第5話 悪あがき
報せを受けた時のことはあまり覚えていない。声を失って倒れこんだのか、それとも声を荒げて発狂したのかも、それすらも分からない。
確かなのは、電話をくれた世奈さんの親族に世奈さんのいる場所を聞いてすぐに向かったこと。新幹線で一時間半のところだったが、ATMで貯金を下ろし、そして大学のテストがあるにも関わらず問答無用で向かった。
世奈さんは大学病院にいた。
まるで眠っているような、何度も僕に見せてくれた寝顔をしたまま旅立ってしまっていた。
僕は空洞になった彼女を前にして泣くことはできなかった。人が本当に悲しいときは涙さえも出ないことを知った。まさに「自失」というにふさわしかった。
後から、世奈さんの親族に世奈さんの病気について話してもらった。
世奈さんは生まれたときから脳に障害を持っていた。初めて会ったときに車いすに乗っていたのは、足がうまく動かなかったからだとその時分かった。
本当は回復する見込みはなかったらしい。いずれ心臓が動かなくなり、命の灯もその時に消えてしまうと世奈さん自身がそう覚悟していたそうだ。
しかし「奇跡」が起こった。夏に差し掛かったあたりから病状が一気に回復していったそうだった。ちょうど僕と世奈さんが出会った頃からだった。
世奈さんの親族の誰もが復調したと信じた。しかしそんな都合のいい話は存在しなかった。
世奈さんの病気は治っていなかった。春に入ってから、病気の症状がまた現れだしたのだった。
親族の人たちはすぐに入院するべきだと世奈さんに言った。しかし世奈さんは頑なにそれを拒んだらしかった。
しかし、病状は悪化する一方で世奈さんにも限界が近づいていた。そして入院を決めたそうだ。僕と連絡を取らなかったのはきっと、僕の声を聴いたら心が折れてしまいそうだったからだろう。
しかし入院した時点で彼女の命は風前の灯火だった。もって三日だと、医師にはそう言われたらしい。
世奈さんは涙しながら、どうか一週間に延ばせないかと懇願したそうだ。
結果として、彼女は宣告された余命の倍の日数を生きた。医師は「奇跡」だと言った。
冗談じゃない。「奇跡」なものか。彼女が文字どおり命を燃やしたから、そこまでの事を起こせたのだ。それをまるで偶然のように。冗談じゃない。
僕は、何もできずにいた。彼女の最も苦しいときに彼女のそばにいられなかった。
その事実が僕の喉元をナイフのように掻っ切ったように思えて、僕は思わず首を抑えた。
なのに苦しいのは止まない、むしろどんどん苦しくなっていって・・・
「何してるんですか!?」
世奈さんの親族の慌てた声が耳に届き、僕は気が付いた。
僕は、自分の首を絞めていた。
その後のことは何故か鮮明に覚えている。
帰りの新幹線の時間、その車内で食べた弁当の味、隣の席で泣いている赤ん坊の声。
何とか力を振り絞って自分の下宿先に帰ると、机の上には彼女に渡すはずだった誕生日プレゼントが横たわっていた。
僕はそれを、唇から血が出るまで噛みしめながら棚の中にしまい込んだ。
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それからの日々は白黒のモノトーンのように色を失った。
彼女のいない、公園もカフェも大学の教室も、僕にとっては何の価値もなかった。
大学にも、だんだん行かなくなっていった。
『おい、大丈夫かよ』
「・・・ああ」
幸せなことに、自分のことを心配してくれる友達が僕にはいた。
彼との電話だけが、僕が会話する理由だった。
そんな日々が続いて夏休みに入った。僕はいつものように惰眠をむさぼっていた。
おもむろに携帯を見てみると、メッセージが大量に届いていた。
僕はため息をつきつつ、インターネットブラウザを開く。
『死んだ人ともう一度逢う方法』
そこまで打って、自嘲するように笑った。けれど止まる気はなかった。
適当にネットの記事を読み漁る。するとひと際目を引く記事を見つけた。
『盆の終わりに、逢いたい人を思って日暮れの神社へ行くと死んだ人に会える』
そう書いていた。盆には死んだ人の魂が地上に降りてくる。そして盆が終わると天に帰ってしまう。しかしその時に魂を地上にとどめることができる。そういった内容だった。
信じるわけがなかった。こんな都市伝説を、誰が信じるのかと思った。
けれど、僕はおもむろに立ち上がり引き出しを開けた。
そこには、世奈さんに渡すはずだったプレゼントが変わらずに眠っていた。
「・・・馬鹿か僕は」
今僕は、小学生のような発想に基づいて行動しようとしている。無駄に終わるに決まっているのに、なぜかやる気に満ち満ちている。
「馬鹿だな、僕は」
僕はそのプレゼントを手に取った。
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