第4話
その翌日。いつもと同じく鞄に黒猫を押し込んでその重みに肩を凝らせながら学校に登校したのだが、隣の席の真姫は特に何も言ってこなかった。猫について何か訊いてくることもなかったし、昨日の勉強会について何かコメントすることもなかったし、追加で俺をデートに誘ってくることもなかった。昨日以前に逆戻り、まだ真姫と一度も話したことがなかった以前までと同じ距離感に戻ってしまった。
授業中に俺の鞄がひとりでにもぞもぞ動き出しても、真姫はこちらを見ようともしなかった。
人の言葉を喋る猫なんてどうでもいいと。その飼い主である俺のことなんてもっとどうでもいいと。真姫の態度はそう物語っていた。
つくづく分からない人だ、白川真姫は。
「フラれちゃったみたいだな」
黒猫が少し嘲笑を含んだ口調で言った。
「俺は白川真姫のことを好いているなんて一言も言っていないし、真姫のほうも俺を特別に想っていないことは昨日に確認済みだ。俺と真姫の間に恋愛的な何かが始まった形跡はひとつもない。だから普通のクラスメイトの距離感を保つのはなんら自然なことなんだよ。たった一回二人きりで勉強会をしただけなのに、それで勝手に恋愛に結び付けるのはあまりに短絡的と言わざるを得ないね」
「わ、わかったよ。急に早口になるなよ。怖いな」
「今日は外にラーメン食べに行くぞ」
アパートに帰ってきてからインスタント麺の残数が切れていることに気が付いた。今からスーパーに行ってインスタント麺を買って、それから家に帰って一通りの調理を行うのはあまりにも面倒が過ぎる。母親に仕事帰りに買ってくるように頼んでもいいが、母親が帰宅するのは早くても深夜零時を回った頃なので、夕飯の時間には間に合わない。だから、今日は大人しく外で食べることにした。
それには当然猫もついてくるので、まず猫を鞄に入れてから、制服から私服に着替えて財布を持って、最後に家の鍵を閉める。いつ抜け落ちても不思議ではないほどボロボロに錆び付いた階段を下りて、街灯の無機質な白い光と家の窓から見える温かな黄色い光で彩られた夜の住宅街を歩く。
しばらく住宅街を歩いていると、住宅街と駅前通りの境目あたりに、ぽつりと目立つ赤色の看板が見えてくる。目的地である個人経営の中華料理屋だった。
猫背のままで、気だるげな足取りで店に近づき、俺が横開きの扉に手をかけたときだった。
ついに世界が終わったのかと思った。
ひゅ~と花火が上がる前のような音がした後、地球が割れたようなとんでもない轟音があたりに響いて、一瞬だけ地面が大きく揺れた。
コンクリートの破片がぱらぱらとあたりに飛び散った。周辺の地面が波打つように隆起した。
そして、俺の左半身が鮮血によって染められた。
粘り気のある、鉄くさい血だった。
「……………」
俺はおそるおそる、震える手を押さえながらゆっくりと後ろを振り返った。
アスファルトの上に、女の子が倒れていた。派手に放射状に飛び散った血液の中心に、全身が赤い血液で覆われている女の子が、仰向けで倒れていた。
よくよく辺りを見回してみると、地面はもちろん家の塀や窓も血液で染まっていた。女の子を中心にして半径四メートル以内の景色が全て、赤い血で染まっている。明らかに普通の人間の血液の量ではない。
「……宇宙人、だ」
女の子は口を大きく開けて、胸を激しく上下させて、必死の様子で呼吸している。
この女の子は、空から降ってきたのか。
空から降ってきた女の子を受け止めることができなかったら、こんな光景を目の当たりにすることになるのか。
俺はそっと、地面の血液をぴちゃりと踏みながら、その女の子に近づこうとする。肩にかけた鞄が激しくもぞもぞ動いていたが、構わなかった。
「……ぅ、ぉぅ、……ぅ」
