大丈夫、夜が隠してくれるから。そう言って彼女は死体を埋めた。

西城文岳

本編


 暗い闇の中、ザクッ、ザクッと断続的に湿り気のある土に硬い物が刺さる音が繰り返される。僕が照らすライトの先で、何度も木の下の土を掘り起こしているコートの少女。


「ふぅ、そっち側持って」


 そう言ってシャベルを手放し、土で汚れた絆創膏を付けた顔を僕に向けてくる。彼女が持つ手には170は優にあるだろう袋の端を掴んでいる。言われるがまま彼女が持つ方と反対側を持ち、穴に投げ捨てる。


「大丈夫?しっかりしてよ?証拠が残ったら意味無いんだから」

「う、うん……分かってる」 


 今も手に目の前の袋の中身を刺した時の感覚が残る。

 つい、反射的に、血を流している彼女を見て……つい……。


「埋めて……私疲れちゃった……」


 軍手をした手でさっきまで彼女が持っていたシャベルを渡される。


「分かった、変わるよ」


 黙々と木の下に空いた穴に袋を埋めながら僕は考える。


 僕と彼女、北原朱莉とはどういう関係なんだろうか?


 友人というには近いようで恋人というには遠いような煮え切らない関係だと思う。

 人数の少ないサークルの中で知り合った彼女とは数少ない話し相手であると同時に僕が一方的に想いを寄せているだけだった。

 そんな彼女はどうして今僕と一緒にいるのだろう。どうして今、こんな山奥にいるのだろう。


「平然としてるよね」

「ん?……え、何?」


 突然、話しかけられた事に驚いて何の事かがさっぱりわからない。


「何が?」

「やっぱり、なんだか心ここに非ずって感じ?大丈夫?気分とか」

「大丈夫だよ。何というか……あまり実感が無くて」

「あんな普段からは信じられないほど怒ってたのに?」


 そうこう話しているうちに地面の穴は埋まったが、周りの土と違う掘り返されたまだ湿り気の残る茶色が僕の罪の痕として残る。それがなんだか、いつかまた誰かに掘り返されるのでないかと猛烈な不安として残る。


「こうしてみると呆気なかった」


 寂しそうに彼女は言う。


「こんなのでも親だったんだよね、私にこんな傷を付けた癖に」


 彼女が捲った服の裾から見えた腹には切傷のようなミミズ腫れが何本も見える。


「君が怒ってくれた時、とても嬉しかった」

「いや、僕はただ……ただ、殺しただけだ」


 やめてくれ。今は感情が解らないんだ。僕があの男を刺した時に湧き出た感情を思い出させないでくれ。


「……なんで北原は、あの時僕を呼んだんだ?」


 僕は強引にでもこの話はしたくなかった。

 それよりもあの時、僕は北原のメールから呼び出しを受けていた。ちょうど飲みの翌日、二日酔いで大変な事にでもなったかと彼女のマンションに向かっていた矢先、北原が見知らぬ中年、彼女の父に……


「君なら何とかしてくれそうだったから」

「……」


 その結果がこれで彼女は満足だったのだろか?


「あとね、バレてるよ。前飲んだ時にチラチラそう言う目で見てたの、フフフ♪」

「え!?」


 こんな時に彼女はからかうように笑う。表情は蠱惑的で、しかし涙を浮かべる顔は今まで抱えていた感情を吐き出したようではあった。人を埋めたこの状況で壊れてしまったのかと思う程、言葉と顔と感情が合わない。


「一丁前に大学は通わせてくれるのに、その代わりのサンドバッグ生活だったもん」

「……」


 その感情のまま北原は自分の身の上を話していく。


「ずっとこのまま離れられないんだろうなって思ってた」

「大学でも一人で、特に何もなく過ごすんだろうなって」


「なのにさ、君は少しづつだけど私の中に人並みの幸せを埋めてってさ」


「ただ、昨日遅く帰った事にいつもより怒って、殺されるんだと思った」

「そして……僕を呼んで……」

「うん」


 僕も彼女もその先は今の目の前の木の下を見る。


「早く行こ。夜が明けちゃう」


 二人でここまで来た車に乗り込み町に向か合う。ライトを付けなければよく見えなかった夜は少しづつ朝日の光が見え始めていた。


「この後どうなるかな」

「あいつ、借金抱えてたから失踪扱いになるのかな?」


「そうなったらどうするんだ」

「破産とか相続放棄でどうにかなるかな?」

「いやその後だよ」


俺のその人事で表情を変えて運転席に座る僕に微笑みかける。


「フフフ、言ったじゃん」

「ん?」


そう言って笑う彼女の顔は彼女のアパートで見たものと同じだった。


「責任、とって?」



 ______________



 私が彼に期待していたのは、ただあの男を私から引き離すよう誰かに助けを呼んでくれることだった。


 だが彼は私を見るや否や玄関そばのキッチンの包丁を手に取り、一直線に刃物を振り下ろした。


 そのままあの男が抵抗しなくなるまで何度も。


 時間が深夜帯だった事もあり、誰も気が付いていないのか誰かがその沈黙を破ることは無かった。動かなくなったあの男を見下ろしたまま彼は一切動かない。


 予想外の形で事は収まったがまた新しい問題が産まれた。


 彼はその場に座り込み動かない。


 自分のやった事に理解出来ないのか、認めたくないのか。自身の手を見て硬直しているだけだった。


 このままでは、彼は捕まってしまう。せっかく生きる希望を見つけたのに誰にも連れて行かせたくない。


「ねぇ、責任……とってよ……私、一人になっちゃった」


 だから今度は私が彼に人並みに生きられるよう、助ける番だ。

 見上げて私を見る彼の顔は喜んで居るのか泣いているのか、ぐちゃぐちゃだ。


「早く片付けなきゃ」

「でも……」


 卑しいとは思うけど、あわよくば彼を私に縛りつけられるかもしれない。


「大丈夫、夜が隠してくれるから」


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大丈夫、夜が隠してくれるから。そう言って彼女は死体を埋めた。 西城文岳 @NishishiroBunngaku

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