🐛 × 🌂

🌂

狭く薄暗い通路の中で、女と少年が向かい合って座り込んでいる。


少年は顔立ちがまだあどけなく、幼い印象をうける。

その頭の上には少年の頭部ほどのサイズの巨大なナメクジが乗っている。


女は少年よりは年上に見えたがこちらもまだ若く、身体は少年よりも一回り小柄だった。

背筋をピンと伸ばした正座姿からは、育ちの良さが伺える。

胸には大切そうに、彼女の体躯には少し大きすぎる、水玉模様の雨傘を抱いている。


どちらも気品のある顔立ちをしており、向かい合う様子はさながら絵画の情景であった。

すすり泣きを続ける少年に、女が気づかわし気に声をかける。


「どうして、泣いていらっしゃるのですか?」


「…すみません、くやしくて…」


「わたくしに勝てなかったことがですか?」

少年は首を振る。

「先ほどわたくしに、お金玉を潰されたからでしょうか?」

少年はまた首を振り、ポツリと呟く。

「あなたと仲間になることが口惜しいんです」

涙をぬぐい、続ける。

「仲間だったら、もうあなたと戦う必然がない。永遠に、決着が付きません。

それが口惜しくて、泣いてしまうんです」


そう言った後に少年は、無理矢理に笑顔を作った。

「手合わせは出来るでしょう、でもそれは殺し合いではないんです。

同胞を殺すわけにはいかないから」


女は息を呑んだようにしばらく押し黙り、そして続けた。

「……以前、親友に全く同じ事を言われたことが、ございます…」


「それ本当に親友?!」


驚くべきことに、少年の頭上のナメクジが、人語を発した。

奇襲的ツッコミを受けた女は、戸惑いつつも答える。


「…ええ。1番仲の良かった……」


かつての友、メヌエッタ。

負けず嫌いで、誰よりも闘いを愛した、眩しい彼女。

女は、少年の瞳の奥に彼女の影を見出していた。


深呼吸をし、真剣な表情で、少年の瞳を真っ直ぐに見据える。

「わたくしは、戦闘妖精コラエライと申します。

貴殿のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?!」


「ぁ、……チーソンです。頭の上のはナメクジのコエダメです」

急な大声に戸惑いながらも、同じく姿勢を正し、チーソンは頭を下げる。


「チーソン殿。コエダメ殿。宜しくお願い致します。

貴殿の熱いお気持ち、わたくし、確とお受け致しました。

貴殿と肩を並べ共に闘えることを、心から嬉しく思います」


コラエライは、ポッカリ開いた胸の穴に、熱くドロドロとしたものが流れ込んでくるのを感じた。

もはや諦めていた、戦場を彼女と暴れまわる夢。


彼女はチーソンの手を取り、強く握った。

戸惑う彼の瞳を見据え、真剣に言葉を紡ぎ出した。


「わたくし。コラエライ・クオトアは。


戦闘妖精の名に置いて。


その命。罪業を。チーソンに託します。


彼の手となり足となり。刃となりて背を守り。


この体。血肉臓物髪一本に至るまで。


その全てを貴殿に捧げ。


貴殿が為。踊り狂い闘い朽ち果てる。


其を悦びとし、全うすることをここに誓います」


そして、彼の元に跪き、そのつま先にそっと口づけをした後に、

初めてニッコリと笑った。


「世界観が謎すぎるよッッッ!!」


ここまで黙って見ていたコエダメがついに声を上げ、その悲痛な叫びは、不潔な通路をこだました。


🐛

「お前らには、殺し合いをしてもらう」

黒服の二人組が提示した条件は、シンプルなものだった。


名誉あるゾワワグランプリの決勝戦において、明らかに意図的な反則。

次いで、軍学校からの脱走。

これは国家を、ひいては偉大なる総統様を侮辱する行為。極刑は確実。

加えてチーソンの容姿は目立ちすぎる。国に捕まるのは、時間の問題だった。


その黒服の二人組は、チーソンの立場を事細かく把握していた。

「俺たちならお前を国外へ、いや、別世界へ逃すことが出来る」

申し出はこの上なく胡散臭く、とても信用できる物ではなかった。


男はニヤつき、書類をヒラヒラとさせながら言う。

「参加すりゃあ、お前は別世界に行くことが許される。ここに拇印だ。

どうせお前らが生き残るすべは他にないんだ。そうだろ?」

その通りだった。それに状況は、これ以上悪くなりようもない。一も二もなくチーソンは同意をする。


必要最低限の説明だけを受けた2人は気がつくと、腐臭の漂う薄暗い通路に移動させられていた。

汚水に辟易としながら一本道を進むと、傘を担いだ頭のおかしい女に襲われたのだ。

女は恭しくスカートを持ち上げて頭を下げた後、些かの躊躇もなくこちらの首を狙った突きを繰り出した。


殺し合いとはこのことか?!