すると女の子は、小さく呻きながら、ゆっくりと上体を起こした。身体が錆び付いているような、ぎこちない動きだった。
女の子の髪の毛先から、ぽたぽたと血液を滴っている。
「……だ、大丈夫、ですか?」
普通ならこんな奇怪な化け物を目の当りにしたらすぐさま逃げようとするだろう。今の俺のように近づいて声をかけるのは、おそらく常人の所業ではないのだろう。
しかし俺は今、日本語を喋る猫なんていう化け物と一緒に暮らしている。突然血まみれの女の子が目の前に現れても、常人ほどは動揺しない。
女の子はぎぎぎと骨の軋む音が聞こえそうなほどゆっくりと首を俺に向けて、目を見開いた。瞳の色まで赤かった。少なくとも日本人ではないのか、いや当然だが。
「……たすけて、くれ」
女の子らしいか細く高い声だった。無理矢理絞り出したような頼りない弱い声だった。
「……えっと」
突然空から降ってきた女の子をどう助ければいいのか。そもそも俺はこの女の子が何に困っていて助けを求めているのかもわからない。空から落ちてきた衝撃で全身を複雑骨折したから病院に連れていけ、ということだろうか。
「……た、たすけ……う、ぅぅう……た」
言葉にならない声を発しながら、女の子は両手で地面を這って俺に近づいてきた。俺は思わず後ずさり、中華料理屋の扉に背をつける。よく見れば、女の子の両足の太ももから先がなかった。向かい側の家の塀の辺りに、真っ赤な脚のようなものが二本転がっている。
「……ぐうぅ……ぁ」
女の子に片足の付け根を掴まれたので、俺は慌てて足を必死にぶんぶん振って女の子の手を足蹴にする。
不気味そのものだった。
いくら化け物に慣れているとはいえ、不用意に近づくと俺の命が危ない。本能がそう囁いていた。
ここから先は、好奇心だけで、軽い気持ちで踏み込んでいい領域ではない。
「うううう、ぅぅああぁ」
びちゃびちゃと、自分の血液の上でのたうち回るようにする女の子から逃げるように、俺は中華料理屋の白い光の中に一歩踏み込んで、後ろ手にぴしゃりと勢いよく扉を閉めた。
額の脂汗を腕で拭って、ふっと息を吐く。入口のそばのセルフサービスの冷水を用意して、一番手前のカウンター席に腰かけた。
「ラーメン並盛と、餃子一人前」
店主は手元の作業を止めずに「あいよ」と答えるだけで、特に何か質問してくることはなかった。さっきものすごい大きな音が聞こえて、地面が揺れましたよね、とか、出入り口の扉の下半分が赤く染まってるんですけど、外で何かあったんですか、とか、そういうことを聞いてくることはなかった。この店主が客と雑談をしているところを俺は見たことがないが、今日くらいはさすがに何か言ってくるのではないかと思っていた。俺の想像以上にこの店主は寡黙らしい。それがこの店の長所でもあるのだろうが。
俺以外には客が一人もいない、店主と俺の二人きりの店内で、俺は壁に取り付けてあるテレビをぼーっと眺めていた。今さっき見た光景について考えたくないので、頭を空っぽにして、脳内をテレビから入る情報で上書きする。
俺は人一倍好奇心が強い人間だ、という自覚がある。
何事にも怖気づくことなく近づいていくことができる。ある程度何でも、普通に考えればあり得ないような出来事も、すんなり受け入れることができる。例えば人の言葉を喋る猫なんかがいた場合。普通に考えれば猫はにゃーにゃーと鳴くことしかできないのだから、猫の喉から人の言葉が発せられているのはあり得ないことだ。しかし現実に、目の前に猫の言葉を喋る猫がいる。そういった状況になったときに、俺は人よりも早くそれを受け入れることができる。もちろん手放しに受け入れるのではなく、冷静に、何か裏があるのだろうとは思いながらも、とりあえずそういうものとして受け入れることができる。ややこしいことを考えず、問題を後回しにして、受け入れられる。
