「早く運ぼうぜ」


 やせ型とぽっちゃりが二人で洗濯機を持ち上げ、小屋に向かって運び出した。

 俺はすぐに木から小屋の裏へ移り、小屋の中にいる山下さんに声をかける。


「奴らが来ましたよ」

「わかった」


 山下さんの声が妙にくぐもっていた。

 深夜だから声が枯れているのかな。

 そう思いながら俺は小屋の外にある大きなブリキのゴミ箱に隠れているシズ江さんにも声をかける。


「もうすぐ出番ですよ」

「おっけー」


 シズ江さんは小声で返事をしてくれた。

 俺はゴミ箱の後ろに隠れた。

 奴らが洗濯機を小屋の前に運び込んだところで、奴らの目の前に光るものがちらついた。


「なんだこれ?」


 光るものは一つだったが、ふわふわと浮かんだそれは、ゆらゆらと揺れて二つ、三つに増えた。

(火の玉だ!)

 こんなの計画にあったっけ?

 俺は聞いてないけど、山下さんがやったのかな。


「なんだこれ、火の玉? 気持ちわるっ」

「まじで⁉ ユーレイじゃないっすか!」

「出るかバカ。空気中のリンが燃えてんだよ」

「えーでも気味悪い。なんか寒くなってません?」


 そりゃ気味悪いだろうな。

 油をしみ込ませたボール状のものを燃やして、上から吊るしているのだろうか。

 ゆらゆらと動いているだけで悪さをするわけではないが、ただただ気味が悪い。

(おどろおどろしい効果は抜群だ)

 夜の山は寒い。

 そして夜が深まり、さらに気温が下がっている。

(レインウェアも羽織ってきてよかった)

 実は寒さの理由は山の気温だけではない。

 ドライアイスのスモークを焚いているのだ。

 草むらで、内山さん夫妻――七十八歳の同い年夫婦だ――がドライアイスの入ったバケツに水を入れているのが見えた。

 バケツは五つほどある。

 するとビュッと突風が吹いて小屋の扉が勢いよく開いた。


 バアン!


「ひゃっ!」


 奴らは二人揃って声を上げた。

 俺もびびった。山下さんやるなあ。

 扉はピアノ線で引っ張ったりしたのかな。

 そして小屋から白い死装束姿のジジイ(山下さん)が大鉈を振りながら、飛び出してくる。


「きえええーーー!」


 驚いて奴らは二人とも洗濯機を放り投げそうな勢いで後ずさり、尻餅をつく。

 人間、驚き過ぎると声も出ない。

 腰が抜けてないだろうか少し心配になったが、そのまま立ち上がろうとするので、今度は俺がゴミ箱を前に思いっきり転がした。


 ガシャアアアアン!


 ブリキのゴミ箱は大きな音を立てて転がると、中から長い髪を下ろし白塗りメイクのシズ江さんが貞子よろしく、ゆっくりと立ち上がった。

 ゆらりと揺れると、手を挙げ背中を反らし、ブリッジの態勢になる。

 そして方向転換すると奴らの方へ、ものすごいスピードで迫っていった。


 ザカザカザカザカ!


「うわああああああ!」

「いいいやああああ!」


 やせ型とぽっちゃりの二人は尻餅をついたまま後ずさり、よろよろと立ち上がって軽トラに向かって走り出した。

 あれは多分泣いてる。めちゃくちゃ怖いもんな。

 祖父ちゃんたちは、昔のホラー映画を参考にしたと言っていた。


「祖父ちゃん! そっち行ったよ」


 俺はトランシーバーで祖父ちゃんに連絡を入れ、そのまま木の影に隠れる。

 軽トラの場所には祖父ちゃんたちがいるはず。


 パンパンパンパンパン!


