第3話 熱割れ
200年以上も昔のことだ。とある貨物船の従業員が不思議な円盤状の物体を回収した。その者の名はウィズ・ストアローという。大事件の主役である彼は、後世まで語り継がれることになる人物だった。
彼が回収した円盤は光り輝く素材で作られており、表面には明らかに人工的な模様が刻まれていたのだ。それは宇宙のどこかに知的生命体が存在することを意味するに他ならなかった。円盤は回収者の名を冠し『ウィズ・ディスク』と名付けられ、一大センセーションを巻き起こした。
長年の分析の末、円盤はある種の記録媒体であることが判明し、収められていた情報の一部を解読することにも成功した。
その内容は、驚くべきものだった。その星の住人による終焉の物語だったからだ。内容が複雑すぎてすべてが解明したわけではないが、要約するとその星の人類は絶滅の危機に瀕しており、もはや存続させることは不可能というものだった。絶滅の危機に至った詳細については判明できなかった。
その円盤が作られた星は、『イズミール』と命名された。希望と試練が渦巻く地という意味だ。円盤を宇宙に向けて放った者が、どういった思惑を抱いていたのかは知る由もない。想像するしかないが、この広大な宇宙の片隅で、確かに生命を紡ぎ続けてきた種族がいたことを訴えたかったのかも知れない。たとえ相手が他の星の生物だとしても。
時が流れた現在、皮肉なことにイェルンたちも同様の運命を辿ろうとしていた。人類が増え過ぎた結果、食糧難や資源の枯渇が始まり、危機を認識した時には取り返しのつかない事態にまで進行していた。まるで、なんの考えもなしに増殖を繰り返した人類に、天地が罰を与えるかのような有様だった。
期を逸したものの、指をくわえてなにもしないわけにはいかない。全世界の政府が協力して、幾重にも対策が練られた。その中の一つに、新たに居住可能な惑星を発見し、移住する計画が持ち上がった。すなわちウィズ・ディスクが放たれた星イズミールを求めたのだ。
ウィズ・ディスクには人類が滅びそうだと記録されてはいたが、星そのものが壊滅的状況にあるとは記されていなかった。楽観的な解釈と言われればそれまでだが、一縷の望みに賭けるしかなかったのも厳然たる事実だった。
何千、何万もの若者を集い、厳しい訓練を受けさせた。その中から特に選りすぐりの人材を抽出し、いくつもの調査隊が結成された。273隻もの調査船が順次宇宙に飛び立った。その中でも、カ・シィーツォが取った航路がもっとも可能性とが高いと言われているのだ。
ビーズはロマンチストではないが野心家ではあった。歴史に名を残すという発言は、神秘性を追求した欲求ではなく、名声が欲しいからだろう。それは決して悪いことではないし、悪しざまに評するつもりはないが、今回は大げさではなく命に関わる。しかし、偉業を成し遂げた人物として、後世に伝えられたい欲望を抱いていることは否定できない。イェルンには、全員の気持ちが揺れ動いているのが手に取るように分かった。
「命と名声と、どっちが大切なんだ」
リジュが、まさに全員の迷いを突く質問をした。その問いに、ビーズは不敵に答えた。
「そりゃ命は大事だ。死んじまったらおしまいだからな。けどよ、わざわざ何年も掛けて、こんな宇宙の果てまで来た理由はなんだ? 新天地イズミールを求めてだろうが」
ビーズの熱のこもった言い方に、誰も口を挟めないでいる。
「俺たちはズブの素人じゃない。厳しい訓練を乗り越え試験に合格したから、ここにいるんだろ。フィギュアキャプテンがいなくなって不安なのは分かるが、それだって想定内のトラブルのはずだ。そういった事態をひっくるめて、俺たちは対処するように訓練されたんだろ」
室内が静まり返った。ビーズの熱意に圧されているのだ。
一拍の間を置いてから、イェルンが沈黙を破った。
「発見された惑星が、イズミールと決まったわけじゃない」
「今さらなに言ってんだよっ」
「思い込むのは危険だと言ってるんだ。先入観は判断力を麻痺させる。そして、正しい判断ができなくなった者から命を奪っていくのが宇宙だ。感情で突っ走って良い問題じゃない」
先入観という言葉を使われて、リジュの表情が曇った。イズミールと言い切ってしまって過度な期待を持たせたと、遠回しに叱咤されているように感じたのか。
イェルンは彼の表情の変化に気づいたが、敢えて触れなかった。リジュのプライドを傷つけたかも知れないが、今はこれからの方向を決めることが最優先だ。
「気持ちは汲む。しかし、事が大きい。大き過ぎる。一人の考えで推し進めて良いことじゃない。今一度冷静になって、公平な手段で決めよう」
「なんだよ? 公平な手段ってのは?」
「分かってるだろう。今回も多数決で決めるんだ」
「ガキじゃねえぞっ」
憤るビーズを尻目に、イェルンはイーガルの様子を伺った。
惑星発見の報を皆に伝えてから、口を閉ざしていたイーガルは、ゆっくりした所作でクルーを見渡した。
「俺はスタッフ・キャプテンとしてカ・シィーツォに乗り込んだ。フィギュアキャプテンが亡くなった後釜を任されるのは、当然のことだ」
「なんだよ? なにが言いたいんだ?」
彼はビーズの質問に対しても、ゆっくりと口を開いた。
「現在のリーダーは俺で、そうと決めた時に最終的な決定権は俺に委ねる。そういう約束だったな」
