第6話 誠、私では無理だからあんた土下座して

 真子ちゃんが工場内に入ると何かザワザワしているのを感じた。


「どうしたの?」

春風に尋ねた。

「やばいよ。また毛髪が混入していたらしいの」

「また?どこの」

「AJ食品会社……2回目!」

「AJ……か。超大手の超お得意さまよ」

「そうよ。大変よ」


そこに夏葉がきて、

「どうしたの?」 

「やばいよ」と

春風が同じ説明をしていた。


 いつもみたいに体操、朝礼、作業とはいかなかった。全工程がストップしていた。


「検査は何を見ているの?」

「いや、梱包が気づくべき」

「静電気による付着らしいよ」


 皆がめいめいに保身に走っていた。

 洗浄の山口も指示に従い、洗浄室の掃除をしていた。


 各セクションのグループリーダ―、チ―ムリーダ―が集合していた。

 毛髪入りの製品がいつ、誰によって、どのように発生したのかすぐに判明した。


 真子ちゃんは遠巻きに様子をうかがっていた。「次は対策、改善ね……」


 山下製造部長はいらだっていた。

「2回目だぞ。申し訳なくて俺はお詫びなんかいけんぞ!」

「1回目の時の対策、改善が無意味だったということだろ」

 いつもは冷静な山下部長も事の重要性と契約金額の莫大さに我を失っていた。


 午前中、全工程はストップしたままで、社員は掃除を命じられた。


 真子ちゃんはいくらなんでも昼過ぎには対策ぶら下げてお詫びにいかないとまずいだろと思った。


 リーダ―連中は休憩返上で打ち合わせが行われた。

 

 12:45、真子ちゃんたちが休憩から戻ってきても膠着状態は続いた。


「だめだ。タイムアップ」


真子ちゃんは更衣室に入り鍵をしめ、作業服を脱いで『超純水』を1口飲んだ。沼田 誠社長になるとス―ツを着て、時計を付け、香水を軽く付けて、こそっと更衣室からでた。

「あ!?間違いえた。工内だから作業服だった」(こういうところが真子ちゃんだった)

あわててひとつの穴に両足を突っ込んで倒れながようやく準備ができた。この間で完全に誠社長に変身していた。


13:30(誠社長登場。リーダ―達を一喝)


13:35(社長が技術部の新人、東を呼ぶよう命じる)


13:40(山下部長から東に状況説明)


13:45(東から改善提案)


13:50(リーダ-達に導入可能か聞き取り)


13:55(導入日と金額を私が工場をでてAJ食品会社につくまでに連絡する)


14:00(社有車カローラでAJ食品会社に出発)


14:00(工場稼働再開)


 AJ食品会社に着いた社長は走って受付に行き、製造本部長に土下座して謝罪した。


「沼田さん、立ってください」

「本当に申し訳ございません」

「このような改善策を打ってくれたのですから、うちとしても上手くいくことを願っています」

「ありがとうございます」

「うぁ、本田社長!」

「沼ちゃん、また、やってくれたみたいですね?」

「はい。申し訳ございません」

「アハハ、ウナギ食べに行きましょう。美味しいお店があるのよ」

「はい、ありがとうございます」

「おい、本部長」

「はい!」

「これ以上事を大きくするな」

「はい、了解致しました」


 東がだした改善策はフィルターを袋にいれ静電気防止の風を送り込むという単純なもの

だった。

「え?これだけ?」と思うものがいるかもしれないがそれ以来、毛髪混入は発生していない。

 それよりもなぜ、社長が技術部の新人の東を知っていたのかに焦点が集まっていた。

 

 真子ちゃんは東君と仲良しだった。


 


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