鏡の中の世界

 やぁ少年、と声をかけられる。真っ黒のシルエットで唯一のわかる情報は髪が長いこと、声からして恐らく女性、近所の年上のみっちゃんだと思う。真っ黒のシルエットなので表情はわからない。

「今からそこの海に泳ぎに行くんだ、少年も一緒に行こうよ!」

 そう声をかけられる。僕とそのシルエットの二人が並んでいる道の向こうには真っ黒な何かが広がっている。シルエットの言うには海なのだろう。

「い、いや。僕はいいや」

 そういうとシルエットは「あっそ」とだけ言って溶けるかのように目の前から消え、僕はため息をつく。ここは鏡の中の世界、おばあちゃんの家の蔵で見つけた鏡から入れる世界。ここは何もかもが違う、さっきのシルエットのみっちゃんも現実では大人しくて、優しい性格で、先ほどのように元気いっぱいに海に誘うような人ではない。この世界でやってはいけないこと、それは影についていくことや影の食べ物を食べてはいけない。鏡に挟まっていた紙切れに書いてあった。前回来た時と同じように、バス停に出たので坂を下りおばあちゃんの家へ行く。そしてそこには…

「……」

 影のおばあちゃんがいる。現実では僕が生まれる前になくなってしまったのでどういう性格かわからないのだが、いつも来ると無口ではあるものの、もてなしてくれる。白黒の畳で灰色の机に黒い恐らくお菓子であろうものが展開される。

「おぉ、来てたのか!」

 そう言って部屋に入ってきたのはおじいちゃんだ、保育園のころよく厳しい言葉をかけてきていたおじいちゃんだが、この世界ではとてもやさしい雰囲気が出ている。

「お前はいつも細いなぁ、ほれ食え!!」

 机の反対がわに座って上にあるお菓子であろうものを目の前に差し出してくる。

「今お腹すいてないんだ…」

 お菓子をポケットに入れて部屋を出る。家も影のように黒いので蔵の場所を探すのに少し時間がかかった。蔵は普段鍵がかかっていないが影になっている蔵には鍵がかかっている。後ろに木に上って蔵の裏側の天窓から入る。窓からは夕日であろう灰色の日差しが差し込んでいた。

「よっと」

 鏡の中には色彩豊かな蔵の中が映っている。現実に戻るために鏡のフチに手をかけて中に入ろうとする。ガシャーンと音を立てて、目の前の鏡が砕け散った。

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