第60話


「ミア! 皆無事で良かった!」


「アレス! それはこっちの台詞よ、急に居なくなって…心配したんだから!」


「アレス兄ちゃん!」


 ミア達を家に連れて帰る。子供達は恐る恐るといった感じで俺の後ろから付いてきて、リビングに居たアレスとの再会を喜んでいる。


「…むー!」


「…(ぐいぐい)」


「ほら。三人共、グレイさんもお仕事だったんだから…」


「そ、そうそう」


「……」


 そしてこちらでは昨日、俺が家に帰ってこなかった為に不機嫌アピールをするニナとステラ、ピッタリとくっついて離れないラッツにフォローをするフィオとイスカというちょっとカオスな状況になっている。

 アリアメルには食材の在庫を調べてもらっている。足りない物があれば俺が買い出しに行くと言っているが…行けるのかこれ?


 ニナが両頬をぷくーっと膨らませて怒っている。怒っているのだが…どうみても天使だな

 。


「むくー!」


「……」


 人は、我慢ができる生き物だ。

 己を律し、欲望に負けぬ強い意思を持ってして人たり得るのだ。

 だから俺は負けない。ここで負ければ絶対に怒られる…だから


 俺は膨れているニナの頬を、そっと人差し指でつついた。


 ぷすーっと気の抜けた音がなる。

 …まずい、ついやってしまった。


 恥ずかしかったのか涙目になりぷるぷると震えるニナ。


「もーっ! おとーしゃん! もーっ!」


 ぺちぺちぺち


「ごめんなさい…」


 やっぱり怒られたか…。


「パパ、パパ。私もむー」


(くいくい)


 今度はそれを見ていたステラとラッツが、頬を膨らませて顔を近づけてくる。天使だ、天使がいるぞ。

 二人の柔らかい頬を左右の人差し指でそっとつつく。


「おとーしゃん、ニナも、ニナもむくー!」


 くすぐったそうに笑う二人を見てニナがまた頬を膨らませる。…目的が変わってるな。

 だが、つつてもいいならつつかせてもらう。


「…なんか、三人共すっかり機嫌が直ってるな」


「そうねー。イスカもやってもらえば?」


 イスカの呟きにフィオがニヤニヤと笑いながら反応する。


「な、何でだよ、おれは別にいいよ。そんな歳じゃないし」


「だってさっきから羨ましそうに見てるじゃない。それに…私達の歳で”お父さん”に甘えたいと思うことは別に可笑なことじゃないわよ」


「別に、甘えるなんて…」


 フィオの言葉に恥ずかしそうにするイスカ。


「…やっぱりおれはいいよ。それより…」


 そう言ってミア達と再会できて、嬉しそうにしているアレスの方を見るイスカ。その表情はどこか安堵しているようにも見える。

 イスカとアレスは俺が見る限り会話も必要最低限しかしていないようだが、こうして見るとやはり仲が悪いという訳ではなさそうだ。


「あれしゅうれしそう?」


 俺がイスカ達の方を見ていると、膝の上にいるニナがアレスを見てそう言った。


「ああ、そうだな。ずっと会いたかった家族に会えたんだ。きっと嬉しいだろう」


「おとーしゃんも?」


「ん?」


「おとーしゃんもニナたちにあえてうれしい?」


 何を当然なことを。


「ああ」


 もしこの子達に会うことがなければ…なんてことを考えたりはしない。そんな仮定は必要ない。俺はちゃんとこの子達と出会うことができて、今が幸せなのだから。


「あの、グレイさん」


 アレスに呼ばれ、そちらを振り向くとアレスとミア達が頭を下げてくる。


「事情をミアに訊きました。皆を…僕を助けてくれて、本当に有り難うございました」


「ああ、別に気にしなくていい。家族が困ってたら助けるのは当たり前だからな」


 俺がそう言うと、アレスは嬉しそうに笑う。


 本来この子達が『ブライトファンタジー』でどんな人生を送っていたのか。もしかしたらこれから先、途轍もなく過酷な未来が待っているのかもしれない。

 だがこの子達に降りかかる火の粉は俺が全て払ってやる。俺はこれから先の人生をこの子達と歩んでいきたい。


 例え、その未来が屍山血河の先にしか無かろうとも。



 その後、メモを手に持ったアリアメルがリビングに入ってくる。メモには足りない食材や寝具の数が記載されていた。

 流石アリアメル、まさか寝具の数まで把握していたとは…。


 俺は受け取ったメモを元に買い出しに行くことに。それと『戦乙女』のパーティハウスに借りてた馬車を返しに行かないといけないし。…傷、結構大きかったからな…ちゃんと謝らないと。


 しかし、さっきメモを受け取ろうとしてた時のアリアメルは何処か変だったな。ぼーっとしてたというか……何な悩み事だろうか?


 ―――――


 グレイが買い物の為、外出した後のリビング。


「………」


「…アリア姉、何してるの? 頬を膨らませたりして」


「えっ? えと、これは…その…」


 フィオに声を掛けられあたふたと慌てるアリアメル。


「な、何でもないから。私ちょっと夜ご飯の下拵えをしてくるね」


 そう言ってリビングから出ていくアリアメル。


「下拵えって…材料足りないのに?」


 そう呟いたフィオは少し考えてからあることを思い付く。


(アリア姉、もしかしてグレイさんがニナ達の頬をつついてたのを見てたとか? だとしたら…うーん)


 ――――――――――


 今晩のベッド割り>馬車についた傷>今日の夕食が何か聞き忘れた>>(越えられない壁)>これから先訪れるかもしれない過酷な運命

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