第9話 うれし泣き
平日の昼間の映画館は閑散としていて、少し効きすぎた冷房が静かに夏の暑さで火照った僕の体を冷やしていた。
目の前に広がるスクリーンには、これでもかと言うほど美しく咲き誇る花畑が映し出されていて、その花畑の上で二人の男女が涙しながらキスをしている。
世奈さんに連れられてきたのは映画館だった。見る予定の映画も世奈さんがすでにリサーチ済みだそうで、世奈さんがすべてリードしてくれた。
映画の題名は「もう一度」。
とある病気を患った主人公が、愛する彼女に愛を伝えるために病気と闘っていく中で人とのつながりを実感していくという物語。
今見ているのはそのクライマックス。誰もが感動で涙するシーン。
けれど、僕の目から涙は少しも流れない。昨日、この映画よりも何倍も大きくて愛しい「感動」をもらったから。
「ぐすっ・・・ぐすっ・・・」
と、そんな物思いにふける僕の横で、声を抑えながらすすり泣いている世奈さん。
元から感受性は豊かな方だったけれど、こんなにも公の場で泣いている世奈さんは見たことがなかったから、僕にとってはとても新鮮だった。
「ひぐっ・・・ふえーん!」
いや泣きすぎだろ!あとなんだ「ふえーん」て、昭和か!
スクリーンに映し出された二人は互いに愛を誓いあう。
初めに男性が愛を伝え、それに女性が嬉しそうに答えて幕となった。
エンドロール中にも世奈さんは小さく嗚咽を漏らしていた。
「いい映画だったねー!」
平日の昼下がり、熱すぎる太陽から隠れるように僕たちはカフェに入り、先ほどの映画の感想交換会を実施していた。
「いやー、やっぱり恋愛映画はいいね。セカイ系っていうのかな、ああいう少し不思議な世界の話って、もしかしたら自分にもある日突然起きるんじゃないか、って思っちゃうよね」
「確かにああいう映画は感動出来ていいよね。物語ならではの奇跡っていうか」
「・・・そうだよね、それで裕くん楽しかった?」
世奈さんはアイスコーヒーを啜りながら首を傾げた。
窓から差し込む光も相まって、その瞬間を切り取れば絵画にできるんじゃないかと思うほど、その時の世奈さんは美しくて。
「うん、たのしかったよ」
映画の事なんてほとんど忘れてしまうほど、美しくて。
「うーん、なんか微妙そうだなー。裕くん泣いてなかったもん」
「そ、そうかな。泣きはしなかったけど感動はしたよ」
「裕くんに『うれし泣き』してもらうために映画館に来たのに、失敗だったかなー」
世奈さんは少し憂いを帯びた表情を見せる。しまった、がっかりさせたかな。
「失敗じゃないよ!楽しかったって!・・・ってうれし泣き?」
出かける前に世奈さんが言っていた言葉だ。『うれし泣き』。
「そうだよ、裕くん。悲しくて泣くばかりじゃもったいないでしょ?感動したら悲しいことも吹き飛んじゃうかなって」
「それは・・・」
世奈さんは僕を元気づけようとしてくれたのか。悲しみに暮れていた僕をいともたやすく見透かして。自分でいっぱいいっぱいのはずなのに。
だめだ、また涙が出る。
「さっきの映画より、今の方がはるかに泣いてしまいそう」
「ええ!?変な裕くんだなー。あんなに感動できる映画めったに見つからないよ」
「世奈さんは感動しすぎ。途中からずっと泣いてたし、感受性豊かすぎ」
「ひどいなー裕くん、そんな風に思ってるんだ」
「褒めてる」
「知ってる」
そう言って互いに微笑み合う、ああ幸せだ。この時間が永遠に続けばいいのに。
「さて、これから何しようか」
僕はアイスカフェラテを啜って、なんとなく言った。
「裕くん、所持金に自信ある?」
世奈さんが今までとはまた違った笑みを浮かべた。
「あい?」
僕は間抜けな返事を返した。
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街の風景が夕暮れの明かりでほのかに朱に染まり、仕事帰りのサラリーマン、はたまた放課後を楽しむ学生がそれぞれの時間を過ごしていた。
僕は両手に大荷物を抱えながらその街を歩いていた。僕の前で世奈さんが鼻歌を歌いながら小さくスキップしている。
「せ、世奈さん・・・ちょっと待って・・・」
「裕くん、どうしたの?」
世奈さんが小首をかしげながら振り向いた。
「いや・・・ちょっと重いっていうか・・・財布が軽いっていうか」
僕の両手いっぱいに抱えられた大荷物はすべて世奈さんの日用品、主に服。
喫茶店を出た後、僕達がしていたのは世奈さんの服選び。ちなみに世奈さんは生き返った身であるため所持金はゼロ。つまり代金は全て僕の財布から飛んで行ったわけで・・・。
「まさかデート費用5万円すべて使うとは思わなかった・・・」
まさか全て使い切ることはあるまいと高を括っていた軍資金もすべて消え去ったというわけで・・・
何だか嬉しいような悲しいような、そんな感情に包まれる。
「大丈夫、裕くん?」
僕の顔があまりにも沈んでいたのか、見かねた世奈さんが顔を覗き込んでくる。僕はとっさに明るい表情を作り直す。世奈さんに心配をかけさせるようなことはしたくない。
「大丈夫大丈夫!」
「裕くんがそういう時って大体大丈夫じゃない・・・っていうのは意地悪だよね。やっぱり私がいるだけでお金が多くかかっちゃうもんね・・・」
確かに世奈さんの言っていることは正しい。世奈さんと暮らすということは、生活に必要なもののほとんどが倍になるということに等しいからだ。
簡単なもので言えば日用品や食費なんかがそうだが、それ以外にも生活していれば出費が多くなっていくかもしれない。
正直言って、貯金と仕送りだけでは足りないかもしれない。
「私がどうにかしようか?」
「どうにかって・・・アルバイトとか?けど今の世奈さんの身分を証明できるものなんてないし厳しいんじゃ・・・」
「み、身分証明がいらない仕事なら!」
「そんな仕事世奈さんにさせられないよ!」
身分証明がいらない仕事って危ない匂いしかしない。そんなことを許してしまったらこの先、世奈さんの実家に足を向けて寝られない。
「ぼ、僕がアルバイトするよ!」
僕はそう言って大きく胸を張った。正直見切り発車。アルバイトなんて一度もしたことがない。
「いいの?私居候させてもらってる側なのに」
「世奈さんに危ない仕事させるよりは全然いい!ふんす!」
こうなればもう男の意地だ、二言はない。
そうと決まればさっそくバイト探しだと、そう息巻く僕は両手の荷物を抱えて帰り道を急いだ。
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