チーソンコエダメの両名は混乱しつつも、戦闘を開始する。

2人は獣がごとく、激しく争った。勝負はほぼ互角であった。


まず、チーソンの金玉が蹴りつぶされた。

そして、女の顔面がコエダメによって覆われ、その視界と、呼吸器官を封じたその時。


「そこまでです」


声を上げた女性が、両者の間に割って入る。

「こいつら頭が悪いのか?」とでも言いたげに口をへの字に曲げ、不満そうな面持ちをしている。


黒服の片割れの、大柄な女だった。

後ろから、同じく黒服の男が登場する。


「えらい好戦的だなあ。まあ戦士って人種は、そうあるべきなのかもね」

男はチーソンの側に屈み込み、その体を何度かさすった。

不思議なことに男にさすられると、チーソンの金玉その他骨折等はすっかり回復して元通りになったようだった。

男は今度は傘女の顔面からコエダメを引っぺがしながら、言う。


「悪い悪い。まだちゃんと言ってなかったな。

殺し合いとは言ったけど、相手は別にいるんだ。

お前ら2人は協力関係、仲間同士なん─」

刹那、傘女が動く。

呑気に話す黒服男の眼球に雨傘を突き立て、力一杯振りぬいたのだ。


黒服男は軽く吹っ飛び、背面の壁に体を強く打ち付ける。

そのままズルズルと腰を落としながら

「への字、こいつ黙らせて」

一言呟いた。


瞬間バネのように飛び当たった黒服女が、傘女の鳩尾に蹴りを叩き込む。

中空に浮き上がった傘女の軽い体を、続けて二撃三撃。

重力に従って地面に落下した体を更に四撃五撃六撃─

その体の中心辺りを、渾身の力を込めて蹴り続ける黒服女。


「もういいよ」

30発は入っただろうか、男が黒服女の肩に手を置いた。

女はようやく蹴りを止めるが、息ひとつ切れていない。


「悪い、忘れてた。

戦闘妖精って、男は全員敵と判断するんだったな。

“殿方”とか、そんなんだっけ」

呑気に話す男の突かれた筈の片目には、傷一つない


チーソンは、咄嗟のことにどうアクションを取っていいのかも、分からない。

辛うじてコエダメを回収し、2人から距離を取る。

試合という形でしか対敵した経験のないチーソンは、始まりと終わりのない喧嘩に慣れていなかった。


男は懐から、携帯ラジオのような物体を出し、チーソンに手渡す。

大柄な女は、トランシーバーのような物を取り出し、傘女に渡す。


「お前らの“端末”だ。分からないことは何でもこれが教えてくれる。

お前らは力を合わせて『伝説の勇者』、『魔法少女』と戦うんだ。

方法は自由、反則なし。

相手より長く生き延び─」


男は一瞬口をつぐむ。


「相手が両方死亡したら、お前らの勝利だ。簡単だな?」


男は傘女の体をさする。


「ほら、体治したぞ。お前ら仲間なんだから仲良くしろよ。

別に殺し合ってもルール上問題はないけどさ。なるべく長生きして欲しいからな…」

言い終わるやいなや二人組は煙の様に消えてしまい、そして冒頭に至る。


🌂

「この端末とやらは、どう使うものなのでしょう?」


憑き物が落ちたように大人しくなったコラエライは、端末を手の中で弄ぶ。


