第2話

「昨日は激しかったね」

「誤解を生むような発言は控えましょう。吸血してそのまま寝てしまっただけです」

「そだっけ?」


 朝食の目玉焼きを齧りながら、先輩は眠そうにあくびした。ウィンナーを器用に箸でつかみ、ぽいぽいと口の中に放り込んでいく。


 先輩は吸血鬼だ。そして僕は彼女の後輩で、同時に先輩の吸血対象パートナーでもある。吸血対象というのは政府が公的に認可した歩く血液タンクのこと。吸血鬼が好みの血を持つ人間を指名して食事をもらう代わり、彼らは政府の研究に協力しなければならない。利害関係に基づいた取引であり、吸血鬼の人権を守る大切な決まりだ。国際条約にもなっている。


「今日は体育あったっけ」


 ずるずるとコーヒーを啜りながら先輩が言う。提供できる血液の量は最低限なので、吸血鬼は基本人間の食べ物から栄養を摂る。


「先輩は無いです。でも、ぼくは四限目にバスケがありますね」

「終わったらすぐに来てよ。瑞樹の汗、瑞々しくておいしいから」

「駄洒落?」

「寒かった?」

「カチンコチンです。あと、何されるか分からないのでちゃんと着替えてから行きます」


 すると先輩はちろりと舌を覗かせて蠱惑的に笑った。最後の一本のウィンナーを摘み、端からがじがじ齧っていく。


「美味しい。瑞樹のこれ」

「だから、そういう表現は控えましょうね」

「日本語は便利だから」

「そうですけど、その利便性に頼りすぎるのも良くないです」

「ん」


 くあ、とあくびをして「ごちそうさま」と先輩は言う。流しに食器を重ねて持っていき、おぼつかない足で洗面所に向かった。


「なんだ、瑞樹もついてきたの」

「ぼくも顔を洗いたいので」


 ばしゃばしゃと水を撒き散らし、先輩は顔を洗う。僕は隣に立って歯ブラシを取り、しゃこしゃことフッ素を塗っていく。


「瑞樹。髪」

「はいはい」


 ブラシを受け取って、寝起きでぼさぼさの髪をすいていく。毎日手入れが行き届いているからか、すんなりと寝癖は収まった。


「あ。それと明日、研究施設行くから」

「もっと早く行ってください」

「メール来たの一昨日だもん」

「向こうも大概ゆるいですよね……」


 先輩の部屋に戻り、学校に行く準備をする。それから作り置きしていたお弁当を鞄に詰め、先輩の身だしなみを細かくチェックしたあと、学校に向けて出発した。


 先輩が自分の号室の横を指して言う。


「瑞樹の部屋」

「ですね」

「もうこっちに住んでるようなもんだし、売れば?」


 確かに、それは認めざるを得ないかもしれない。だけど、それは世間体的によくないのだ。ただでさえ吸血鬼は、ようやく最近人と平和的に暮らせるようになったばかりなのだから。ましてや先輩は……


「名目上は必要なんですよ。人と吸血鬼とはいえ、年頃の男女ですから」


 先輩は嬉しそうにこちらを見上げた。


「私、年頃?」

「僕より一つ上でしょ?」

「うん。でも吸血鬼だから、ババアって言われてもおかしくないなって」

「十八歳ってどっちかというと、吸血鬼的にはまだ赤ちゃんなんじゃ……」

「ばぶー」

「…………」


 なまじ赤ん坊を毎日世話してるような気分だったから、何と返せば良いか分からなかった。

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