🦍💫 VS 🐛🌂 5/6😡

💫


聞きなれた曲がラジオから流れている。

「ホタルの光」だ。

それは、ティティとの思い出の曲だった。


近所の商店街で店が閉まりだす時間になると、いつもその曲が流れていた。

幼稚園からの帰りに商店街を通る時、耳に入ってくるその静かな旋律が恐くて、ティティはよく泣いた。


僕はその度にティティを慰めるために、いつも歌を歌ってみせた。

ホタルの光の歌詞なんて知らないので、思いつきの出鱈目な歌詞を、調子っぱずれにボソボソと歌った。


それを聞いたティティはいつだっておかしそうに笑い出すのだった。

今思うと、あれは嘘泣きだったんだろう。ティティなりに、甘えていたんだ。


ラジオからの音楽で、ティティの動きがピタリと止まる。

名状しがたい者の注意を引く有効な手段の一つが、音である。

馴染みのある音楽がティティの琴線に触れ、人間だった頃のことを思い出そうと、動きを止めているのだ。


僕は声を張り上げて叫ぶ。


「ティティ、聞いて!

ゴリラは死んじゃったけど、実は生き返るられるんだ!

敵をやっつけたら、ゴリラは戻ってくる!

今すぐ人間に戻るんだ!そのままだと、敵を探すことが出来ないよ!!」


僕の声掛けに反応し、ティティは醜く膨れ上がった肉体を身震いさせる。

全身がドロドロに溶け出し、中からティティが姿を現した。


僕は悩む。

敵を殺すには、変態する必要がある。

ただ、変態が進むと意志の制御が利かなくなる。

無差別に暴れ回るのみで、攻撃を避けたり逃げたりといった行為を全くしなくなるのだ。


先程の魔王の一撃。

あれを喰らって、×××××の肉体は耐えられるだろうか?


否。


あれは次元が違う。

たとえラストステージに達していたとしても、その巨体は一撃で消し飛ぶだろう。

魔王が逃げ出してくれていなかったら、今頃ティティの命はなかった。


しかし、仮にも魔王。逃げたまま終わるとは思えない。必ずま向かってくるだろう。


かといって生身のままでは、ただのか弱い幼児である。

先程の「強虫」戦での圧倒は、ゴリラの魔法の補助効果があってのものだ。

いかに優れた動きが出来ても、筋力は普通の四歳児だ。


僕が葛藤しているその時、ティティに向かって石が飛んできた。

ティティはそれを軽くかわして、そちらを見る。

震えながら石を投げたのは、一匹のコボルトだった。

それを皮切りに、四方八方からティティに向かって石が飛んでくる。


まずい。


今の幼児の体で投石を食らってしまうのは、非常に危険だ…!