 乾いた破裂音が響く。

 祖父ちゃんが爆竹に火をつけ、奴らに向かって投げたんだ。

 そしてモデルガンを構える。

 暗いのと煙でよく見えないし、奴らからすれば、銃で撃たれているように見えていたかもしれない。


「うわあああああああ!」


 爆竹は熊を追い払うときに使うものらしい。

 小屋にいっぱい置いてあったのを、祖父ちゃんがポケットにありったけ詰めていた。

(こういうことか)

 奴らが叫びながら駐車場の真ん中あたりに逃げ込む。

 すると祖父ちゃんから連絡。


「スコープは外せ」


 言われたとおりに外すと、今度は四方から超強力ライトを手にした村人たちが奴らを照らし出す。

(あれ、祖父ちゃんたちがウキウキで通販してたアメリカ製のライトじゃん。脱走犯が照らされるやつぐらい明るいって言ってた)

 こんなのまともに喰らったら失明しそうだ。

 奴らはまぶしくて目が明けられず、手で顔を押さえていた。


「なんなんだよ一体‼!」


 奴らが眩しさにひるんでいる間に、スッとライトを消し、全員散らばった。

 奴らはまだ動けない。

 すると、大ききなエンジン音が近づいてくる。

 砂山の裏に隠れていたブルドーザーが奴らに迫る。

 操縦するのは伊藤さん、七十五歳だが今でも現役の現場監督で、あちこちの現場を飛び回っている。いかにも工事現場のおじいちゃんでめちゃくちゃいかつい。

 奴らからすると、ブルドーザーは見えていないかもしれない。砂山が迫ってきているように見えているのかも。


「わあああ!」


 奴らが逃げようとすると今度は反対の草むらからショベルカーが現れる。

 こちらの操縦は鈴木さん八十歳。

 久しぶりの操縦に自信がないと言っていたけど、確実に奴らを追い詰めている。

 逃げ場を失った奴らは、ブルドーザーが運んだ砂に溺れ、そしてショベルカーのショベルが奴らの上へ上げられた。


 ザパーーッ。


 ショベルの中に溜まっていた水をかけられ、奴らは泥の中に埋もれる形になった。

 身動きのとれない奴らを、祖父ちゃんが銃で殴って気絶させた。




「で、こいつらどうする?」


 縛り上げた二人を小屋の前に運び、老人たちが取り囲んでいる。

 奴らが運んでいた粗大ごみの前に、縛られた奴らが二人揃って転がされている形だ。


「埋めるか?」

「うちの山に埋めるのはちょっと」

「まあ、嫌だわなあ」

「西山の池に落とせばいいんじゃないか」

「それがいいかもしれんな」


 老人たちが相談していると、気絶していた二人がぴくりと動いた。

 目を開けたぽっちゃりが、おそるおそる口を開く。


「ご、ごみの話ですよね……?」


 老人たちはニタニタと笑みを浮かべるだけで無言だ。


「ひいっ」


 やせ型も目を覚まして状況を理解したようだ。


「あ、あの、もうここには来ませんので、命だけはなんとか……」


 ぽっちゃりが切実な命乞いをする。

 ゴミをどうするかという話をしていたのに。

 祖父ちゃんたちも人が悪い。

 とはいえ、自業自得だ。

 警察を呼ぶしかないだろうな。

 そんなことを思っていると、シズ江さんが前に出た。

 白塗りメイクがまだ残っているのでかなり怖い。


「二度とこんなことするんじゃないわよ!」

「は、はいいいい」


 弱弱しく返事をするぽっちゃり。

 やせ型もそれに続いてコクコクと首を縦に振る。

 興奮したシズ江さんが、隣にあったゴミの冷蔵庫を勢いよく叩いた。


「シズ江ちゃん、そんな強く叩いたら――」


 内山さんが言う間に冷蔵庫が横に倒れ、その衝撃で扉が開いた。


 ごとん。


 扉から白いものが飛び出した。

 そのとき俺は、博物館で見た蝋人形を思い出した。

 リアルだった。

 映画のワンシーンを、俳優たちを模した蝋人形で再現していたんだ。

 大好きなアクション映画だったから、俺は興奮してその中に入り込んでポーズを取り、いっぱい写真を撮ってもらった。

 なんでいまそんな話をしたかって?

 冷蔵庫の中から出てきたのが、蝋人形だと思ったんだ。

 もしくはマネキン。

 手首と足首をロープで縛られた、人形。


「死体だな」


 ぽつりと言った祖父ちゃんの声で全員が理解した。

 粗大ゴミに紛れて死体が棄てられていたのだと。


 全員の悲鳴が虚空の夜空に響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る