第66話


「それじゃあサシャは少しここで待っててくれ。子供達に出かけることを伝えてくる」


 …またニナ達に怒られるな。


「はい」


 頷きながらそう返事をしたサシャを玄関で待たせてからアレスとリビングへ戻る。俺を見たニナ達がとてとてと走り寄ってくる。


「おとーしゃんおかえり!」


「パパー抱っこー」


「ああ、ただいま」


 まあ、また直ぐに出掛けるのだが…子供達とこのやり取りは何度だってやりたいのだ。


 抱っこを要求するステラと、両手を広げてぴょんぴょんとジャンプするニナを抱き上げる。ラッツも指を咥えてこちらをじっと見ていたので、目の前で背中を向けて屈身こむとラッツが背中をよじ登ってくる。


 左右の腕にはニナとステラ。そしてラッツを肩車した状態で立ち上がる。

 これぞパーフェクトB級冒険者である。


「ふふ、良かったね三人共。でもあんまりグレイさんを困らせちゃダメだよ?」


 喜ぶ三人にアリアメルが声をかける。ニナとステラは「はーい」と手を上げ、ラッツは俺の頭に顎を乗せてコクコクと頷く。


 さて、外でサシャを待たせてるし、早く皆に説明しないと。


「皆に言わなければならないことがある」


「ええと…真面目な話ならせめて三人を下ろしてからでも…」


 イスカが何ともいえない表情でそう言った。


「大丈夫だ」


「は…はあ」


 まあ、言いたいことはわかる。だが依頼を受けたらまたこの子達に寂しい思いをさせてしまうからな。

 さっきはああ言ったが、今回のこの事件。うちの子達にも被害が及ぶ可能性もある以上は放っておけん。


 俺は子供達に依頼でまた何日か帰れないかもしれない。……と、伝えたところ両腕と頭の後ろから無言の抗議がとんでくる。

 ニナは俺の服を掴んでむくーっと頬をふくらまし、ステラは同じく服を掴んでジトっとした目で俺を見ている。そしてラッツは俺の後頭部にぎゅっ抱き付いてきた。


 …む。


「アリア姉、ニナ達を止めないの?」


「うーん……グレイさん嬉しそうだしどうしようかなって」


 そんなフィオとアリアメルの会話が聞こえてくる。


「ええと、あれは怒ってるんじゃないんですか…?」


 二人の会話にミアが混ざる。


「うん」


「……全然わからない」


「ミア…ほら、あれは本人達にしかわからないやつだから…」


 ミアの言葉にアレスがよくわからない返しをする。

 まあ、俺は普通にしてるつもりでも機嫌が悪そうに見えるらしいからな。……嬉しそうにしてるつもりでも駄目だが。



「悪い、待たせたな」


 その後、何とかニナ達を宥めてから外へ出ると、サシャは先ほどと同じ場所で同じポーズで立っていた。


「いえ、大丈夫です。いきなり押し掛けたのはこちらですし。それでは早速ギルドへと向かいましょう」


「ああ」


 そうして二人で冒険者ギルドへと向かう。


「グレイさん」


「あん?」


 途中、それまで黙っていたサシャが口を開く。


「……依頼を頼んだ身で、このようなことを言うのはおかしな話なのですが。あまり無理はしないなようにお願いします」


「何だいきなり」


「いえ。当たり前のことなのですが…グレイさんにも帰る場所があるのだと、グレイさんのお帰りを待っている人がいるのだと思いまして」


 こいつがこんなことを言うのは珍しい。サシャは基本的にはあくまでも仕事として冒険者と接し、必要以上に肩入れもしない。

 ……もしかして、さっきの家でのやり取りが外にまで聴こえたのだろうか?


「当然だ、わかっている」


 少し気にはなったが、そのことを聞くのも何か恥ずかしかったので俺は短くそう答えた。


 ―――――


「どうだ、居たか?」


「わからねえよ。どんな見た目なのか、そもそも男のガキか女のガキかもわからねーんだから探しようがねえだろ」


 バストークから程近い森の中。火を取り囲んでいる集団が居た。

 側には大きな馬車がとまっていて、その中から子供の啜り泣く声が聞こえる。近隣の町や村から攫われてきた子供達がそこに閉じ込められていた。


「だからガキを適当に攫って奴等に見せるんだろ」


「それで全員違ったらどうすんだ? まさか元居た場所に戻す訳じゃねーんだろ?」


「ま、違ったら違ったで買い取ってくれるとよ。何に使うのかは知らねえし興味もねえ」


「ほー…ま、なんにせよタダ働きはゴメンだからな」


 そう言って男は「五月蝿えんだよ!」と怒鳴りながら馬車を蹴る。


「おい止めろ。奴等の話を聞いてなかったのか? 一体どんな条件でスキルに目覚めるのかわからねえんだ。しかも目覚めたスキルによっちゃあ俺達の身だって危ねえんだ。」


 それを聞いた男は不機嫌そうに舌打ちをする。


「あーあ…こんなガキ共さっさと売っぱらって旨い酒が飲みてえぜ」


「そうだな。もうそろそろギルドやバストークの領主にこのことが知られてるだろうし潮時だろ」


 彼等はこういった人には言えないような仕事を長く続けている為、引き際は心得ていた。


 筈だった。


 ――――――――――


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