散々蹂躙してきたコボルト達ではあるが、腕力は普通の人間のそれを大きく上回っている。


「ティティ…!」


誠が声を掛ける前に、ティティは叫ぶ。


「ティティープリティーマンゴスティー!」


ティティの全身が肉色に光り、プリティーティティーに変態する。

魔法少女1stステージ。

見た目は少女趣味のかわいらしい衣装。

しかし、そこから漂う根源的な恐怖に、コボルト達はたじろぐ。


「だいじょうぶだよ、まことちゃん」


歪なステッキを構えながら、ティティは僕に言う。


「ティティはもう“ぐちゃぐちゃ”になんかならないよ。

ゴリラさんをいきかえすんだもん!」


先ほどより随分マイルドな見た目になった幼児に、コボルト達は勇気を奮い立たせ襲い掛かる。

それらをステッキと拳のみで次々と始末していくティティ。


見た目に反した規格外の強さにコボルト達がざわつき出した頃、足元のラジオから、けたたましいアラートが鳴り響いた。


📻


ザザザザー


ビーッ。 ビーッ。 ビーッ。 ビーッ。 


『いわれなきリベンジ』です。『いわれなきリベンジ』です。

直ちに避難してください。


『いわれなきリベンジ』です。『いわれなきリベンジ』です。

直ちに避難してください。


射程範囲はオロチマリア城全域に及びます。

頭を低くして、速やかに城から避難してください。


ビーッ。 ビーッ。 ビーッ。 ビーッ。


繰り返します…


💫


「キャワンッ」


突然、悲鳴と共に近くのコボルトの頭が爆発する。


「で、出たッッッ!!」


周囲のコボルト達から、悲痛な悲鳴が上がる。

ティティを取り囲んでいた彼らは、蜘蛛の子を散らすように駆け出した。


「ギャンッ」

「ギッ」

「クーン!!」


一定の間隔で、コボルト達の頭が悲鳴と共に爆発していく。

僕は、上がった悲鳴の主を凝視して、爆発の正体を見極める。


それは高速で投げ出されたこぶし大の鉄球であった。


「ティティ!!伏せろ!!!!」


法則を見出した僕は叫んだ。

鉄球を食らったのは、背の高い者ばかりだった。


🥺


世界を支配する至高の存在、十二魔王。

その中でも随一の体術を誇るオロチマリアであったが、彼女の真の恐ろしさは別にあった。


理不尽なほどの圧倒的暴力。

“魔球”、いわれなきリベンジ。


ティティが念を込めて投げ出した球体は、「魔球」となって生物を自動で探知、追尾し、衝突するまで止まらない。

オロチマリアの非常識な筋力から投げ出される球威は一撃の元に被害者の命を奪い、それは敵味方を問わない。


念を込め、大きく振りかぶり、全力で投球する。

オロチマリアはこれを、球が手元で落ちるまで延々と続ける。


投げた球が手元で落ちたその時、射程範囲内の全生物の死が証明されるのだ。


この理不尽な必殺技への有効な手段は2つ。


球は、“頭”の高さを基準に狙う優先順位を決定している。

オロチマリアからの距離に関わらず、背の高いものから先に狙われ、低身長は後回しにされる。

これは、より背丈の高いものの方が強敵と見做されるためだった。

それを逆手に取り、体を屈めて頭を低い位置にすると、少し寿命が伸びる。


そしてもう一つの方法。

実は、この必殺技の射程範囲に地面より下は含まれていない。

その為、城のあちこちにある非常口から地下に逃げてしまえば、一切この攻撃を食らうことはないのである。


コボルト達の悲劇は、「どうせ城の中で使うことなんてないだろ〜」と高をくくって、誰も真面目に避難訓練をしなかったことである。


故に彼らは、今パニックになっていた。


規則正しく100kgはある鉄球を投げながら、オロチマリアは思う。

球が全然に止まらないってことは…、兵士さんが当たりまくってるっぽい…、

と。

ちゃんと避難訓練したのになあ…。


しかし、だからといってオロチマリアは手を止めない。

腐っても魔王である。


🌂


「ほんとだ…、背え高い人から当たってる!」


コエダメがコラエライの頭の上で震える。


「で、ございましょう?

わたくし小柄故、いささか有利にございます。

コエダメ殿は頭から降りられないと、危のうございますよ」


「はよいえッッッ!!!!」


泡を食ってコエダメはコラエライの肩口まで降りてくる。


「それにしても参りました。

恐らく先ほどからの謎の攻撃…、「いわれなきリベンジ」でしたか。

どうやって狙われているのか見当も付きませんが、自動的に追尾されているものとお見受けします。

他の殿方様が鏖殺された時は、きっとこちらに狙いが向くでしょう」


「とにかく、“魔法少女”は絶対殺す。

オレが殺る、ぶっ殺す!!!

野郎、呼吸器官を止めて目ん玉くり出して心臓引きちぎってやる!!!」


コエダメが、らしくもない汚い言葉で息まく。全身が激しく震えている。

己が半身、いや、己が身よりも大切な相棒の命を奪われ、かつてないほどの怒りを抱き、戸惑う。


兵器としての本能が、彼を殺意の塊へと変貌させていた。


「いいか?お前は援護だ!

