第19話 携帯用コンロ

 食後、食堂を出ると――


「殿下、失礼しますお話をよろしいでしょうか?」


(おーい、フェリス、エルヴィン様、呼ばれてますよ~。)


 そういうことを思いながら歩く。


「あのー、クリス殿下?」

「ん?」


 あーそういえば、私も殿と呼ばれるようになったんだっけ。


「あー、すみません、まだ殿下と呼ばれ慣れなくて。」

「まあ、それは慣れていただくとして、少々お話をよろしいですか?」

「はい。ところで、どちら様でしょう?」

「はい、王宮料理長のティア=ダイニングといいます。」

「あー料理長ですか、美味しかったですよ。あの鴨肉のロースト――。」

「いえ、料理はどうでもいいです。」


 おい、料理長、料理の感想を聞きに来たんじゃないのかよ。


「えーと、どう言ったお話でしょう?」

「携帯用コンロの話です。」

「あー、それは……。実物があった方がいいですね。明日の……空いてる時間は何時でしょうか?」

「あ、はい。そうですね、朝食後なら、皿洗いの人員と昼の下ごしらえの人員以外は手透きなので、いいんじゃないでしょうか。」

「シア、私の予定は?」

「えーと、午前中は書類仕事を予定していましたが、急ぎのものは午後イチでやってもらえれば問題ないですので、空けれます。ただ、午後から王妃様主催の残った王太子妃候補の方々との顔合わせお茶会がありますので、それまでに終わらせてください。」

「料理長、というわけですので、朝食後に演習場の方でどうですか?」

「ええ、それで。よろしくお願いします。」

「朝食前に何人なのか教えてくださいね。」

「わかりました。」

「では、シア、軍の方に、『朝食後に炊飯訓練を行います。王宮料理人が視察に来ます。』と伝えておいてください。」

「わかりました。」

「では、料理長、明朝に。」

「はい。」





 翌朝・軍演習場に輜重部隊が整列する。そして、その場に王宮料理人一行が来ていた。


「さて、本日は王宮より料理長をはじめとして王宮料理人の皆様が来ている。だが、いつも通りの作業をするように。」


 緊張した面持ちの隊員たち。だが、この緊張は王宮の料理長が来たからではない。敬愛する軍のトップにして、つい先日より王族となったが視察しているので緊張していた。


「では、展開開始!烹炊準備!」「烹炊準備!」


 隊長の掛け声で準備を始める。

輜重部隊の荷馬車から30㎝四方の板が出される。その板には鍋を置くための出っ張りが3つついていた。その板を土を盛って作った台の上に乗せ、小さな器に水を張って置く。


「殿下。あれは何をしているのでしょうか?」

「………………あ、殿下って私か。えーと、あれは水平を取っている、ですね。一度に大量の食材を作るために鍋も大きいので、傾いてるとそのまま倒れてしまいます。なので、水平を取るのです。」

「土を盛って置くのは?」

「緊急時にすぐ撤収できるようにです。土を盛ると穴が開きますよね。そこに邪魔になるものを埋めて逃げるのです。埋めるのは主にですね。」

「それは、勿体無いのでは?」

「そのまま敵の食事になってしまうので、廃棄するしかないのです。調理中や調理済みの料理はそれだけ持って逃げるのに手間がかかります。まず優先すべきは命です。」

「なるほど、軍ならではの発想ですね。我々料理人は『』が基本ですから。どれだけ無駄なく消費するかが大事です。」

「軍にとっては『』ですね。生きていれば、食事はできるのですから。でも無駄をなくすのには同意できます。」


 王宮と軍、それぞれの食事に対する優先度の違い。命のやり取りをする者と安全な場所でいる者の違い。そういったものがこういったところに出てくるものである。そして、相手の立場を尊重すること、それが大事である。


「それで、あの””が例の?」

「ええ、そうです。携帯用コンロ、輜重部隊1隊に付き20枚配布しています。火の魔法をエンチャントした物で、板に付いてるスイッチで火を起こし、火力を調節できます。」

「なるほど、確かにこれなら陛下の前で温められますね。」

「普通に食事ができるなら、暖かい方が美味しいですからね。」


 そうこう話しているうちに、食事の準備ができた。スープに堅パン、そして野菜炒めがついていた。


「結構種類が揃っていますね。」

「今回の訓練は後方の陣地内でとの想定なので、栄養バランスを重視になってます。」

「ところで、あの携帯用コンロはどこで入手できますか?」

「ああ、それは〔クリスリッタ商会〕で購入できます。量産はできないので1枚金貨1枚になりますけど……。」

「そうですか。仕入れることができればいいのですが……。」

「なら、クリスリッタ商会からしますよ。」

「えっ!?」


 ティア料理長はビックリした顔になった。


「クリスリッタ商会の会長は私なんで、指示して持ってこさせますよ。」


 料理長は渋い顔になり。


「それって、なのかなのかわかりませんね。」


 そういえば、私、王家になったんだっけ。


「では、どっちに扱うか宰相殿に確認とりますね。」


 そして、料理長と共に早めの昼食をとった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る