きままな旅・中
まだ、頭がぼんやりとしている。数分前に起きたばかりだが、相当な時間寝てしまったようだ。問題は、そこではない。問題は…目的のバス停をとうに過ぎてしまったことだ。
スマホの画面をタップし時間を表示させる。自宅で計画を立てていた時の、駅からバス停までの時間は、たしか50分だったはずだ。駅を出発したのが、8時23分。
現時刻は、11時03分を回ったところだ。とてつもない時間眠りこけていたのだ。長時間の列車移動の中、ねなかったこと、前日、楽しみでねれなかったこと。様々な自分の敗因が浮かび上がってきたが、あえて上ってきたお日さまが、気持ちよかったという責任転嫁をして気持ちを、切り替えた。
バスは、時折集落を通過し、山を登っていく。どうやらこの山の5号目あたりまで登るらしい。このことは、さっきのバスのアナウンスで知った。目的地より先の情報が、一切頭に入ってなかったのである。下調べを怠った自分を恨みながら、来てしまったものはしょうがないと割り切り、私は、頂上まで行くことにした。
12時を少し過ぎた頃。バスは、この山…金切山(かなきりやま)の5合目で停車した。運転手のおじいさん曰く、ここから山頂までは、徒歩か、ゴンドラになるらしい。体力に自信はないので、ゴンドラを使うことにした。運のいいことに、乗り場に他の登山客は見えず、ゴンドラを一台、貸し切り状態になってしまった。乗ると、受付の人がドアを閉め、手を振って見送ってくれた。ゴンドラは、多少揺れながらゆったりと、山を登る。山頂についてから食べるべきか迷ったが、ここで昼食をとることにした。いただくのは、食堂車のおばあさんから、列車を降りる前に購入した、おにぎり(具は内緒だそう)だ。中には三つのおにぎりと、品名が書かれた、手書きの紙が入っていた。
紙には、五目、北鮭、マタラ、と丁寧な字で書いてあった。
五目と北鮭は具材がコメと混ざっており、付属のノリを巻いて食べると、とても美味しかった。その二つは、食べる前からある程度、味についての予想はできていた。なぜならば、五目おにぎりもとい五目御飯は、私の地方ではメジャーであり、北鮭は、この国よりさらに北の国から輸入される。この国近海よりも脂がのり、刺身にすると甘く、焼くと今度は、塩気が増す、不思議な鮭だからだ。すし屋で何度か口にしたことがあった。
…しかし、だ。マタラ、食べたこともなければ、聞いたこともない。まったく自分に情報のない食材だ。スマホで調べようにも、ここはそもそも山の中である。電波なんてあるはずがない。おばあさんを疑うわけではないが、なにせ未知の食べ物だ。数分悩んだ末に、ついに口に運んだ。
シャキシャキとした食感と、香ばしい醤油の香りがする。後で調べたことだが、マタラとは、この国の南の地方、それも山奥の集落のに伝わる郷土料理で、焦がした醤油に、様々な山菜を加えて焼く料理らしい。
食べ終えると同じくらいに、ゴンドラは、山頂に到達した。扉を開けてもらい、「ありがとう。」と、お礼を言いながら降りる。山頂には、人がいたがだいぶまばらだった。正面のあたりに方位盤がたてられている。
金切山は標高1639Mで、吹き降ろす風が岩肌の密集しているところを、通り金切り音に聞こえることから、この名前がついたようだ。確かに、耳を澄ますと山の下のほうから‘‘ピューヒュー‘‘と、音がする。さらに、少し遠くのほうに、今朝降り立った駅が見えるが、すぐ下からふもとにかけて、岩肌が見える。なだらかではなく、その真逆で、ゴツゴツしていて、尖っている岩も見て取れる。
落ちたらまず助からないだろう。
…そんなことを考えながら、しばらく山頂で景色を見ながら過ごした。気が付けば、日が傾きはじめ、辺りが夕焼けで赤く染まっていた。スマホの時計は、17時44分を表示している。ゴンドラの運行が終わるのは6時半、山奥から都市部へのバスもあまり多くない。
「寒くなってきた事だし、そろそろ降りるか。」
私は、下山することにした。
ゴンドラ乗り場の、カウンターで料金を払い、夕飯は駅の近くで食べよう。そう決めて、山を下る箱舟に乗り込むのだった。
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