こんな訳の分からん球じゃなく、あいつのとどめはオレが刺す!

魔法少女を恐がらせろ!

あいつは恐怖するほどに鈍重な肉塊に変わってく、ただの頭の悪い幼児だ!

どいつもこいつもなんでアレを怖がるのか知らねえが、俺が全部やるから下がってろ!

お前が死んだらオレ達の敗北だ!チーソンは敗北を望まない!!」


「…頼もしゅうございますが、コエダメ殿…。

魔法少女様は、恐怖を感じて化けるのでございますか?」


「ああ、ラジオが何度か警告してた…、刺激をするな恐怖を与えるな…とか。

それに様子見たらわかるだろ、あいつは臆病者のシャバゾウだ!」


その普通に観察するということが、今まで誰にもできていなかったのだ。

圧倒的おぞましさによって。


蟲であるコエダメは、ほ乳類と美的感覚が違う。

チーソンの美しさを理解したコエダメも、×××××の醜さおぞましさは理解の外であった。


「いいか、致命傷は要らねえ!

目を潰せ指を折れ首を打て口を裂けその耳を引きちぎれ!!!!

とにかくガキに痛みを与えろ!!!」


「御意に」


コラエライが薄く笑う。

無論悦びの笑みである。


💫


誠は思い出す。


どんなにおぞましい×××××を相手取っても。

体がボロボロに崩れても、人間じゃなくなっても。

そして、姉である自分に見捨てられた時でさえ、ティティは一度も。

ただの一度も、逃げ出したことはない。


それは、大切なものを、僕を守りたいから。


ティティの真の強さは、誰かの為に動く時こそ発揮される。

精神を強く抑え、1stステージを保つ。鉄の意思は、これ以上の恐怖を許容しない。


変態した力は、ステージを増すごとに跳ね上がる。

しかし、その実一番戦闘に向いた形体は、変態の入り口。1stステージである。


ステージが進むと理性を失い、判断力の低下、行動力の欠如、ただただ拠り所を求めて徘徊する。

それは戦士というにはあまりに無秩序。

コエダメの言葉を借りるなら、「鈍重で頭の悪い幼児」となり果てるのだ。


多くのコボルトは、ティティのステッキのもとに、あるいは飛んでくる鉄球に敗れた。

辺りには屍が散乱し、立っているのはこの幼児ただ一人であった。


突如、中空から風切音がし、ティティの片耳がポトリと地面に落ちる。

しかしティティの顔色は変わらない。ニョキリと新しい耳が生えてくる。


「は、生えんのかよッ?!」


思わず突っ込んでしまったコエダメの声に向かって、ティティはステッキを振るう。

かろうじて回避をしたがバランスを崩し、コエダメの能力によって背景と同化していたコラエライが姿を現した。


ティティの瞳が四つに増え、顔面が奇妙に歪む。

「かけおちの、れーじょー…」


コラエライはスカートの端をつまみ上げ、会釈をする。


「上官の仇…」


その頬は、まるで恋する乙女がごとく真っ赤に燃え上がっていた。


「屠ります」



どこかで鉄球がコボルトの頭を貫く音がする。

足元のラジオが鳴る。


どこからか、不思議な歌詞の歌声が聞こえてくる。


📻


ザー。


定期放送です、各選手の殺人スコアをお伝えします。


🦍:0人

💫:72人

🐛:10人

🌂:106人

😢:742人


以上です。


いわれなきリベンジは、やや小降りになってきましたが、続いています。

可及的速やかに、城から避難して下さい。


また、魔法少女にご注意ください。

現在は1stステージで安定しています。

くれぐれも彼女の心の安寧を汚さぬよう、お気を付けください。


ザザーーー

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