第7話 新生活

世奈さんを部屋に上げたことは、実は一度もない。

機会がなかったのもあるが、そもそも僕の部屋は散らかっているので世奈さんを招くわけにはいかなかった。

そして、それに気づいたのは家の鍵を開けて世奈さんを中に招き入れた後だった。


「・・・ああぁぁぁ!!せ、世奈さん、ちょっと待って!一時間くらい待って!」

「それって全然ちょっとじゃないよね」


僕は慌てて世奈さんの後を追いかける。しかし時すでに遅し。世奈さんは僕の部屋の惨状を見て佇んでいた。

僕の部屋は、まさしく『汚部屋』と呼ぶにふさわしい散らかり具合を見せており、ゴミと読みかけの本が床に敷き詰められていた。


「えっと・・・」

「まあ、裕くんって片付けできるような人にはとても見えないしね」


世奈さんは床に横たわった本を拾いながら言った。

なんとも、フォローまでされていたたまれない気持ちになる。


「けど、換気はしようね。なんだか空気が淀んでるよ。空気が淀んでると気持ちも落ち込んじゃうって言うし」


世奈さんは窓を開けた。夏の夜風が部屋に吹き込んできて気持ちがいい。


「とりあえず、寝られるスペースを確保して本格的な掃除は明日からだね」


世奈さんはどこから取り出したのかごみ袋を持って、プリントやらなんやらをポイポイ断捨離し始めた。

申し訳ない気持ちで爆発してしまいそうだった。急いで整理整頓に勤しむ世奈さんを手伝う、とその時


「何これ?」


世奈さんの不思議そうな声。僕が何となくその方向に振り向いてみると・・・そこには昔でいう「春画集」を手に持った世奈さんが。


「アリーヴェデルチ!」


すぐさま世奈さんの手から、その爆弾を取り上げゴミ袋に入れる。いや、ベタすぎるだろこんなイベント。最近のギャルゲーでも見ないぞ。


「ど、どうしたの裕くん」

「掃除をする、見られたらやばいものを隠す。両方やらなくっちゃあならないのが『男』の辛いところだな・・・」


覚悟はいいか?俺はもちろんできてない。


「もう、いきなり大声出すからびっくりしたよ。ほら早く続き、するよ?」


世奈さんに導かれるままに、掃除をする僕。

世奈さんの手際はさすがと言うべきか、凄まじい速度でゴミが分別されていく。

小一時間二人で掃除すると、何とか布団を敷いたり二人で過ごせるスペースは確保できた。


「まったく、なんで男の子ってガサツなんだろうね~」

「いや、まったく申し訳ない・・・」


僕は綺麗になった床に布団を敷きながら小さく謝った。

世奈さんは僕のベッドに座って、僕の行動を観察しているようだった。


「でも、なんかこういうのって楽しくていいよね」


世奈さんはポスっと音を立ててベッドに横たわった。ちらっと見てみるとなんだか色っぽくて、それも新鮮だった。


「僕も楽しいよ。やっぱり世奈さんといると楽しい」

「・・・ありがと」


世奈さんは小さく、けれども確かな声でそう言った。僕は何だか胸のあたりが熱くなって、涙が出そうになるのをぐっとこらえた。

ふと、ポケットの中に何かがあるのを感じ手で探る。ポケットには世奈さんに渡すはずだったプレゼントが入っていた。


『また、あとで渡せばいい』


僕はそう思い、元あった棚にそのプレゼントを再びしまう。


「そういえば世奈さん、どこかに行くって話だけど・・・」


気を取り直して、僕は世奈さんの方を向いた。世奈さんは寝息を立てて眠っていた。

やはり、いろいろあって疲れていたのだろう。安らかに眠る世奈さんを僕はそんな穏やかな気持ちで見ていた。


刹那、心臓を誰かに鷲掴みされたような感覚。

その寝顔が、空洞になってしまった世奈さんの顔と被る。


「・・・世奈さん・・・っ!!」


僕は思わず大きな声を上げてしまった。世奈さんはその声を聞いて飛び起きる。


「ど、どうしたの裕くん?」


僕は思はず彼女に近寄り、確かめるように抱きしめた。彼女は一瞬だけ体を強張らせたが、すぐに僕を背中からそっと抱きしめてくれた。


「・・・どうしたの?」


彼女は静かな声で、まるで以前の彼女のような声で聞いた。

僕は震える声で、みっともなく言った。


「怖いんだ。世奈さんが、また遠くに行ってしまう気がして、そうなったら僕はどうしたらいいのかって・・・」

「・・・大丈夫だよ・・・私はどこにも行かないよ」


世奈さんは僕の背中をゆっくりさすってくれた。小さな赤ん坊をあやすように、我が子のように、慈しむようにそっと。

世奈さんはそのまま僕を、一緒にベッドに横たわらせた。世奈さんの体温が僕に染み込んでいく気がして、僕の緊張の糸は緩み切ってしまった。

眠気が一気に僕を襲って、僕はそれに抗うこともできず目を閉じてしまう。

そして眠りに落ちる、その時


「・・・ね、裕くん・・」


世奈さんが何か、言ったような気がした。

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