第10話

 長かったようで短かった一日が終わった。僕と先輩は示し合わせて別々に校門を出て、待ち合わせ場所になっている街外れのコンビニに向かう。ここに迎えの車が来るはずだ。到着した時にはまだ先輩は来ていなかったので、中でアイスコーヒーを買い、駐車場でそれを飲みながら待った。


 しばらく経つと、こつこつとローファーを響かせて黒髪の美人がやってくる。姿勢を正し、凛とした雰囲気を放つ外出モードの先輩はいつもとは別人のように見えた。


「お待たせ」

「いえ、さっき来た所ですから」


 空だったプラスチックカップをゴミ箱に捨て、僕は返事した。先輩はじっとこちらを見つめ、「そっか」と言う。


「結構待ってたんだ」

「別に……」


 無意識に目を逸らすと、先輩は面白そうににやにやと笑う。僕がもたれていたコンビニの壁まで来て、スマホを取り出した後に手招きした。


「なんですか?」

「いいからいいから」


 招き猫のように何度も手首を曲げるので、なんなんだと思いながらも僕は側に寄る。すると突然シャッター音が聞こえたので、反射的に顔を覆った。


「……ちょっと、なんで隠すのよ」


 不満そうな先輩の声。僕はガードをより固くして聞く。


「逆になんで撮るんですか」

「珍しい顔が見れたから」

「珍しいって、いつも通りじゃないですか」


 指の僅かな隙間から覗くと、軽くむくれた先輩がスマホを弄っている。視線に気が付いたのか、にこやかな微笑を張り付け直して言った。


「じゃあ、瑞希との写真が少ないから?」

「じゃあってなに。完全後付けじゃないですか………しかも疑問形」


 ていうか、先輩が写真を撮っていることも珍しいと思うんだが。吸血鬼の特性で鏡には映らないし、その影響がじかに現われるカメラにも今まで興味なんか無かったのに。


「……言っておきますけど、隙間から狙おうとしても無駄ですよ」


 抜群の瞬発力でちょこまか動いているが、顔面全てを覆ってしまえばこちらの勝ちだ。


「いいじゃん。血と違って減るもんじゃないし」

「嫌な予感がするので却下です」

「ケチだなぁ……」

「ケチでけっこう」


 そう言うと、ようやく諦めたらしい先輩がスマホをポケットに仕舞った。元通りの不満げな顔に戻る。


「じゃあ、心のフォルダに焼き付けて置く。ハッシュタグ「瑞希がデレた」で」

「デレてません。至って正常です」

「あ、また赤くなった」

「赤くなってません!」


 この人は一体何を言ってるんだ。僕が先輩にそんな気持ちを抱くことは無いはずなのに。普段の行いが吸血対象としての模範を心がけている結果に過ぎないのは、先輩も身を持って知っているだろう。

 僕は顔を逸らし、話題も逸らしてこの話から早く遠ざかろうとする。


「ていうか、迎え呼んだのにまだ来ませんね」


 そうだねぇ、遅いねぇ、とにやにやしながら先輩は言う。「お見通しだよ」と暗に諭されているようでちょっとウザかった。


「待つのが嫌なら、また走ってあげようか? 今度はお姫様抱っこで」

「……晩御飯抜きにしますよ?」


 無表情で言い返すと、先輩は一転して顔を青くし頭を下げてくる。


「二度と言いません」


 手のひら返しという言葉はこういう時に使うらしい。だけどしんなりした先輩が見てられなかったので、一先ずからかった事は許そうと思った。あとさっきの言葉も自分の中で禁句にしておく。


「もういいです、許します」


 そう言うと、先輩はほっと息を吐いて顔をあげた。


「正に死活問題だったわ……」

「なるほど。その単語が出てくるくらいには余裕があったんですね」

「あ、嘘。違うわ。本当は余裕なんてなかったから。許して? ね?」

「はぁ……だから、もういいって言ったじゃないですか」


 そこまで懇願されても困るだけだ、と思っていたら、先輩は意外そうに瞬きする。


「なんですか?」

「瑞希って……押せば案外イケそうよね」

「………」


 思わずかけたばかりの禁句を解こうとしてしまった。

 というか僕、そんなにチョロそうに見えるの?



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