第15話 回想その2
大学の最寄り駅からまずは多くの路線が行き交う大きな駅に向かう。いつも行くショッピングモールはその駅の近くにあるため、世奈さんと来たことがあるのはその駅までだった。
やはり多くの電車や人が行き交う駅なだけあってかなり大きく、デパ地下など備え付けられている、がそんな高級デパートとは無縁の僕にはあまり関係のない話だった。
そこから電車を乗り換え、目的地がある場所の最寄り駅を目指す。電車内には予想よりも多くの人がおり、その多くがイルミネーションの話をしているところを見るとどうやら目的地は全員同じのようだった。
電車に乗ってから30分もすると車窓から見える景色もガラリと変わり、都会ならではの高層ビルが立ち並ぶ間を電車は進んでいった。
目的地の駅に到着すると電車内の人が一斉に降りだし、僕たちはそれに飲まれないように一番最後に電車を降りた。
「なんだか、移動するだけでどっと疲れた気分」
「大丈夫?どこかで休もうか?」
「それを彼女に言われるなんてみっともなくて消えてしまいたい・・・」
人ごみに揉まれに揉まれグロッキー状態の僕に世奈さんは心配そうに手を差し伸べてくれた。しかしここでそれに甘えてしまっては男が廃る。ほとんど廃れてるけども。
「いいよ大丈夫。それよりも早く遊園地に行こう」
「・・・うん」
世奈さんはどこか恥ずかしそうに頷くと、スッと僕に手を差し出した。『この手は何?』と聞いてしまうほど僕は鈍感ではない。僕はその手をしっかりと、優しくつかんだ。
世奈さんの手は冬の寒さに冷えていて、それでも芯はしっかりと暖かさを感じさせるような柔らかい手だった。
「じゃあ、行こっか」
世奈さんは僕をリードするかのように手を引っ張った。僕はそのリードに甘えるように、世奈さんの少し後ろをついて歩いた。
僕たちが遊園地についた時間は昼前で、やはり多くの人で遊園地はにぎわっていた。
少し高すぎるだろう、と突っ込みたくなるような入園料を払い園内へ。
小さな子供を連れた家族、僕たちと同じようなカップル、学生の友人同士に見えるグループなど様々な人たちがいて、その人の多さにどこか僕は気圧されたような気がした。
なにせ今まで生きてきてこういった遊園地に来たことがなかったからだ。行く機会がそもそもなかったし興味もなかったため、これから先の人生訪れることはないだろうと高を括っていたが。
「人生何が起こるか分からないもんだなぁ」
「裕くん、まずはどこ行こうか?」
世奈さんが、これまた珍しくワクワクを隠せない様子で僕に園内の地図を見せてくれた。ただ、その地図の見方がそもそも分からないため何とも言えない。
「私はね、ここが気になってるんだ。あとこれもおすすめらしくて・・・」
「任せます」
今日は全て世奈さんに任せよう。僕はその時心に決めたのだった。
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「裕くん大丈夫?」
「大丈夫・・・だけどちょっと休憩させて・・・」
今日は世奈さんが楽しめるような一日にしようと息巻いていた、三十分前の自分を殴りたい。
世奈さんに背中をさすられながら、僕はベンチに座っている。先程から眩暈と頭痛が止まない。三半規管をタコ殴りにされたような、そんな気分だった。
世奈さんと初めに向かったのは、この遊園地で最も有名(らしい)ジェットコースター。高々遊園地だと舐めてかかったのが最後、もはや何回転したのか分からないくらいに振り回され今に至る。一緒に乗ったはずの世奈さんは何故かケロッとしていて、本当に同じジェットコースターに乗ったのか不安になるくらいだった。
「ごめんね、私が振り回したせいで」
「僕を振り回したのは世奈さんじゃなくてジェットコースターだと思う」
水を口に含んでゆっくりと飲む。こうすると眩暈や頭痛も落ち着いてくるのだ。
にしても、人が多い。今乗ったジェットコースターも二時間ほど待ってようやく乗れたほどだ。あんな拷問器具に二時間も待つのは正気の沙汰じゃない。処刑台に向かう罪人の気持ちもこんなものなのだろうか。
「もう大丈夫、次はどこ行く?」
体の状態をリセットするつもりで、大きく伸びをしてから世奈さんに尋ねた。
世奈さんは少し迷う素振りを見せてから
「じゃあ、次は・・・」
と、僕の手を引っ張ったのだった。
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結局遊園地に着いてから、日が暮れるまでの間のほとんどを絶叫マシーンで過ごした。しかし不思議なことに、最初のジェットコースターが凄すぎたのか僕の三半規管は鍛えられ、その後グロッキーになることはなかった。
