きままな旅・下

 バスで山を下ること約3時間と少し。時間は、8時を回っている。山から下るバスは、登った時よりもかなり早く、駅に到達した。駅の周辺には商店街があり、飲み屋、チェーン店をはじめに、様々な飲食店が並んでいた。山に登ったことと、昼食がおにぎり三つだったので、かなりお腹が空いていた。あまり深く考えずに目についた店に入る。

「いらっしゃいませ~。空いてるお席へどうぞ~。」

 と、カウンター席の奥から女性の声が聞こえる。店内は、入り口から正面と右手に、テーブル席があり、反対側に座敷(おあがり)、一番奥の厨房の前にカウンター席があった。客は、ご飯時を少し過ぎたこともあり、10人程度だったが、座敷やカウンターに座る勇気はないので、テーブル席の入り口から見て左手前の席に座った。


 しばらくして…メニューから注文を頼んだが、注文を取りに来たのは、背の低い女の子だった。なんでも親の手伝いをしているらしい。まだ手伝い始めてから長くはないらしく、何回か復唱したときに間違えていた。彼女は間違えてしまったことで、すっかり落ち込んでしまっていた。なので私は、あるものをそっと手渡した。すると彼女の表情がぱあっと明るくなり、

「おにいちゃんありがとう!」ペコっと頭を下げ、あげたものを握りしめ小走りで戻ってゆく。注文したものが来るまで暇なので、メニューを眺める。定食をはじめ、うどんなどの麺類、グラタンやドリア、パスタなどの洋食、サイドメニューも豊富に用意されている。

 …だめだ、余計におなかが減ってきた。暇だからと、メニューを見たことで、セルフ飯テロしてしまい若干後悔したものの、逆に、食べるのが楽しみになった。


「お待たせしました~。白身魚定食と、だし巻き卵、あと小魚のフライです。」

 入店したときの声の主、店主の奥さんが頼んだ料理を運んできてくれた。しかし、一品だけ記憶にないものがある。

「すいません。このフライは?確か注文してないですし、メニューにもありませんでしたよね?」

 私は裏メニューの可能性を考えなかったわけではないが、そもそも頼んでいないのでどのみち論外だ。そして、その答えはいつの間にか厨房からこちらに来ていた店主から告げられた。

「あんた、さっきうちの子に飴くれたみたいじゃねえか。なぁに、怒ってなんかねぇさ!むしろ感謝してんだ。…うちの子は一回落ち込むと立ち直りに時間がいるもんでな。ま、そんなわけで、そいつは、店主である前に、一人の父親としての感謝さ、食ってくれや!」

 二カッと笑ってそういうと、店主はそそくさと、厨房へ戻っていった。そこに奥さんが耳打ちしてくる。

「すまないねぇ。うちのは一度出すと言ったら聞かないんだ。悪気はないから受け取ってくれないかい?」

 私は、笑顔で返す。

「もちろんです、ありがとうございます。」

 それを聞いた奥さんは、「それじゃあ、ごゆっくり。」とだけ言って戻っていった。白身魚のちょうどよい塩加減と、ほくほくとした身の食感、小魚のフライは、衣がサクっとしていておなかのあたりの卵のプチプチ食感を楽しんでいると、スマホの通知が鳴った。通知内容は、帰りの列車の時刻が迫っていた。味わいながらも、急いで食べ会計を済まし、走って駅へ向かった。


 帰りの列車は、機関車ではなく特急を利用した。またいつか旅行しよう。次はどんな人たちや、景色に出会えるのか、そんなことを思いをのせながら、列車はレールの上を走っていった。

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