再び、室内に沈黙が降りた。リーダーが改めて自分の責任と義務、それに伴う権限を口にすれば、当然のように空気は重たくなる。
沈黙のまま過ぎること数秒。
「……だが、それはキャプテンの決定が必要な微妙な案件が持ち上がった場合に限定される。今回は差し迫った状況に追い込まれたわけじゃないんだ。イェルンの言うとおり、ここは前回と同じように多数決で決めたいと思う」
重たい空気が上昇した。
露骨に嫌悪の態度を示すビーズに対し、イーガルは微動だにしなかった。ビーズの強引な誘導に惑わされることなく多数決を採用したことに、明らかに安心を得た者もいる。やはり、この男をリーダーにしたのは正解だったと、イェルンは秘かに胸を撫で下ろした。
意思表示は挙手で行われた。単純な方法だが、一同に介しているのに凝ったやり方をする必要はないし、誰が賛成で誰が反対かは、ここではっきりさせた方が良いと判断してのことだった。
イーガルの合図に対しすぐに挙手をしたのは6人で、結果としては半々となった。
意外だったのは、イーガルが賛成派だったことだ。口振りから彼も安全性を重視して反対するものだと思っていた。イェルンの視線を察したイーガルは「俺だって調査師団の端くれだからな。ここまで来た以上、なにかしらの成果は持って帰りたい」と照れた。そういえば、フィギュアキャプテンの死亡が確認された時も、彼は調査の続行を真っ先に掲げたのだった。
最後まで迷っていたのはサマトで、数分を要してやっと反対する方に傾いた。彼はなにを考えているか分からないところがあり、すべてに対して無気力、いや無関心だった。唯一、人一倍の情熱を見せるのは食に対してであり、日頃から料理に関する研究は欠かしたことがない。その成果か彼の作る料理はどれも美味で、クルーの胃袋をがっちりつかんでいる。
またしても、ビーズが突っ掛かった。
「なんでだよ。おまえだって大きなことをしたくて、この船に乗ったんじゃないのか?」
「べつに手柄を立てたくて乗船したわけじゃないよ。僕は料理さえできれば、どこだっていいんだ。たまたまカ・シィーツォの調理師に採用されたから乗っただけで」
「イズミールには、見たこともない食材が溢れてるぞ。きっと。それを、おまえが誰よりも先に料理するんだ。どうだ? 興味あるだろうが」
「たしかに魅力は感じるけど、危険度が未知数だ。どんな生物が生息しているか想像もつかない。もしかしたら、僕たちの何倍、いや何十倍も大きい肉食獣がいたってなんの不思議もないだろう? 食材を調達してたら逆に自分が食料になってしまったなんてことになったら、死にきれないよ。調査が済んで充分な安全が確認できたら、改めて来ればいいさ」
「それじゃ、他の移民と変わらないじゃねえかっ!」
「もういいっ。もうやめろっ」
興奮でどんどん声が大きくなるビーズを抑えたのは、イーガルの一声だ。
「最初に言ったように、決定は多数決の結果による。賛成派は3人。反対派は4人だ。今回はこのまま帰路に着く」
「イーガルッ!」
「もう決定したことだ。これ以上ごちゃごちゃ言うな」
ピシャリと跳ね除ける。
「ここまで条件が揃っていながら、尻込みしてんじゃねえよっ」
「キャプテンが不在なんだっ。俺たちは全員経験がないに等しい。そんな素人同然の者が何人いようと、危険過ぎるっ」
「経験がないだと? なんのために厳しい訓練を受けたと思ってるんだっ。こんな場合にも対処できるようにだろうがっ!」
「訓練と実践は違うっ。それくらい分かれっ!」
まるで競うように、二人の声が大きくなっていった。ビーズはいつものことだが、イーガルが感情を出すのは珍しい。
興奮したビーズが、イーガルの胸ぐらを掴んだ。あっという間のことで、止める間もなかった。全員に緊張が走る。
「ビーズッ」
明らかにやりすぎの態度に、イェルンが止めに入った。
しかし、イーガルの動きはそれ以上に早かった。ビーズの手首を引き寄せると、体重を掛けて腰を捻った。
「うがっ⁉」
手首を拗じられたビーズは、痛みから逃れようと態勢を崩し、そのまま床に転がった。
一瞬だった。筋力ではない。瞬発力でビーズの乱暴を捻じ伏せたのだ。
イェルンは感心した。技術もそうだが、冷静さを保たなくては、これほど鮮やかに技は決まらない。スタッフ・キャプテンとして乗り込んだのは伊達じゃないというわけだ。
「大丈夫?」
起きやすいようにエマが手を差し伸べるが、ビーズは乱暴に振り払った。
「いたっ⁉」
払われた手を反対の手で抑える。気丈なエマも、ショックを隠しきれない。
ビーズは歯軋りをしてイーガルを睨みつけている。不穏な空気が膨張し、室内を満たした。
「そうかよ。根性なしどもが。必ず後悔するぞ。一世一代のチャンスをみすみす逃したってな。すぐには実感は湧かなくても、10年後、20年後には必ず後悔する。なんであの時、ちょっぴりの勇気が出せなくて決断しなかったんだろうなってな」
ちぎって投げつけるように言葉を残し、ビーズはミーティングルームから出ていってしまった。
「ビーズッ。イーガルだって断腸の思いなんだっ。おまえだけが悔しがってると思うなっ」
イェルンは彼の背中に向かって言ったが、ビーズは振り返ることなく消えていった。後にはなんとも気まずい雰囲気が残った。
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