第14話 回想その1
「裕くんは、私といて楽しい?」
その言葉は去年の12月20日、世奈さん・・・死ぬ前の世奈さんに急に投げかけられたものだった。
外はしんしんと雪が降り積もり、大学へ行くにも一苦労する真冬の時期。僕と世奈さんはいつものように大学のカフェで昨日読んだ小説の話などをのんびりしながら語っていた。
急に投げかけられた言葉に、僕は一瞬たじろいだがすぐに答えた。
「楽しいよ」
「・・・うれしい」
世奈さんはホットコーヒーが入ったマグカップを両手で持って啜りながらほほ笑んだ。
「急にどうしたの」
「ううん、ちょっと思い付きで聞いただけだから気にしないで。それより・・・」
世奈さんはマグカップを置いて、スマホを取り出した。慣れない手つきで操作しているのを見るとなんだか微笑ましかった。
「これ、見に行きたくて」
世奈さんがスマホの画面をスッと僕の視界に入れてくる。そこに映っていたのは
「イルミネーション?」
『クリスマス限定イルミネーション!』とキラキラしたフォントで綴られたネットの記事だった。僕はその記事をじっくりと読んでみる。
どうやらそのイルミネーションは、遊園地の限定企画らしく毎年多くの人がそのイルミネーションを見に訪れているそうだった。確かにその遊園地の名前を見ると、テレビのCMや新聞の広告などで何度か目にしたことがあるような気がした。
ただ、僕がそれよりもこの記事を見て気になったことがあった。
「けどこの遊園地、ここからめちゃくちゃ遠いけど・・・」
その遊園地はおそらく電車で1時間はかかる距離にあった。僕と世奈さんは、付き合ってからほとんど遠出したことがない。それは世奈さんの病気を気遣うのが半分、もう半分はお互いに静かな場所が好きだと知っているからだった。
だからこそ、今回の世奈さんの提案は新鮮ではあったが同時に不安を覚えるものだった。
「大丈夫だよ、私だってずっと近場ばかりだと退屈だから」
しかし世奈さんはそんな僕の不安など見透かしているかのように答えた。なるほど、どうやら先ほどの唐突な質問は僕に退屈していないか聞くためのものだったようだ。確かに世奈さんといて退屈したことが無いのは確かだが、僕もカップルらしいことの一つや二つしてみたかったのもある。世奈さんが大丈夫だと言うなら、僕に拒否する理由などなかった。
「じゃあ、行こう。いつ行くかも決めなくちゃ・・・」
「クリスマス」
僕が、日程を決めるためにスマホのスケジュール帳を開く前に、世奈さんはぴしゃりと答えた。
「クリスマスがいい。それ以外はいや、かな」
僕はその時ひどく驚いた。世奈さんが僕に何かを提案したことはあったが、こんなにも自分の意思をアピールしてきたことはなかった。もちろん悪い気などしない。世奈さんの提案ならなんだって受け入れるつもりだった。
しかし、こんなにも珍しい世奈さんを目の当たりにすると、何となく疑問も浮かんでくる。
「何かクリスマスに、思い入れとかあったりする?」
僕は頭の中に浮かんだ疑問を、何とはなしに投げかけた。しかし答えは返ってこない。
「世奈さん?」
僕はスケジュール帳に落としていた視線を世奈さんに戻した。
世奈さんはその時、何とも言えない顔をしていた。悲しそうと捉えようとすればそう捉えられるし、嬉しそうと捉えようとすればそうできた。
「世奈さん・・・?」
僕は不思議に思い、もう一度彼女の名前を呼ぶ。
「・・・ッ!ご、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「疲れてるなら今日はもう、お開きにしようか?」
最近は中間のテストやレポートがあったりで世奈さんも疲れがたまっているのかもしれないし、治りかけの病気に障ってもいけない。
僕は急いでスマホのスケジュール帳に『イルミネーション』とタイプした。
「・・・うん、ありがとう。じゃあ、また明日ね裕くん」
「うん、ゆっくり休んで」
カフェを出ると、容赦のない冷風が僕と世奈さんを襲った。寒さで思わず震え上がる。
世奈さんは僕に無言の笑顔と共に手を振ると、自分の下宿先に向けて歩を進めていった。
僕も、寒風に急かされるように帰路を急いだ。彼女とのイルミネーションデートに思いを馳せながら。
:::::::::::::::::::
その日の集合場所は、大学から一番近い駅だった。一つの路線しか通っていない小さな駅だが人の行き来は平日でもなかなかに多く、僕もよく利用する駅だった。集合時刻の三十分前から待機しようと息巻いて集合場所に着くと、なんとそこには世奈さんがいたのだった。
「あれ、集合時間って・・・」
「考えること、一緒だったみたいだね」
世奈さんはどこかバツが悪いように苦笑いすると、僕の方に体を向けた。
「こんにちは」
「ええと、こんにちは」
いきなり改まった挨拶をされて、僕は戸惑う。しかし世奈さんはそれさえも楽しんでいるようだった。
世奈さんの今日の私服は、やはり白を基調とした冬のファッション。厚手の白いコートを羽織った彼女は冬に舞い降りた妖精のように見えた。
「じゃあ、行こうか」
僕は少し恥ずかしくなって、切符売り場に足を早めた。
「まって」
しかし世奈さんがそれを制止する。
「何か言うことは?」
世奈さんがどこか不機嫌そうに僕に尋ねてきた。
「・・・今日の服は一段と、その・・・」
「その?」
「・・・可愛いです」
「よろしい」
世奈さんは納得したようにうなずくと、僕の先を行って切符売り場に向かっていった。
今日の世奈さんはどこか積極的だ。いつもなら、私服の感想など聞かないのに。
先程から心臓がバクバクなって止まない。この間からずっと、新鮮な世奈さんにどこか振り回されている感じがする。
「もってくれよ、僕の心臓」
そんな中二病な言葉と共に、僕は世奈さんの背中を追いかけるため少し駆け足で向かった。
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