第22話 絹と刺繍
お茶会は進む。
「そういえば、ハイレント領の特産品は、絹でしたわね。」
「え、ええ、よくお知りで。」
「で、レイドズ領は布製品が有名ですわね。」
「そうですわ。」
「では、ハイレントの絹をレイドズまで送れば素晴らしいドレスなどができるんじゃないでしょうか?」
「そうなのですか?」
「確かに、わが領にはいい職人が揃ってますが……。」
そこで、私は一枚のハンカチを取り出す。それは見事な刺繍がほどこされた絹のハンカチであった。
「これは、私の商会がハイレントで仕入れた絹をレイドズまで送って作ってもらったハンカチです。どうですか?」
そのハンカチをリサに渡す。
「確かに、この肌触りは私の領で作られた絹ですわね。」
「その刺繍は、レイドズの職人の仕事ですね。」
リサは絹の質で、ジューンはその刺繍を見て、自領のものと判断した。
「……クリス様の商会でと言ったわね。その商会って――――。」
「クリスリッタ商会ですわ。」
「クリスちゃんは商会も持ってるのね。」
「お姉様、すごいです。」
何事も動じないようにしている王妃様と、空気を読まないフェリス。
一方の令嬢たちは、唖然とするしかなかった。なぜなら、目の前にいる人物のヤバさに今さら気づいてしまったからだ。
彼女――将軍であり、王女になったこの人物が、このラドファライシス王国一の豪商クリスリッタ商会を所持しているという事実が、この国を表も裏でも牛耳れる存在であることに気づいてしまった。
彼女の不興をかってしまうと、家が潰されるかもしれない。実際潰されたとされる家があった。バクマン辺境伯家である。
潰されたわけではないが、もともと前線に近いからということで補給路になっていたが、中抜きや高い通行税がネックになっていた。クリスリッタ商会ができ、補給路が変わり、辺境伯領に商隊が通らなくなった、クリスリッタ商会をを除いて。正確にはクリスリッタ商会が輸送経路を整備し、辺境伯領へはクリスリッタ商会が一手に引き受けることで経費削減――領内に入るのが最低限の回数で済むようになり、その分通行税が少なく済むようになった。その転換後に王女誘拐事件が発覚。辺境伯の息がかかった商会を捕らえ、その後、辺境伯領は将軍の調査の結果、解体された。クリスリッタ商会と将軍の力によって辺境伯は没落することになった。将軍と商会長が同一人物なのだから、バクマン辺境伯はクリス一人に潰された事になる。
「クリス様、ハイレントで絹を仕入れ、レイドズに送りドレスに仕立てるということで調整したらいいですね。」
この空気の中、クリスの秘書も務めるバクマン女伯爵ことエルネイシアは仕事をこなす。
「そうですね。ドレスは5着――――いえ、8……じゃなくて、9着仕立ててちょうだい。」
「9着ですか?」
意外な数に聞き返すシア。
「ええ、近い内に夜会があるでしょうから、ね。」
クリスの言葉に周りを見渡し。
「…………ああ、じゃあ8着でよかったのでは?」
「それは、”貴女”も入れて9着よ。」
「なるほど、そういうことですか。では、9着発注します。」
「よろしくね。と言うことで、皆様にハイレントの絹をレイドズの職人が仕立てたドレスを贈らせてもらうわ。」
「「「「「…………。」」」」」
令嬢たちは、戦慄した。
まず、特製のドレスを平気で9着作れる財力と、それをあっさり配ること。そして、ラドファライシス王国を表からも裏からも支配している人物からの贈り物に裏を読まなくてはならないからだ。
ただ、実際にはクリスは何も考えず、ただ、良い絹と良い職人がいるなら良いドレスができるなぁと思っただけで、数も自分、王女、王妃、絹と職人を持つ領の令嬢の分と考え、口に出した場に他に令嬢が3人居たので追加して、最後にシアの分を忘れていたから足しただけであるため、裏も表もなかったりする。
「お姉様からの贈り物、楽しみですね。」
「まさか、義娘になって3日で贈り物をくれるなんてね。」
令嬢たちと別の感覚でいる王家の人々。普通に姉、娘からの贈り物の予告が嬉しいだけだ。
(正妃は諦めて側妃を目指そう……。)
何人かの令嬢がそう思った……。
このお茶会のわずか3日後、各令嬢の元に“サイズの合った”見事な絹のドレスが届けられた。
(サイズなんて、いつ知ったの!)
令嬢たちは恐怖に顔をひきつらせた――――。
されにお茶会は続く。
「そういえば、クリスちゃん、ご実家には帰ったの?」
「ああ、帰ってませんね。というか、帰る時間がないです。」
「じゃあ、お姉様が本来のご両親にお会いしたのって……。」
「ああ、一応凱旋の舞踏会とこの前の断罪会の前ですね。その前は……2年前にフェリスを助けて王都に戻ったときの臨時休暇の時ですね。」
「あれ、私と主人がクリスちゃんのご両親に養子縁組でうちに来ることになったときに、王宮にお招きしてお話ししましたよ。確か一昨日でしたわね。」
「あー、昨日まで忙しくて会えてませんね。」
まともな休みは昨日の午後まで無かった。
それを聞いた王妃は
「クリスちゃん、明日は実家に帰りなさいな。」
と、提案してくれた。
「――――そうね、もう帰らないことになるし……。でも、まだ、出戻ることが――――。」
「もしクリスちゃんがエル君と結婚できなくても、王家の娘として女公爵になるから出戻りは考えなくていいわよ。というか、クリスちゃんの功績が凄すぎて男爵家に戻っちゃうと、大変なことになっちゃうから、戻っちゃダメ。」
王妃の言葉に、その場に居た全員が一斉に頷く。
「クリス様。もし、あなたが男爵家に出戻ったら、私ですら早急に親戚から養子を取ってウォルスター男爵に圧力をかけて婚姻させますよ。」
「たぶん、我がワインスター公爵も同じですね。うちの場合、次男の弟がいるので婿養子といった形でしょう。」
シアとエリーゼの言葉に他の令嬢も頷く。
「じゃあ、うちの妹、大変だろうなぁ。」
「「「「「妹!!」」」」」
「ええ、年の離れた妹がいてね、どうしているかな……。」
8歳離れた妹に思いをはせた。
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