07.クリスさん家にお泊まりです!

『うち、泊まってく……?』


 クリストフは言った。紛れもなくそう言った。

 その意味を考えて、スヴィは──


「クリスさんとめくるめく熱い夜がーーーー!!」

「僕は実家住まいだよ!!」

「私、初めてなので優しくしてくださいね!!」

「人の話、聞いて!!」

「クリスさんは百人斬り達成してそうです!!」

「人聞きの悪いこと言わないでくれ!! そんなにいるわけないだろ!!」

「えぇ……いないんですかー」

「スヴィは僕になにを期待しているのか、ぜんっぜんわからないよ……」


 はぁっと息を吐いて頭を抱えているクリストフ。そんな姿を見るのも大好きだ。


「じゃあ、クリスさんのご家族が良ければ、遠慮なく泊めさせてもらいます!」

「多分イヤとは言わないと思うよ。おいで、うちはこっちだ」


 そう言って先を行くクリストフの手を、スヴィはガシッと掴んだ。手を繋いで歩きたい、という思いが、勝手に行動を起こしていた。


「スヴィ?」

「だめ、ですか? 手を繋ぎたくなっちゃって……」


 正直に伝えると、耳が熱くなってきてしまう。

 少しだけ広げた目を細めて、クリストフは言った。


「いいよ」


 耳の中で溶けて浸透していくような、甘く優しい受諾の言葉。身体中の力が抜けて、体がほっこりと温かくなる。


「甘えん坊だな、スヴィは」


 意地悪な顔でそう言われて、スヴィは抱きつくようにその腕にしがみついていた。



 ***



 スヴィはクリストフに連れられて、彼の家にやってきた。

 クリストフは七人家族。

 彼の両親と、兄、兄嫁、その子どもが二人とクリストフ自身だ。

 急に押しかけたにも関わらず、彼の家族はニコニコとスヴィを迎え入れてくれた。


「んまぁ、あなたがスヴィちゃんね! 騎士だって聞いてたから大きな人かと思ったけど、それほどでもないのねぇ」

「いらっしゃい! 君の話は弟からいつも聞いているんだ。自分の家だと思って、くつろいでいってくれ!」

「可愛らしいお嬢さんじゃないか! やるな、クリス!」

「なにがだよ……」


 父親の言葉に、辟易するように息を吐くクリフトフを見るのは新鮮だ。

 しかし家族の前の彼を見られる……と思ったのも束の間、夕食が済むとクリストフは演劇の稽古があるからと家を出て行ってしまった。


「まったく、あの子は演劇バカなんだから! こんな時くらい、稽古を休めばいいのに! ごめんなさいね、スヴィちゃん」


 クリストフの母親がすまなさそうに謝ってくれたが、スヴィは首を横に振った。


「いいえ。クリスさんが演劇しているところを見るの、大好きですから」

「あらあら、まぁまぁまぁまぁ!」


 むふふと嬉しそうに手を口にして、含み笑いをしている彼の母親。


「いつうちの子になってくれてもいいのよ! スヴィちゃん!」

「はい、いつかぜひ!」

「楽しみだわぁ!!」


 スヴィはあっという間に彼の家族に溶け込み、クリストフの幼い頃の話をたくさん聞かせてもらって楽しんだ。

 風呂にも入らせてもらい、部屋も用意してもらって、少し早いが寝ようかなと思った頃に、ようやくクリストフが帰ってきた。


「おかえりなさい、クリスさん!」

「ただいま、スヴィ」

「わ、今の会話、夫婦みたいでしたね!!」

「あはは、本当だね」


 笑って肯定してくれた姿を見ると、スヴィの口角は勝手に上がっていく。


「スヴィはもうお風呂に入ったんだね。今から寝るのかい?」

「寝ようと思ってましたけど、待ってていいですか? せっかくだから、少しお話ししたくって」

「いいよ。僕の部屋そこだから、中で本でも読んで待っててよ」


 そう言ってクリストフは風呂場に向かっていった。

 スヴィは言われた通り彼の部屋に入って本棚を見上げる。

 小説や演劇に関する本、それに今までの台本もあり、ペラペラと捲らせてもらった。


 主役級の役が多い彼は、当然台詞の量も多い。

 これを全部頭に記憶させて舞台に立っているのだ。とてもじゃないがスヴィにはできそうにない。

 書き込みのびっしりされた台本を見ていると、扉の向こう側で人の気配がした。


「あら、スヴィちゃんがいないわ。どこにいったのかしら」

「スヴィなら僕の部屋にいるよ」

「クリスの部屋で寝るの? あなたたち、もうそういう関係?」

「そんなわけないだろ。スヴィは妹みたいなもんだよ。寝るときは空き部屋に行かせるから」


 なぁんだ、そうなの? というクリスの母親の声が遠ざかっていく。

 その直後、クリストフが扉を開けて中に入ってきた。濡れたプラチナブロンドの髪がセクシーで、いつもなら『ステキ!!』と叫んでいたかもしれない。


「なに見てたの? 台本?」

「……はい」


 せっかく二人っきりで好きな人の部屋にいるというのに、テンションが上がらない。


『スヴィは妹みたいなもんだよ』


 その言葉が、思った以上にスヴィの胸に刺さっている。


「スヴィ?」


 覗かれるように見られた顔が、すぐ目の前にある。

 好きな人のどアップ。キスでもできそうなほどに、寄せられた顔。


 こんなに近いのに、近くなったと思っていたのに、どうしてこんなにも遠いのだろうか。


「妹は、いや、です……っ」


 スヴィはギュッと、クリストフの袖を握っていた。

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