車の中はきつい芳香剤の匂いとクーラーで冷えた室温で満ちている。居心地は最悪だ。


「っておい、お前が運転しろよ!俺は夜行バスじゃねえ!」

「僕免許持ってないし」

「そうでしたね!」


もうすぐ夜が明け始める砂浜に、親友の声が響いた。


:::::::::::::::::::


「んで、消えたってどういうことなのよ」


コンビニで買ったモンエナ(二本目)を口にしながら、河合は訊ねた。今はピンクを口にしている。一本目は何色だったのだろうか。


「・・・そのままの意味だよ、スッと消えていなくなった」


僕はボトルコーヒーを口にくわえながら答えた。海岸沿いを走る車は、冷たい空気を切り裂きながら進んでいく。水平線からは太陽の先端が見え始め、まばゆい光を散らしていた。


「はーん、まあ春野っちが生き返った時点でオカルトじみた話は何飛んできても大丈夫なつもりだったけど。てことは、もうお別れした感じか?」


河合は特に気にかけた様子もなく、淡々と聞いてきた。


「そういうことになるよな」


心の傷が少し傷むのを無視して、僕はそっけなく答える。


「なるよなって、俺は何とも言えねえよ。お前が納得してるならいいんじゃねえか?」


河合は慣れたハンドルさばきで運転しながら僕にそう聞き返した。視線は前に向いていながらも、ちゃんと僕の悩みを汲み取って話を聞いてくれる。河合も『彼女』と同じような存在に一瞬感じられたがすぐにその考えを改める。河合は『彼女』とは違う。河合には明確に「厳しさ」があった。決して僕が立ち止まることを許さない「厳しさ」だ。『彼女』にはそれがなかった。それが『彼女』自身を傷つけた。そして僕も、その「優しさ」に乗じて彼女を傷つけたのだ。

そして、僕は「それをどうにかしなければならないこと」を知っている。


「納得・・・」

「ま、その顔だとしてねえわな」


河合は息を深く吐いた。


「初めて春野っちに・・・ああ復活したほうな。会った時、お前の顔がどこか引っかかったんだよ。なーんかこいつ幸せに満ちた顔してねえなって」

「・・・じゃあどんな顔だったんだよ、僕は」

「まあ、腑に落ちてねえ顔はしてたな。『本当にこれでいいのか?』って顔だよ。だから俺お前に聞いただろ?」


確かに河合は僕に聞いた、本当にこれでいいのかと。その質問に僕は引っかかりながらも「いいに決まってる」と考えた。しかし実際は違った。いいわけがなかった。結局僕一人が醜いダンスを踊っていただけだった。


「俺が気づいたんだ、春野っちならとっくに気づいてただろうよ。でも俺は、質問にとどめておいた。自分で気づかなきゃ意味ないからな、そういうのって」


河合の言葉で僕は思い返す。本当に僕は、それほどひどい顔をしていたのだろうか。もしそうならば、僕は彼女にどれほど辛い思いをさせただろう。


「ようやく、ちょっとは気づいてきたか?お前は、お前が思っている以上に春野っちに救われてたんだよ。『彼女』に救われてたんだよ」

「・・・お前、どこまで知って・・・」

「さあな、別に俺は『神様』じゃない。知ってることなんて少しだけだ」


少しの間、静寂が車の中を包み込んだ。


「・・・俺はどうすればいい」

「甘えるなよ。そして、そんなこと俺に聞くな。お前がどうすればいいのかなんて、お前が一番知ってるだろう。知らないわけがない。それはお前が目を逸らしているだけだ」


僕がすべきこと・・・『彼女』への償いだろうか。彼女を傷つけ続けた、その償い。それとも、『彼女』を忘れて一から新しい生活をすることだろうか。しかし、『彼女』を忘れて僕自身だけが幸せになることが、果たして許されるのだろうか。


考えれば考えるほど分からなくなる。『彼女』はきっと僕を許してくれないだろう。僕はこの先の人生を『彼女』に呪われながら生きていくのだろうか。しかしそんなことはどうでもいい。償うことができればそれでいい。なら僕はどうすればいい?何をすれば許される?何をすれば・・・


「ま、あんまり深く考えるなよ。深く考えても、適当に考えても結局答えは一緒だったりするもんだからな。割と近くに答えはあるもんだ」


河合は考え込む僕を諭すように言った。


「そんな無責任な・・・」

「そう、無責任さ。けど、現実ってのはもっと無責任だ。そんでたまに無造作に俺達を拾い上げて救ったりするからもっとたちが悪い」


河合は今一度ため息を大きくついてから、ピンクのエナジードリンクを呷った。


「今、一番最初に思い浮かんだ事。それでいい、まずはそれに全力で取り組んでみろ。そうすりゃ、次にやるべきことは見えてくるはずだ」


河合と話しているようで、なぜか全くの別人と話しているような感覚。何かもっと遥かに「大きいもの」と対話しているようなそんな気がする。


「・・・おまえ・・・一体」

「・・・へ?」


僕の険しい顔とは裏腹に、河合のとぼけた顔。一瞬魂が抜けたような、そんな顔だ。

そんな河合に驚く僕を一瞥して、河合は首を傾げる。


「どうしたそんな顔して。俺、なんか変な事言ったか?」

「・・・え?」


先程までの雰囲気はどこかに消え、いつもの河合がそこにはいた。

まるで人格ごと切り替わったような豹変ぶりだ。


「・・・だいぶ変な事言ってたぞ、お前」

「うわ、徹夜明けのテンション怖っ。次からは絶対に深夜に親友を車で迎えに行ったりしない」

「親友って、そう大々的に言えるのがお前の凄いところだよ、河合」

「褒めてもなにもでないぞ」


そんな軽口を交わしながら、車は朝日に照らされ海岸沿いを進む。

僕は『自分のやるべきこと』を確認しながら、まばゆい朝日に目を細めたのだった。


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