第57話


「そうだと言ったら?」


「……ふむ」


 神経質そうな男はグレイの返答を訊いて、腕を組み何やら考え込む。そして少ししてから男が顔を上げ、グレイのことをジロジロと値踏みするように見た。グレイはそのことに不快感を隠しもせず、男を睨み付ける。

 一触即発な空気の中、神経質そうな男が口を開く。


「まあ彼等のことはどうでもいいです。どうせ遅かれ早かれ処刑される予定でしたから。…それより貴方の目的はお金ですか? それとも…」


 そう言って馬車の一つへと視線を向ける。


「いきなり出てきてベラベラと…テメェ聖騎士だな? 一体何の用だ」


 正面にいる聖騎士への警戒を緩めずに視線をチラリと横の方へ向ける。


(姿は見えねえがもう一人居るな。魔法か、魔導具か…どちらにせよ厄介だな)


「ふむ」


 仲間の存在に気付いたグレイに対し聖騎士と呼ばれた男は興味深げな表情をみせる。


(聖騎士達の目的がザニスだけならなんとかなるかも知れねえが…子供達もというなら戦闘は避けられねえか)


 グレイは剣を握り直しながら魔法を放つ準備をする。子供達の乗った馬車を巻き込まない為に余り派手な攻撃魔法は使えない。


「ん…ああ、すいません。そういえばまだ名前を名乗ってませんでしたね。私の名前はスクラッド。ストリア聖国で聖騎士をしています」


 思い出したように自己紹介を始めるスクラッドと名乗る聖騎士。

 グレイは突然自己紹介を始めたスクラッドに対し訝しげな視線を向ける。


「姿を表しなさいマイヤー。自己紹介も忘れずに」


「…はあ?! なんでだよスクラッドさん!」


 スクラッドに名前を呼ばれた、やや長い赤毛を後ろで縛った白い鎧に灰色のマントを纏っているマイヤーという男が姿を現す。


 納得いかないという態度のマイヤーにスクラッドはふう…と小さく溜め息をついて答える。


「早くなさい。私は貴方の面倒をみるよう聖騎士長に頼まれているのです。あまり聞き分けがないと……」


「う…わ、わかったよ。…マイヤーだ。聖騎士なのは見りゃわかるだろ」


 渋々といった感じにマイヤーがグレイの方を向き自己紹介をした。年若い聖騎士はどうもスクラッドには頭が上がらないように見える。


 スクラッドがじっとグレイの方を見る。こっちが自己紹介をしたのだからお前もしろと言わんばかりに。


 グレイは溜め息をついてから口を開く。


「グレイ。見ての通り冒険者だよ」


「…いや無理があんだろ」


「ふむ。何故冒険者が…とは思いますがそれはいいでしょう」


「いや、よくねえって?!」


 いちいち突っ込みをいれるマイヤーを無視してスクラッドは言葉を続ける。


「それで先ほどの質問に答えては頂けませんか? 一応こちらも仕事ですので」


「できない。と、言ったら?」


「ふむ」


 グレイの返事に目を細めるスクラッド。その表情は不機嫌そうにも上機嫌そうにも見える不思議なものだった。


「わかりました。こちらはこれで失礼します。…ああ、そうそう。そこの商人の死体は頂いても?」


「…好きにしろ」


 やけにアッサリ退くな…と思いながらも了承するグレイ。


「感謝します」


 そう言ってザニスの死体へと近づくスクラッド。そんなスクラッドにマイヤーが声を荒らげる。


「ちょ…ちょっと待てよスクラッドさん! マジでこの野盗を放っておくのかよ?!」


 冒険者と名乗ったのに野盗呼ばわりされたグレイは不機嫌そうに舌うちをした。


「従いなさい。そもそも我々の目的はそこのザニスの捕縛か、難しそうならその場での粛正です。なら目的はもう達されています。ならば一刻も早く戻って報告するべきです」


 スクラッドはそう淡々とマイヤーに告げる。

 一方マイヤーは納得いかないという態度のまま、ザニスの死体を大きな袋に乱暴に詰めて軽々と担ぐ。そしてグレイを一度だけ睨んでからザニス達の馬車が来た方向へと歩いていく。

 それを確認するとスクラッドもチラリとグレイへと視線を向け、そのまま歩いて去っていった。


 残されたグレイは戦闘にならなかったことを少しだけ安堵して子供達が居るであろう馬車へと近づく。


(あの二人相手だと周りに被害を出さずに終わらせれるかわからねえしな)


 ―――――


 途中で待たせている馬の元へと歩いている最中に、マイヤーが前を歩いているスクラッドへと話しかける。


「理由、聞かせて下さいよ」


「……何のですか?」


 後ろを振り返ることなく答えるスクラッド。


「決まってんでしょう、アイツを見逃した理由だよ」


 マイヤーからすればこの国での強盗を聖騎士が見逃したことに他ならない。


「見逃した? ではマイヤーはあの男に勝てると?」


「当然だろ? ちょっと腕が立つ程度の盗賊が聖騎士二人を相手に勝てる訳ねえし」


 マイヤーはあの時、魔導具である”隠れ身の外套”を使いグレイに対し奇襲をしかけるつもりであった。

 しかもスクラッドは聖騎士の中でも上位の実力者である。万が一にも負けるなんてことは有り得ない、そう考えていた。


 だがスクラッドからすればあそこでマイヤーが動けば、この年若い聖騎士は既にこの世には居ないだろうと考えていた。

 なんせあの男はどうやったか分からないがマイヤーの動きを殆んど完璧に把握していた。

 そしてマイヤー自身はそのことに全く気付いていない。


(あの場で戦闘を行えば、例え勝つことが出来てもこちらの被害が大きすぎる。私自身も生きて帰れる保証もない)


 スクラッドは今日、何回目かわからない溜め息をついてから後ろへと振り返る。


「マイヤー。帰ったら覚悟しなさい。一から鍛え直してあげますから」


「は…はああ?! な、何でだよ!」


 不服の声を上げるマイヤーを無視して再び歩き始めるスクラッド。


(…子供達については既に連れ去られていたと報告しときますか。幸い今回の任務の詳細は私しかしりませんし)


 スクラッドは真面目な性格だが聖騎士仕事に人生をかけるほど盲目ではなかった。何より愛する家族妻と娘の居る身である。クーデターに参加した理由だって自分以外の殆んどの聖騎士達が参加したからだ。

 あの場合は下手に不参加を決め込む方がリスクが高いと判断してのことである。


 スクラッドはいざとなったら、家族をつれて国外へ逃亡することも視野に入れて動いていた。


 ――――――――――


 更新遅くなってすいません。


 近況ノートにサポ限の『血斧』のエルダーオーク討伐。を掲載しています。

 後は全体向けの『勇者は気まずい』もあります。そちらもどうぞ。


 次はこんなのがみたいというのがあれば言ってくれれば書くかも…?

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