世奈さんは終始「キャー!」とか「わーっ!」と叫んでいたが、乗り物を降りると普段と変わらず、ケロッとしていた。叫ぶ世奈さんは新鮮だったが、それを見られた喜びよりも世奈さんの乗り物への異常な強さへの恐怖が勝り、ほとんど感想は出てこない。
夕ご飯を園内のレストランで済まし外に出ると、冬なのもあってほとんど夜と変わらないほど暗くなっていた。
急激に下がった気温を肌で感じ、僕は身震いする。さすがは真冬、侮れない。
隣では世奈さんがスマートフォンを操作していた。どうやらイルミネーションの場所を確認しているらしい。
「なる、ほど。よし分かった。裕くんこっちだよ」
世奈さんが行く方向を指差し、その方向に二人手を繋いで歩いていく。世奈さんの手は先程よりもさらに冷えていて、けれど不快感は一切なかった。この暖かさがあれば、世奈さんとのつながりがあれば、凍えることは絶対にないと思えるそんな手に引かれて着いたのは
「す、っげえ」
まさに、光の楽園というに相応しい壮大な景色が広がる場所だった。様々な色の電飾が煌々と輝いていて、自分から出ている白い息の温度が興奮で上がっていくのを感じた。
世奈さんと共に、長く続く光のトンネルを歩く。黄色く輝くそのトンネルを抜けると大きくひらけた場所に出た。すべてが光り輝く楽園だった。
世奈さんも隣で「ほーっ」と感嘆のため息をついている。その気持ちも大いにわかる光景だった。
そのまま続く通路を歩く。広がる野原一面に咲く光の花。自分の背の何倍もあるクリスマスツリー。光り輝く動物などもいて、感動で言葉も出なかった。
「あっ」
急に世奈さんが小さく声を上げた。そのままどこか指を差す。
その方向を見てみると
「・・・あ」
そこにあったのは光のドームだった。人が少し休憩できるほどの小さなアーチ状のドーム。ちょうど、あの病院の庭園にあったものとそっくりなドーム。
僕と世奈さんはそのドームに何も言わずに向かった。二人目を合わせて、そのドームの中に入る。ドームの中は光輝いていて、少し目が痛いくらいに眩しかった。
光に包まれたような感覚をしばらく楽しむ。隣を見ると世奈さんも僕と同じような様子だった。
「ねえ」
世奈さんが一歩二歩と進み、備え付けられたベンチに座った。そのまま低い位置から上目遣いで僕を見てくる。
「お話、しよっか」
世奈さんは、懐かしむような声で言った。僕は肯定の意味を込めて、隣に座る。真冬の寒さにさらされたベンチは、ズボン越しからでもひどく冷たく感じた。
「ねえ、裕くん」
世奈さんが先に話しかけてきた。
「うん?」
「今日は楽しかった?」
隣にいる僕の顔を覗き込むように少し首をかしげながら、世奈さんはそう尋ねてきた。
「・・・超楽しかった」
僕は包み隠さず、装飾せず、本心のまま言葉にする。
「良かった」
世奈さんは安心したように微笑んだ。僕はその顔を見て、なぜか同じように安心して笑った。
「そういえば裕くん、聞いたよね。クリスマスにこだわりがあるのかって」
そういえば、カフェでそんなことを聞いたような気がする。ぼんやりとしか覚えていないが。
「私、小さいころからあんまり『幸せなクリスマス』を過ごしたことなかったんだ。ほとんどが病室か、良くても家族全員が揃わないクリスマスだった。だからあこがれてたんだ。『幸せなクリスマス』に」
世奈さんはどこか遠くに思いを馳せながらつぶやくように、そう言ってくれた。
「今日はどうだった?」
僕は少し考えてからそう訊ねた。その質問に世奈さんは即座に答えてくれた。
「楽しかった!これ以上ないってくらいに。だからありがとう裕くん」
世奈さんはそう言ってから、僕を見つめてきた。僕は少し迷ってから世奈さんの肩に、そっと手を置いた。世奈さんは少し恥ずかしそうに笑ってから目を瞑る。
一瞬、唇同士が触れ合うだけのキス。すぐに顔を離すと世奈さんの顔が耳まで真っ赤になっていた。
「・・・あ、ありがとう」
「どういたしまして・・・」
少しの間、僕達を沈黙が包んだ。恥ずかしすぎて、僕からは何も言える自信がなかった。
「裕くん」
世奈さんがこの空気に耐えかねてか、話を切り出す。
「うん」
僕は彼女の顔を見ずに返事した。
「今日の事、忘れないでね」
彼女の次の言葉はそれだった。
その言葉に、僕は何と答えただろうか。
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