だから空から血まみれの女の子が降ってくるなんて状況も、一瞬の時間を要するが、受け入れることができる、はずだった。
しかしあのとき、女の子に足を掴まれたとき、腹の奥底から猛烈な吐き気が込み上げてきた。
それは本物の化け物に遭遇したときの、本能的な恐怖心だった。
化け物、と言ってもそれは、映画や漫画に描かれる奇妙なビジュアルをしたわかりやすい化け物ではない。
もっと身近な、現実にある化け物。
それ即ち、自分に向けられた確固たる殺意だ。
あの女の子は、確固たる意志を持って、俺を殺そうとしていた。
眼球の前にナイフの切っ先をつきつけられたような感覚がした。
店内に入ってから冷水を喉に流し込んだ今もまだ、俺の足は震えたままだ。頭から流れ出る冷や汗も止まる気配がない。
心臓の拍動が自分の身体を叩くようだった。
「おまちどお」
店主が俺の目の前に湯気の立つラーメンと餃子を置いた。そして、俺が割り箸を二つに割ってそれを啜ろうとしたときだった。
勢いよく店の扉が開いて、二人目の客がやってきた。
頭から血を流す女の子が、扉の前に立っていた。西洋風の高級そうなドレスを身に纏っている。
「……ま、……真姫、か?」
「あ? 真姫って誰だよ?」
女の子はその可愛らしい声質にそぐわない乱暴な口調と敵意むき出しな表情で、そう言った。
その女の子の顔は、真姫にそっくりだった。そっくりというより、真姫そのもの。
いや、よく見れば似ているのは顔だけだった。真姫は綺麗な黒髪の長髪だが、この女の子は長髪ではあるものの色素の薄い栗色になっている。その両目はなぜか黒ではなく赤いし、全体的な身体の大きさも、この女の子のほうが真姫よりも少し小さいように見える。
女の子は頭から流れる血を、俺がさっき同じ場所で脂汗を拭ったのと同じように腕で拭って、冷水を汲んで俺の隣の椅子に座った。
そして俺の餃子を素手で奪い取って口に運んだ。
「ん、美味いな、ここの餃子」
「お、おい、勝手に人の物とるなよ」
「うるっせーな。男のくせにいちいち細かいことに文句言うんじゃねぇよ」
声質や見た目の雰囲気と口調がちぐはぐすぎて混乱しそうになる。なんなんだこの女の子は。
そして新しい客が入ってきても何も言わない店主もなんなんだ。
「こっちは忙しくてメシ食う暇もなかったんだよー」
言いながら、今度はラーメンの中のチャーシューとメンマを奪い取られた。女の子はそれを上から口に流し込むように丸のみしている。変な食べ方だった。
俺がその様子を呆けた顔で眺めていると、女の子が口の中のものを飲み込んでから、「お前なぁ」と言って、俺の鼻先に細い人差し指を突き付けた。
「こんな美人な女の子が血まみれで助けてくれって言ってんだから、普通お前みたいな童貞の男は飛びついて助けようとするだろ。それなのになんでお前は逃げるんだよ。せめて救急車くらい呼べよ。どういう感性してんだよお前。この私が美人じゃないって言いたいのか? あァ?」
「さっき空から降ってきたのって、キミ?」
「キミ、なんて気色悪い二人称を使う男は嫌いだなぁ」
そんなことを言われたって、普通は名前で呼ぶべきなのだろうが俺はこの女の子の名前を知らないし、初対面でお前というのは失礼だろうし、少し丁寧にあなたというのも馴れ馴れしい気がする。だからキミと言うしかなかった。
「いちいち言い訳を連ねる男も気色悪いよな。まあいいや。私はお前みたいな童貞芋男には興味ないんだ」
さっきの血まみれの女の子が、今俺の隣で餃子を咀嚼しているこの女の子と同一人物であるとするならば、ひとつおかしな点がある。いやそもそもあの量の血を出した人間が普通に立ち歩いて流暢に喋っているだけでもおかしいし、さっきまで血まみれだったはずなのに服がどこも血で濡れていないのも十分おかしいが、それを一旦さておいて置けるほどに明らかに奇妙な点がひとつある。
