それから三日後の深夜。

 祖父ちゃんに渡されたトランシーバーから女性の声が響いた。


「勇ちゃん! 奴らがきたよ」


 この声は村一番のべっぴんと言われるシズ江さんだ。

 村では一番若い六十代後半。

 若い頃は新体操の選手をしていたそうで、当時の写真を見せてもらったことがある。

 確かに美人だった。レオタード姿で正直エロいと思った。

 シズ江さんは毎日ストレッチを欠かさないらしく、今でもY字バランスが出来ると言っていた。もうすぐ七十とは思えないほど若々しい。

 シズ江さんは山下さんの奥さんだから、不法投棄されて一番被害を被っているんだ。

 だから今回のことは一番乗り気らしい。

 ちなみに祖父ちゃんの名前は勇作。

 だからみんなに勇ちゃんと呼ばれている。

 さっきまで隣で寝ていた祖父ちゃんは飛び起きて、俺に声をかける。


「トモキ、起きてるな? 行くぞ」

「お、おう……」


 俺は慌ててパジャマを脱ぎ、ジャージに着替えた。

 祖父ちゃんに「今夜あたり来るから寝ておけ」と言われて夕方に仮眠とっておいてよかった。

 おかげですっきりと目が冴えている。

 祖父ちゃんは猟に行くときの服装に着替えていた。

 今時の猟師は毛皮のベストなんて身に着けない。

 アウトドアブランドの一番いい素材を使ったトレッキングウェアを着るんだ。

 祖父ちゃんはハンチング帽がよく似合う。


「トモキ、これを着ろ」


 そう言って祖父ちゃんはゴアテックスのレインウェアを出してくれた。


「かっけえ! 俺が着ていいの?」

「おめえのサイズで買ったんだ、夜の山は冷えるからな」

「ありがとう祖父ちゃん」


 レインウェアを着て靴を履いていると、祖父ちゃんが肩から銃を下げていることに気づく。


「祖父ちゃん、銃はまずいんじゃ」

「これは玩具だから問題ない」


 モデルガンかな。ガスカートリッジがついている。

 以前見せてもらったのとは違う種類だけど、どう見ても本物の猟銃にしか見えない。

 山にゴミを捨てに来るような奴らだ。

 まともなはずがない。

 本物の銃に見せかけて驚かせてやってもバチは当たらないだろう。俺はそう思った。



 祖父ちゃんたちの作戦は、こうだ。

 あいつらが棄てる場所はだいたい決まっているから、その場所へ続く道の標識を偽物と取り換えてある。

 地元の人間は通らない場所なので――だからこそゴミを棄てに来るのだろうが――奴ら以外には影響はない。

 それで罠を仕掛けた場所へおびき寄せて、脅かして捕まえるんだ。

 罠を仕掛けてあるのは、少し開けた広場のようになった平な場所だ。

 ここは整備されてない駐車場のようなもので、山に入るときの荷物や道具を置くための小屋がある。

 暗くて見えづらいが、駐車場の端には砂山があり、反対側には背の高い草がたくさん生えている。

 俺は小屋の手前にある木の裏に隠れて奴らの動きを見ていた。

 ほぼ真っ暗なので、山道から漏れる道路照明灯の光が頼りだ。

(暗視スコープも持たされていた気がする)

 じいちゃんに渡されたバッグを漁っていると、山道から脇にある坂道を降りてくる車が見えた。

 前照灯ヘッドライトが煌々と輝く軽トラックだ。

 荷台には冷蔵庫や洗濯機といった大型のゴミがたくさん積んである。間違いない、奴らだ。

 軽トラは広場に入ってきた途端、後輪がぬかるみにはまって動けなくなっていた。

 何度もエンジンをふかすが、後輪はぬかるみで空回りするばかりでまったく前進できない。

 何度かそれを繰り返すと、助手席のドアが開いて一人が出てきた。

 ヘッドライトの逆光で見えないが、シルエット的には思ったより若そうだ。中年ではないと思う。

 そして懐中電灯の光を当てて後輪の状態を確認すると、運転席にエンジンを止めろと合図していた。

 大声で話しているから十メートルぐらい離れている俺のところにも何を話しているのかなんとなく聞こえる。


「おい、ぬかるみに完全にはまってっぞ」


 軽トラのエンジンが止まり、ヘッドライトが消された。

 俺は暗視スコープを取り出し、奴らの方を見た。

 運転席から降りてきた奴はやせ型で若い。

 二十歳そこそこだと思われた。

 先に助手席から降りた奴は少しぽっちゃりしていて、運転手よりは年上のようだ。三十ぐらいだろうか。


「兄貴、あそこにボロい小屋が見えるから、そこに棄てちゃいましょうか」


 やせ型がぽっちゃりのことを兄貴と呼んでいるがこの場合、兄弟じゃなくて親分子分のようなことだろうな。


「んー、そだな。どうせ荷物を下ろさないと車も動かせねえし、そうすっか」


 奴らはさっそく荷台から粗大ゴミを下ろし始めた。

 ゴミを棄てる場所にとくにこだわりがあるわけではないらしい。

 棄てられそうな場所があったらそこに棄てる。

 ただそれだけなのかもしれない。

 軽トラの隣の、ぬかるんでいない場所にゴミを下ろしていく。


「なんでこんなピンポイントにぬかるみがあるんだよ」

「わかんねえっすね~山の天気は変わりやすいっていうからそれじゃないっすか?」


 何言ってんだ、祖父ちゃんたちの罠だからだよ。

 俺は心の中でほくそ笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る