第6話

 秋は弄っていたタブレットを机に置き、ぐるりとこちらに見えるように回転させる。指二本を立ててピースサインを作った。


「吸血鬼の異能には二種類ある。自らの体に影響を与える能力と、周囲の環境に影響を与える能力だ」

「へえ……?」


 あまり想像できない。最初の能力は変身だろうか? それに、先輩はどっちに該当するんだろう。


 差し出されたタブレットを見ると、「吸血鬼 異能」と画像検索されたページが目に入った。どちらかというと写真より二次元のイラストが多いが、これは吸血鬼が自身の異能を秘匿しているからだろう。政府に届け出はだしているだろうが、それはつまり個人情報と同義だという事だ。


 秋もそれは分かっているようで、悔し気にとんとん画面を叩いていた。


「実物は中々見れないんだよな。ネットに上がっても即座に削除だし、隙を付いてアップロードしても政府に即バレて刑務所行き」

「厳重過ぎじゃないか?」

「個人所有の兵器みたいなもんだからな、異能ってのは。政府も慎重になる」

「なるほど」


 頷くと、秋は再びタブレットを指で叩いた。画面が替わり「変身系」と書かれたページに飛ぶ。獣のイラストが大量に並べられていて、その一つ一つに説明が書かれてある。

 その中の一つを指さして秋は言った。


「これが異能の片方。変身系とかフォルムチェンジとか呼ばれてるが、要は化け物に体を作り変える能力だ」


 さらに画面を叩き、今度は人の周囲に色々なもの——例えば水玉とか土塊とか——が浮いているイラストを表示させる。


「こっちがもう片方。自然系とか環境系とか呼ばれてる。見ての通り周囲の自然物を操る能力だ。……で、お前が言っていた影とか光とかの概念的な存在を操るのは……」


 秋はページをスクロールさせ、「真祖」と書かれた記事で指を止める。表示されたのは禍々しい雰囲気を放つ吸血鬼達の画像だった。下の説明欄には「森羅万象に干渉する能力」とだけ書かれている。


「真祖が持つ異能だったら、可能性はある。西洋の古文書にもそういうチート染みた力を持つ吸血鬼が何度も登場しているしな。……ただ、現代にまで真祖が生き残っている確率は低い」

「……どういうことだ?」


 ていうか真祖ってなに。


「真祖は全ての吸血鬼の祖先だ。人間でいう所のルーシー、女性だと言われている」


 僕の心境を察したかのように秋は説明を付け加えた。


「なぜ女性なのかは諸説あるが……まあ、殆どは吸血鬼が人間と同じ哺乳類に該当するからってものだな。半吸血鬼だって存在するし、人間と吸血鬼のDNAはほぼ同一だ」

「それは分かったけど、その真祖ってそんなに凄いのか? 吸血鬼のルーツなんだろ?」


 秋は鼻息荒くかぶりを振った。


「凄いってもんじゃねえ! 真祖は神に等しい力を持つと言われてるんだよ。神話でも神の軍勢と互角に戦ってるんだぞ」

「神はいないんだろ?」

「それだけ強いって事だ! 真祖を倒すのに天界の天使半分が死んだんだぜ? その後捕まって神にバラバラにされたけど」

「怖っ」


 神さま恐ろしや。


「だけど真祖の血はひっそり受け継がれて、今も世界のどこかに子孫がいるらしい」

「いやそれ結構ホラーなんだけど。そんな吸血鬼が本当にいたら、世界滅ぼせちゃうんじゃないのか?」

「それはない。子孫がいたとしても真祖の血は相当薄まってるだろうし、共喰いで力を奪われてるかもしれない」

「待て待て、また新しい単語が出てきた。共喰いって何?」

「吸血鬼が吸血鬼を食べること。食べた相手の異能を奪える」

「異能ってそんなシステムだったのかよ……」


 コピー能力みたいだな。もはや漫画の世界。


「まあ、現代では共喰いも少なくなってきてるらしいけど。味が不味いかららしい」

「意外過ぎる理由」

「吸血鬼は食欲と性欲が一体化しているからな。飲む血の味には相当こだわるらしいぜ」

「ああー……」


 それは分かるかもしれない。先輩も吸血するたびに文句つけてくるし。「昨日あんまり寝てないでしょ」とか「野菜食べすぎ」とか。血の味で健康状態が分かるのかよって毎回思ってしまう。


「……で、話を戻して真祖の異能についてなんだが」

「あ、ごめん。長々と説明させて」

「別にいいぜ。布教できるからな」


 布教ってなに。


「真祖の能力は森羅万象を操る……つまり、お前が言ったように影や光のような概念を操ることもできるはずだ。光は正確には素粒子だが、影は光が当たらない場所ってだけの概念だからな」

「…………」


 こいつ、こんなに頭良かったか? テストの点は絶望的なのに。


「いま「こいつこんなに頭良かったか?」って思っただろ」

「なぜ分かった」

「勘」

「…………」


 今後はこいつの事、侮らないようにしよう。先輩との関係は上手く隠しているつもりだが、もしかしたらその勘とやらでバレるかもしれない。いや、既にばれている……? 流石にそれは無いか。


「まあ、この学園都市にも吸血鬼はごまんといるし、真祖の系譜もいるかもしれないな」

「……それも勘か?」

「そんな所だ」


 秋はさっぱりした笑みを浮かべて言う。

 ……でも確かに、先輩の異能が一般的なそれとかけ離れているのはよく分かった。それに、どちらかというと真祖の異能に近いのかもしれない。あり得ないとは思うけど。


 と、その時授業が始まるチャイムが鳴ったので、僕らは会話を中断せざるを得なくなった。

















◇◇◇◇


 影が概念とか偉そうに語ってましたが、ただの物理現象ですので科学的には間違ってます。フィクションという事で納得していただけると幸いです。


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