第15話
『天空…あれはなんだ?村の様に見えるが』
紅露を追う白嵐は上空から村を見つける。
『はぁ、村…ですね。しかしこの地に村などありましたか?おかしいですね…降りてみますか?』
『私も耳にしておらぬ…西の外れと言えども私の許可もなく誰が村など作るのだ…』
『しかしこの所の天災で元の村から弾かれた流浪の者達が集まったのやもしれません…紅露様は分かりませんが、しかしあの男の香りは風に紛れて微かに…』
『紅露に意識がなかったら…勿論香りの痕跡もなかろう…男がこの村に立ち寄ったならば紅もいるだろう急ぐぞ』
『白嵐様っ焦ってはいけません。ここは警戒せねば…罠や仕掛けという場合もあります』
『警戒?そんなものしておる時間があるか?紅がどんな状況かも分からぬのに…焦るなという方が無理な話だ』
『はぁぁあ。仕方ありません。分かりました私が先に行きます。』
天空はため息混じりにそう言うと本来の犬の姿に戻る。
『私の合図があるまでは村に入らないように…待って下さいね。あ、念のために白嵐様も琥珀の姿でお願いします』
『分かった』
『では…』
天空は村へ消えた。しかし半刻待っても何の音沙汰もない。白嵐はただぼんやりと上空から村を眺める無意味さに辟易し始め、遂には我慢できず天空の言葉も無視し村へ侵入する事にした。
『合図は…聞こえなかったが恐らくあった筈だ』
都合の良い言い訳を1人で呟き村へと消えた。
琥珀の姿で村へ入ると村の様子が普通のそれとは全く違う。何がと言う事はないが何かが不穏でおかしい。
『ん?なんだ…村なのに…普通の村ではないようだな…』
何が異変かとは分からぬまま歩を進めた。
『あ!猫だ!!』
小さな男の子が指を差すと父親らしき男がやって来る。
『さっきは犬を捕まえたが今度は猫か?珍しい。この辺りの犬猫はもういないと思ったが…』
捕まえようと近付き網を投げ打つ。
琥珀は素早く回避した。
村を一周した頃、初めは1人だった男が何人にも増えていた。
『おい!犬もだいぶすばしっこかったが…こいつもなかなか捕まらねー』
そう叫びながらいくら逃げても追いかける。
木の上に登り暫く様子を眺めていたが男達は諦める様子もない。
『天空め…おめおめ捕まりおって…』
白嵐は仕方なく木の上から足を踏み外した様に落下した。
『落ちてきたぞ!捕まえろ!』
そう言って男が広げた麻袋に乱暴に入れられしっかりと縛られた。
何処かに移動している様だと耳を立てる。
『本来ならあの男…次は馬を連れ帰ると言うておったのに…途中で逃げられたとほざいたからな。犬猫でもないよりはマシだ…』
『……馬?』
白嵐は首を傾げた。
『馬……馬…何処か引っかかるな…』
尚も耳を澄ます
『でも父ちゃん…この猫もさっきの犬も綺麗な眼をしていた…可哀想だよ』
『犬猫よりゃ俺たちの方が可哀想だろ何言ってんだ…』
『……母ちゃん…どうしてるかな。会いたいな』
『……うるさい!今日はもう良いが明日は兎でも蛙でも良いから探して来るんだ!』
『……うん』
『人間の女子でも良いぞ…』
別の方角から聞こえる男の声に小さな子供が叫ぶ
『お前は!おい、旅の商人!母ちゃんや姉ちゃんはどこに行った!仕事があると言って連れて行ったままじゃないか!』
『…隣の街はそれは大きな絹織物の卸問屋があるのだ。異国の絹や生地。絨毯…とにかく女の手がいるのだ…夜光様の気にいる美しい絹ができれば女達もすぐに帰れるだろう…』
『本当か?妻や娘は返して貰えるのか?夜光って確か隣街の豪商の妻の名前だろ?』
『ああそうだ…最近の天災でこの辺りの村が荒れ、お前達の様なあぶれた者が勝手に集まり村を作った。本来ならばこの界隈は黄昏様の治める土地であるのに勝手に村など許される事ではないのだぞ…それを黄昏様は絹織物の働き手に女達を雇ってくださったのだ…感謝する所だぞ…まぁ良い少し休憩させて欲しい。長い距離を歩いてきたのだ』
そう言うとまた移動を始めた。
麻袋の白嵐は投げられ衝撃を受けた。
『誰が手荒に扱っておるのだこの私を…』
麻袋を縛る紐が解けるとどうやら家の土間に投げられたようだった。袋から脱出し辺りを見回す。奥で首を鎖で繋がれた天空が白嵐に気付く。
男達に気付かれぬ様にそっと天空の元へと駆け寄る。
『白嵐様…やはり待てなかったんですね。待てる筈ないと思ってましたが…』
『何だ天空おめおめ捕まりおって!』
『いえ、偵察のためですよ白嵐様こそ捕まったのですか?』
『お前が間抜けにも捕まったと言うから迎えにきたのだ』
『合図を送ったつもりはないのですが…』
『……いやぁ、私には聞こえたのだお前の私を呼ぶ咆哮が!』
『はいはい。分かっております。ですから予め琥珀になっておくように言っておいたのです…』
『あー、なるほど。やはりお前には分かっておったか』
白嵐は笑った。
『白嵐様!シッ…男達の話を聞きましょう』
『そうだ。何か引っかかると思うたがこの村には女子がおらぬのだ…それにお前の推測が当たっておったぞ。村を無くした者達が集まり新たに出来た場所らしい』
