第7話

「うん、私の家は真祖の系譜だけど。言ってなかった?」

「はあっ⁉」


 三時限目の終わり。

 次の体育の授業に備え、着替えた後に手洗いに寄っていた僕は、たまたま移動教室をしていた先輩に見つかった。

 見つかった、というのはそのままの意味で、僕がハンカチで濡れた手を拭いていた時、背後から忍び寄ってきた先輩に突然捕まえられたのだ。

 逃げようとしても腕力で抑えられ、問答無用で引きずられていく僕の恥ずかしい姿は他の生徒にもばっちり見られていたが、「中学の時の後輩なの」という先輩の言葉で納得し散って行った。とんでもない人望である。


 それから先輩は空き教室になっていた社会講義室に僕を放り込み、ドアを閉めて出られなくしてしまった。果てには血を吸いたいとか言い出したので、苦し紛れに秋のうんちくで話題を逸らそうとしたら、こうなった次第である。


「真祖の系譜ってあれですよね? 神話に出てきた、バラバラにされた吸血鬼の子孫」


 珍しく僕が食いついてくるので、先輩は年上ぶる良いチャンスだと思ったらしい。すらりとした長い脚を組み、嬉しそうに話してくれる。


「そうよ。散らばった真祖の肉体から生まれた吸血鬼の末裔。生まれつき力が強くて、異能も特殊な能力が発現するの。といっても、真祖の家系はいくつもあるから、そこまで珍しいわけじゃないわ」

「十分珍しいです。だって伝説ですよ? 先輩がそんな凄い家の出身だったなんて、知りませんでした」

「話せなかったもの。守秘義務があったから」

「待って、それ僕に話しちゃいけないやつじゃ……!?」

「吸血対象になら良いそうよ」

「そ、そうですか……驚かさないでくださいよ」


 どこぞの諜報部隊に暗殺されるかと思った。


「……心配しなくても大丈夫よ。この街で私にサシで勝てる人なんて、多分一人もいないから」


 僕の不安を読み取ったのか、先輩は人差し指から煙のように「影」をちらつかせる。


「私のものに指一本でも触れようものなら、即座に八つ裂きにしてやるわ」

「あのですね、そういう問題じゃないんですよ……」


 その言葉とは裏腹に、僕は心中でほっと胸をなで下ろしていた。真祖の力が厄介ごとを招いたらどうしようかと思っていたのだ。しかし、影を操る吸血鬼に匹敵するほどの者がそうそういるとは思えない。


 そこまで考えたとき、コンコン、と教室のドアからノック音が聞こえた。見ると、明るい髪色に柔和な顔立ちをした女性が窓の外で小さく手を振っている。


「夜! 探したんだよ。早く行かないと授業始まっちゃう」

「……遥」


 先輩は一瞬ぼんやりしたように彼女を眺めた。が、すぐに表情を引き締め、振り返って「昼はいつもの所」と僕に小声で言う。

 そのままドアから出て、先輩が遥と呼んでいた女性に頭を小突かれながら早足で去って行ってしまった。


「……先輩、クラスに友達いたんだ」


 思わず口に出した後、なんとなくむずむずするような気持ちに襲われて戸惑う。


「自分のこと、全然家で話してくれないんだよな……って」


 次の授業は体育じゃないか。遅刻したら大目玉だ。

 咄嗟に予定を思い出し、僕も慌てて体育館に走る。全力疾走したお陰で授業には間に合ったが、初めて感じるこそばゆい心の疼きは中々収まってくれなかった。

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