第13話 不安

「か、河合お前なんで来てるんだ!」

「は?なんでって友達を心配して差し入れ持ってきてやったんだろうが。感謝しろよ全く。んじゃお邪魔しまーす、お前ちゃんと掃除してんのかー?」


河合が僕を押しのけて靴を脱ぎ始める。僕は慌ててそれを制止した。


「ま、待て待て!今はまずい!」

「なんだ、浅田えいみの新作でも手に入れて一人で楽しもうとでもしてたのか?はっはー残念だったな、俺が来た」


そんなレベルの問題ではない。今家の中には世奈さんがいる。つまりは死んだはずの人間がいるのだ。それを見られるのはすごくマズい。


「ちがう、そうじゃなくて・・・」

「裕くん、騒がしいけどどうかしたの?」

「あー春野っち、こいつがなんか部屋に入れるの渋っててよー」

「それはだって世奈さんが・・世奈さん!?」

「・・・どうしたの・・・あっ!?」

「おっ、春野っちも久しぶりー・・・って、え!?」


三人の絶叫が、マンション中に響き渡った。


::::::::::::::::::


僕の十畳の部屋に三人が円を成して座っていた。

一人はどうとも言えない顔をしている僕。一人はどうすればいいか分からない顔をしている世奈さん。そして頭が追い付いていないと顔に書いている河合。


「えっととりあえず、状況を確認していいか?」

「はいどうぞ・・・」

「春野っちが何でいるんだよ!?」


河合が世奈さんを指差してそう叫んだ。まあ、普通はそういうリアクションだよなぁ。


「人に指をさすな、河合。あともう遅いから叫ぶな近所迷惑だ」

「あ、悪い。春野っちもごめんな・・・じゃなくてぇ!?」


河合はずいぶん混乱しているようで、自分の考えをうまく言葉にできていない様子だった。自分がこういう状態になるのは嫌だが、傍から見るとなかなか面白いなこの光景。


「え、マボロシなのか!?い、いやそれだと何で会話できるんだ、そうゆう類のマボロシってあるのか!?それとも幽霊か、わかんねえー!」

「まあ待て待て、とりあえず落ち着いてだな」

「お前は、慣れてるかも知れねえけどなぁ!初見の俺にはちょっと理解が追い付かないんだよぉ!」


河合はそう言うと、深呼吸を三回ゆっくりした後ペットボトルのスポーツ飲料を飲み干した。


「とりあえず、状況を確認していいか?」

「さっきも聞いたぞ」

「お前は黙っとれい!・・・えっと春野っち」


河合は世奈さんに向き直る。世奈さんもそれに釣られて背筋を正した。


「幽霊?あ○花的な、お願叶えてーみたいな」

「うーん、触れるから多分違うかなぁ」


「実はそっくりなだけの別人?」

「本物だよー、失礼だなぁ」


「偶然と夏の魔法とやらの力?」

「それは意味が分からないかなぁ」


「やっぱりわかんねぇ!」


河合はその場に、降参だと言わんばかりに大の字に寝ころんだ。


「けど話してる感じ正真正銘、春野っちなんだよな」

「まあ、本物だからね」

「・・・とりあえずは信じるしかないか」


河合は体を起こすと、世奈さんに頭を下げた。


「春野っち、ほんとにありがと」

「ええっ」


世奈さんは慌てふためいた様子で、河合に頭を上げるように頼んだ。


「いや、このヘタレ野郎が立ち直るきっかけをくれてありがとな」

「・・・」


世奈さんは黙って河合の言うことに耳を傾けている。


「こいつ、カッコつけだから春野っちには弱い部分見せないんだよ。な?」

「僕だけが傷ついたよな、いま」


ヘタレだのカッコつけだの好き勝手言いやがって。


「ま、その礼だけは言いたかった。もうすっきりしたよ」

「えっと、どういたしまして、です」


河合は納得したような笑みを浮かべると、立ち上がった。


「もう帰るのか?」

「まあな、二人のイチャイチャを邪魔しちゃ悪いしな」


河合はリュックを持つと部屋を出ていった。俺は玄関まで送るために立ち上がる。一緒に送ろうとした世奈さんを留めて、河合と玄関に向かった。


「今日はありがとな」

「お前が礼を言うとか気持ち悪いからやめろ」


河合は玄関のドアに手をかけた。

じゃあな、と言いかけたその時河合が振り向かずに僕に聞いた。


「このままでいいのか?」

「・・・え?」


不意の質問が飛んできて、僕は思わず口籠る。


「・・・ま、いいや。またな。後、春野っちについて俺も調べてみるわ。なんか力になれるかもしれないしな」

「そんな、わざわざいいのに」

「俺がそうしたいんだ、気にすんな。じゃあ仲良くイチャイチャしろよ」


そう言うと河合は帰っていった。


「このままでいいのか・・・か」


何度も思った、思わずにはいられなかった言葉。初めて他人に言われることで明確な形で思考できた言葉。

その言葉が、思考が僕の不安を掻き立てる。この先の未来の不透明さをこれでもかと見せつけてくるのだ。

それは誰にでも起こりうることで、だからこそ考えたくはなかった。

ゆえに、その言葉に僕はあがき続ける。


「いいに決まってる」


僕は世奈さんのいる部屋へ戻っていった。



部屋に戻ると、世奈さんがみんなで食べたスナック菓子や飲み物を片付けているところだった。床にそのまま捨てられたスナック菓子の包みを、どこか名残惜しそうにゴミ袋に入れているのを見るとなぜか声をかけづらかった。


「・・・手伝うよ」


僕はそういうと、同じく部屋に捨てられているペットボトルを拾って世奈さんに渡した。


「ありがと。あ、何か玄関で話してたみたいだけどなんだったの?」

「ただの世間話・・・でもなく、友達の下世話なアドバイス」

「げ、下世話!?」


世奈さんは顔を赤らめてこっちを見てきた。何かまずいことを言っただろうか。・・・うん、なんとなく適当に返事したけど結構危ない返事だったかもしれない。


「いや、それは冗談で・・・」

「もしかして私の事からかったの?・・・裕くんの意地悪」


世奈さんはそういうと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

少し大げさで、それでもうざったくない世奈さんの仕草。その一つ一つが僕の心を離さない。本当に恐ろしい人だ。だからこそ・・・


「ご、ごめん世奈さん。別にからかったわけじゃなくて・・・」

「なんてね、冗談だよ。それより裕くん大丈夫?なんだかぼーっとしてるみたいだけど。心ここにあらず、みたいな」


さっきの考え事が尾を引いていたのか、僕はぼんやりしていたらしい。それを世奈さんに見破られてしまった。僕の事をよく見ていて、よく知っている。だからこそ・・・


「今日はもう寝よっか。裕くんも久しぶりに騒いで疲れてるんじゃない?私も疲れたし、片付け早く済まして休もう」


僕のことを一番に考えてくれて、いつも気遣ってくれて。僕を常に甘やかしてくれる。そんな世奈さんだからこそ・・・。


だからこそ・・・だからこそ・・・だからこそ・・・僕は・・・


そこから先の言葉がなぜか頭に浮かばなかった。

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