第3話 告白
世奈さんとはその後、連絡先を交換し合い退院後も静かな場所で他愛のない話をしながら笑い合った。
静かな場所をいつも選んだのは、病み上がりの世奈さんに無理をさせたくなかったからだった。
公園のベンチ、大学の近くにあるカフェ・・いつもと同じのはずなのに、世奈さんは僕に色々な景色を見せてくれた。
夏が過ぎ秋に入りかけた頃、僕は世奈さんに告白することを考え始めた。
もともと一目惚れだったのにプラスして、毎日話していくうちに僕は世奈さんに惹かれていった。もうこの気持ちを抑えることなどできなかった。
その日もいつもと変わらず、僕と世奈さんは大学での話や最近読んだ本の話など様々な話をした。いつも通りの幸せな時間だった。
だからこそ、この幸せな時間に終止符を打ちかねない「告白」という行為に踏み出せずにいた。
けれど僕は腐っても男だ。ここが男の見せ所であると、自分に言い聞かせた。
「それでねー・・・」
「せ、世奈さん・・・!」
僕は思い切って彼女の名前を呼んだ。
彼女は少しだけ体を震わせ、静かにこちらに振り向いた。
そして不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの?」
言わなくちゃ、ならない。この気持ちを伝えなくちゃならない。
僕は塞ぎそうになる喉を大きく広げ、少しだけ大きい声で言った。
「付き合ってください!」
言ってしまった。頭と心臓がガンガンなってうるさい。
公園に秋風が流れ、僕と彼女を包む。
そして病院の時と同じ、静寂が秋風と共に僕らを包んだ。
「ご、ごめんなさい・・・」
返事はそれだった。
僕の脳天に雷が落ちたかのように思えた。
世奈さんは、バツが悪そうに僕の顔を見ると
「ごめんなさい・・・」
と、もう一度言って去ってしまった。
その日僕は生まれて初めて、告白と失恋を覚えた。
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その日の夜、僕は晩御飯も食べずにベッドに横たわっていた。
「あー・・・やべ―・・・貝になりてー・・・」
食欲どころか、何の欲すらも今の僕には湧かなかった。
明日から、また空虚な日々が始まると思うと憂鬱でならなかった。
世奈さんのいない日々、それが明日から始まるとなると眠りたくても眠れない。
我ながらに気持ち悪い発想だったが、僕にとっての世奈さんはそれほど重要な存在になっていた。
ふと携帯のバイブ音が頭上でなっているのに気が付く。
「う・・ん」
僕は少し唸りながら、携帯を取り誰からの電話か確認する。
世奈さんだった。
「うぇっ!?」
僕は慌てて起き上がり、意味もなく髪を整えてから電話に出る。
『あっと・・・もしもし、裕斗君』
電話越しに、あの小さい鈴の音が聞こえる。
「は、はい!」
僕は素っ頓狂な返事を上げた。
『ご、ごめん。寝るところだった?』
「あ、いや眠れなかったので・・・」
気まずい空気が二人を包んだ。何か話さないと・・・
「あの・・」
『今日の話なんだけど・・・』
世奈さんの震えた声が、電話越しに聞こえる。
あの告白が、世奈さんの何かを傷付けてしまったのだろうか。僕はひどく狼狽した。
なにせ告白したのはこれが初めてだ。何が正解かもわからないままただ気持ちだけを伝えてしまった。それがまずかったのかもしれない。
『私なんかで・・いいの?』
しかし世奈さんの次の言葉は、僕の予想の斜め上を行ったのだった。
僕は、世奈さんの言葉を頭の中で反芻する。
「私なんかでいいって・・?」
この返しはまずかった、と今更ながら僕は思った。
今の言葉の意味をもう一度聞き返すなんて無粋すぎる。
『今日の言葉、その、とっても嬉しかった。けど・・』
僕は世奈さんの言葉の続きを待つ。
『私にはきっと、そういう関係はふさわしくないかな・・・って』
「ふさわしくない・・?」
それは、世奈さんが僕に釣り合わないという意味だろうか。そんなことあるはずがない。僕の方がきっと世奈さんにふさわしくない。世奈さんがその気になれば、そのアイドル級の容姿と仕草で何十人ものイケメンを虜にできるだろうに。
「そんなこと・・・」
『あるの』
世奈さんはぴしゃりと言い放った。
『きっと私といても、きっと良い事なんてない』
世奈さんのその言葉には、なぜかその言葉以上の重みを感じた。
僕は、その言葉に押しつぶされそうになった。
けれど、僕はその言葉の重みを押しのけても言うべきことがあると感じた。
きっとここで僕が押し黙ってしまうと、それは彼女の言葉を肯定することになる。
それは、だめだ。
だから僕は
「ちがう」
『え?』
「それは違う。誰にだって幸せになる権利はある、世奈さんにだって。それが僕にとっての不利益でも構わないよ。だって、だって僕は・・・」
僕は・・
「世奈さんが好きだから」
我ながらにその時の自分を評価してやりたい。今同じようなクサい台詞を言えと言われても顔から火を吹いて失神してしまうだろう。
『・・う・・』
僕はそこで世奈さんが泣いているのに気が付いた。
声を押し殺そうとしながらも、その喉の奥から嗚咽が漏れていた。
「ご、ごめ・・」
『違うの・・』
世奈さんは泣き声のまま言った。
「え?」
『初めて言われたから・・・幸せになってもいいって、私にもその権利があるって。だからうれしいの。うれしいんだよ』
彼女は、喉の奥から漏れる嗚咽を押しとどめながら、それでも漏れる声を僕にだけ電話越しに聞かせてくれた。
彼女に僕の言葉の何が刺さったのか、その時の僕にはわからなかった。
彼女の涙の理由が何なのか、今の僕にもはっきりとは分からないけれど、それでも分かったことが一つだけある。
彼女はきっとその言葉を、「幸せになってもいい」という言葉を待っていたんだ。
その電話の結末として、彼女とは結果的に交際することとなった。
悲しみで眠れなかった僕は、今度は嬉しさで眠れず、結局そのまま夜を明かした。夜明けとともに現れた朝日を見たときの気持ちは今も覚えている。
ああ、ここから僕の新しい日々が始まるんだと決意を新たにしたのを覚えている。彼女を幸せにしてみせるって決めたのを覚えている。
その日、僕は大学のキャンパス内で彼女に会った。
「お、おはよう・・ございます」
僕はたどたどしく挨拶した。
彼女はそれに対し
「よろしくお願いします」
と頬を赤らめたのだった
その目の下には、クマができていた。
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