先ほど、女の子は店の扉を開いて、歩いてこの席までやってきた。そう、歩いた。
あの血まみれの女の子には両足がなかったはずだ。地面に着地した際の衝撃によるものなのか元からそうだったのか定かではないがとにかく、女の子の両足はちぎれて、二本の脚は道端に転がっていたはずだ。
しかし、女の子のまるで陶器のように白い足は二本とも健在だった。
「いいか、今から私が言うことをよく聞いておけよ」
女の子は睨むような眼で、俺の鼻先をつんつん突きながら言う。
「私はこう見えて今、熱が三十九度くらいある。つまりとてつもなく身体が怠いんだ。身体全体が火照って、口の中が粘ついて、頭が重くて、視界も不明瞭で、食欲もない。それに、私は昔から病弱で免疫が弱いから、このままだと家に帰る前に力尽きて死んでしまうかもしれない。どうだ、悲惨だろ?」
「は、はあ、まあ」
「だからお前の血液を今すぐ寄越せ」
「……なぜ」
「黙れ。お前に拒否権はない」
女の子の赤い瞳がきらりと光ったのと同時に、俺の鞄から黒い影が目にも止まらぬ速さで飛び出してきて、そして女の子の腕にかみついた。
「あ? なんだこの……ん、猫、じゃねえな、これ」
女の子は不機嫌そうな顔で、自分の腕に引っ付く猫を目を細めながら観察した。黒猫は女の子の腕に抱き着くようにして必死に牙を立てている。
すると女の子は、ふっと鼻で笑った。
「なんだよ、ただの雑魚じゃねえか。なんで雑魚魔人がこの私に歯向かうんだよ。わけわかんねぇな。お前みたいな雑魚が私に勝てるわけないだろ、ばーか」
女の子が軽く腕を振ると、黒猫はいとも容易く腕から離れて吹っ飛んで、店の壁に強く身体を打ち付けられ、そのままの体勢で地面に着地し、横たわって動かなくなった。
「あれ、お前のペットか? まあ、厳密には猫じゃないから、ペットっていうのもおかしいかもしれんが」
「……そうだよ」
「殺しちゃって悪かったな」
黒猫は死んだらしい。
確かに黒猫は地面に横たわったまま、まるでそういう置物のように微動だにしない。
死んでいると言われれば、確かに死んでいた。
不思議と何の感慨も湧いてこなかった。
ただの黒猫だからなのか、たった二週間の付き合いだからなのか、俺が薄情なのか。
しかしそんなことを考えている暇はなかった。
「じゃあ、邪魔者もいなくなったし、遠慮なくお前の血液をもらおうか」
女の子が腕を大きく振りかぶった瞬間だった。
また、あの猛烈な吐き気が込み上げてきた。さっき食べたラーメンをそのまま吐き出しそうになる。
身体の奥からすーっと血が凍るような心地がして、視界の端が白んで、吐き気を堪えるために口元を抑えつけたときだった。
女の子の腕が俺の腹を貫いた。
俺の腹を貫通して、女の子の手のひらが俺の背中から飛び出していた。
痛い、なんてものじゃなかった。
脳髄の奥が冷たくなっていく。
「良かったな、私みたいな美少女の血液と自分の血液がひとつに混ざり合うことになるんだから。こんなの実質セックスだろ」
女の子が腕を引き抜くと、俺の腹からどぼどぼと血液が勢いよく流れ出てくる。その血液を女の子は手で掬って、口に運んでいた。
俺は立っていられなくなって、膝も折らずにうつ伏せに倒れこんだ。自分の血液を覆うように倒れたので、びしゃり、と音がする。
瞼は開いたままだったが、視界は真っ暗闇に包まれていた。
「んー、若いくせにあんま美味しくない血だなぁ。ろくな食生活してなかったんだろ。今日もラーメン食いに来てるし」
俺の命を犠牲にして血液を奪い取った女の子は、味に文句を言っていた。
俺の血液は澱んでいるのか。
そんなことはどうでもよかった。