『…そのようですね』
男と旅の商人の話に聞き耳を立てる。
『……荒れた地に畑も出来ず食べ物もない…こうやって猫や犬を捕まえるしかできぬ。妻達を連れて行く時には、食用に馬を連れて来ると言うたではないか…』
『その馬が逃げおったのだ…ある村で不思議な女子を見つけてこの辺まで連れてきたが動かぬ馬を鞭で打ったら急に立ちはだかり馬を庇った。間抜けな女子だ。その女子は身体から月季の香りがするのだ…美しくて…そんな女子だが私に向ける視線がバカにした様に無性に腹が立って打ちのめしてやったわ』
『女子を打ちのめしたのか?それはいけねえ』
『いやアレは妖女だ。なかなかにあんな妖艶な美しさを持つ女子はおらぬぞ…何やら妖術を使う…茎を伸ばしたりしてな…』
『妖女?妖とは…。あ、黄街で出たという噂は昔に聞いた事がある…確か血を好む妖か。朱い髪に朱い目をしておると…』
『うむ…あ、いや、それは別であろう。妖にも種類が多分にあるのだ。それにしても私の知る妖の中でもあれ程若々しく瑞々しく芳しい者はなかなか…
鞭で頬を打った時、真っ白い肌に一筋真っ赤な血が滲み出て苦痛に歪みながら勇ましく睨んでくる。気を失うまで痛めつけたが妖の仲間でも呼ばれ狙われでもしたらたまったものじゃない。そのまま捨て置いたが黄街での用が済み帰りに捨てた場所に立ち寄るつもりだ。もし烏やハゲワシにでも食われてなければ養おうと思うてな…見せ物小屋でも売れそうだ』
『………』
『…旅の商人とは言え鬼畜だな…』
男達は商人の狡猾な目に背筋を凍らせた。
『……』
天空は恐る恐る隣を見る
白嵐は燃え上がる白い炎に包まれている
『だ、だめです白嵐さま…抑えて下さい…白嵐様』
『…紅を打ちのめしただと?紅露の頬を…血が?誰が……鞭で……』
全身がぶるぶると震え始め、地が揺れた。
『な、なんだ…地震か?』
風が家の周囲を取り囲む
飛び出そうとした男達は戸を開けて驚嘆した。
『な、なんだ…砂…砂嵐か?!』
『白嵐様っ白嵐様っっっ』
天空は取り抑えようとしたが白嵐には及ばず跳ね飛ばされ部屋の隅に転がった。
白嵐はとうとう怒りに任せ白虎の姿を表す。
『わ!わわわ…』
人間達は突如姿を表した白虎白嵐を目にし余りの事に腰を抜かした。
六合と紅露は街を歩いていた。
賑やかな街の様子に紅露は怖気付く
『どうしました?姉上なのではなかったですか?』
無意識に六合の後ろへと隠れて歩く。
『あ、いえ大丈夫です。ただ…何だかこの大き過ぎる街が怖くて…』
『大丈夫ですよ…紅露』
『え?』
『いえ、私の方がしっかりものの兄の様ではないかと…』
『…ああ、なんだ。驚きました』
突然名を呼ばれ驚く紅露。
『いけませんか?双子ならそれでも良いでしょう?』
『…はぁ、ですが…ならば私は何と呼べば』
『まあ、好きなように…』
『…困りましたね…』
『同じ様に呼べば良いではないですか』
六合は少年らしく爽やかに微笑んだ。
『……』
紅露はそれでも考えあぐねいていた。
あっけらかんとする六合は四神に仕える眷属という。簡単に名を呼ぶのも憚られた。
『あ、一番奥の店ですよ…ほら、見えてきましたこの街の名前もこの店の屋号からと言われてます』
紅露の思案を知ってか知らずか六合は話を変えた。
『…店の名前は何と?』
『黄昏屋…この街自体が夕暮れ時の時間帯が川面に夕日が映え一番美しいと名付けられたとか。まぁ噂なのでわかりませんし、私の管轄ではありませんので…定かではありません。ただあの旅の男が立ち寄る町や村でそう言っては少女達や若い女子に声をかけておりました』
『………』
『まあ、あの男自体怪しいので村の者が怪しみましたが…しかし親の無い子などは…』
『………』
『子どもを攫ったりしてどうするのでしょうか…あ…でも関係があるかはわかりませんがこの街の子供は皆何処か目が虚ろで眠そうと言いますか…李順みたいに元気いっぱいの子供がいないわ』
『…探るしかなさそうですね』
2人は歩きながらとうとう大きな建物にたどり着いた。
豪商らしく高い塀に囲まれている。しかしその楼閣は何処か仄暗さを感じる。
『お店にしては…何だか寒々しくないですか?』
『お嬢さん、どうかしましたか?店に何かご入用でも?もうそろそろ店を閉めるのですが…』
背後からかけられた声に紅露は僅かに寒気がした。
『あ、え…いえ』
振り向くと大きな目を見開き見つめる男が立っていた。その目はぎょろりと紅露と六合を見ている。
『あ、あの…』
凍りつく紅露と男の間に六合が割って入った。
『私達は東の村からやってきた兄妹です。この街で仕事があると聞いてやってきましたが…もう店じまいですか…』
『ほう、仕事をお探しですか…なら話は奥で聞きましょう…この街は夜が早いので日が沈む前に店じまいなのですよ』
男は怪しく紅露に向けて笑みを浮かべた。
『……』
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