一度外に流れ出てしまった血液はもう、俺の身体の中に帰ってくることはないのだから。
俺の血液はこれから、水分としてこの女の子の身体で循環していくことになる。
そして血液を抜き取られた俺の身体はやがて朽ちていく。
視界は真っ暗闇だが、聴覚だけはまだ微かに機能していた。
「じゃあな。お前のおかげで私の命は助かったよ。お前の死は無駄じゃなかったんだ。私を生かすために、お前の命は使われたんだからな」
女の子のものなのか、足音が遠ざかっていく音が聞こえた。
風前の灯のような意識の中で、俺はまだ生を諦めていなかった。走馬灯なんて見えなかった。
ただ、この状況からでも生き延びる方法を、懸命に考えていた。
身体を動かそうにも、神経が麻痺したように言うことを聞かず、指先をぴくぴく震わせることしかできない。視覚は完全に機能停止している。呼吸もままならない。腹に大穴が開いた状態でまともな呼吸ができるはずがない。
どうすればいい。俺は、死ぬしかないのか。
死にたくない。初対面の女に殺されて死ぬなんて、そんなの俺の最期に相応しくない。
俺は今まで普通に生きてきたんだ。普通に生きてきた人間がどうして、多分の後悔を残したまま死ななきゃいけない。俺はまだ、人間としてやり残したことが沢山ある。
「お前が助かる方法がひとつだけある」
黒猫の声だった。さっき死んだはずではなかったのか。いや、俺ももう死んでいて、黒猫が俺に語り掛けているこの場所は既に死後の世界なのかもしれない。
「俺の肉体を食べるんだ」
俺の肉体、つまり黒猫の肉体。全身が毛で覆われ、その毛の下も柔らかい肉で覆われているあの身体を、食べろと言っているのか。
死に際の人間に常識なんてものが残っているはずもなく、俺は素直にその指示に従うことにした。猫を食べることの抵抗感など一切なかった。むしろ猫を食べるだけでこの絶望的状況を打破できるのなら、そんな安い話はない。
まずは死ぬ気で身体を動かそうとする。脳みそがねじ切れそうになるほど無理矢理に腕と足に電気信号を送ると、緩慢ではあるが動き出すことができた。人間本気になれば何でもできるものだ。ゆっくりと地面を這って進み、黒猫のものらしい毛並みの感触を顔に感じる。そして、五秒ほどの時間をかけながら慎重に顎を開き、その毛並みに噛みついた。噛みついて、その肉を噛みちぎる。味覚が切れてしまっているのか、何の味もしなかった。
一度肉を飲み込むと、胃の中に落ちたその肉を火種にするようにして、身体全体に活力が染み渡っていくような心地がした。いちいち顎を開くのに要する力の量も、肉片を飲み込むたびに小さくなっていく。俺は飢えた獣のように、一心不乱に黒猫の肉に喰らいついた。
骨も噛み砕いて、内臓や目玉や牙も全て分け隔てなく無造作に胃に放り込んだので、目は見えないがおそらくそこに猫の死体は跡形も残らなかっただろう。黒猫を食べつくした後、そういえば俺の胃はあの女の子によって貫かれてしまったはずなのに、俺はこの黒猫の肉をどうやって腹の中にため込んだのだろうという疑問が湧いた。
死の危険を回避できたことの安心感からか、強烈な重い眠気が上から覆いかぶさってきた。先程までのような、意識を手放せば二度と戻ってこれなくなるほどの、泥沼に引きずり込まれるような感覚とは明らかに種類が違う。今度はちゃんと、純粋な眠気だった。
食後に眠気を覚えて、徐々に身体の奥から温かみが全体に浸透していくあの心地よい感覚があった。
そうして俺は、その眠気に為す術なく屈した。
真夜中の中華料理屋の地べたで、自分の血液をベッドに見立てて、うつ伏せで眠りに落ちる。
俺は、生き残った。
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