黒服を目にした時は反射的に頭に血が昇ってしまったが、コラエライにしてみれば、目の前の可憐な少年(+可愛いナメクジさん)は、どう見ても殿方には見えなかった。

先ほどの短い会話でチーソンに対する警戒心をなくした彼女の興味は、すっかり謎の機械へ移っていた。


「さっきのやつ!」

コエダメが大きな声を上げる。


「説明してよ!!ブツブツ呟いて、足にチューしたやつ!!」

全身を大きく震わせて叫ぶ。

なんだかそのままなかったことして流されそうな雰囲気に、焦っている。


「コエダメ」

チーソンが優し気に窘めるが、コラエライは非礼を詫び、説明を始める。


「先ほどのものは、わたくし共戦闘妖精が好んで使う口上です。

戦場で己が認めたものに生涯一度だけ使用できる、“姉妹の誓い ”。

チーソン殿は晴れて、わたくしの姉妹分となったわけです」


「姉妹て…何を勝手に…」

「ていうか僕、男なんだけど…」


2人のツッコミがハモる。


「生涯一度って言ったよね…」

「言った、確かに聞いた…」


2人はヒソヒソと話し合い、チーソンの方がおずおずと手を上げる。

「あのう…姉妹ってのがよく分からないんですが、具体的には何を…?」


手元の端末に夢中になっていたコラエライは、1テンポ遅れて顔を上げる。

「浪漫のない表現で申しますと、わたくしはチーソン殿の部下になったということですわ。ちなみに、チーソン殿が姉でわたくしが妹です」


「どう見てもチーソンの方が年下じゃん…」

コエダメが呟く。

「僕なんかが上官を務められるとも思わないんですが…辞退とか、できないんですか?」


勢いよく顔を上げたコラエライの表情は、驚きで満ちていた。

「わたくしでは不満でございますか!?」

「い、いえ、そういうことじゃなくて…」

「そういうことじゃん、全方位不満しかないじゃん。

この手の人にはハッキリ言ったほうがいいって、絶対頭おかしいもん」

コエダメが横から口を出す。


「誠に恐縮ではございますが、辞退はお受け出来ませんわ。

どうしてもご承知頂かなければ、わたくしを殺すより他ございません。

チーソン殿が望むのであれば、わたくしは一切の抵抗を致しません」


「そんな、困ります…。ちゃんと抵抗はしてくれないと…」

「そこじゃないんだよチーソン!」


コエダメは叫ぶ。

タアシイ助けて。


「どちらにしても、わたくしの前に屠らなければならない方々がいます。わたくしはこの決闘の為に地獄の淵より舞い戻ったのです。

戦場に於いて、お相手の情報は金にも優るもの…。

この機械を使えば何か分かりそうなのですが、スイッチを押しても動かないの

です」


のんびりとした口調で、コラエライは視線を手元に戻す。

どうやらこの女性、随分とマイペースな性格のようだ。戦闘時の鬼気迫る様子とのギャップが激しい。


「…ちょっと見せてよ」


コエダメはトランシーバーの上をネチネチと這いずり回り、

「あった、主電源のロックが掛かってたんだね」

コラエライに返す。


コラエライは手を合わせて目を輝かせる。

「まあ!すごいですわ、コエダメ殿!」

「コエダメはガジェット系に詳しいんです、ナメクジなのに」

2人の反応にコエダメの体が、若干膨らむ。


「でもちなんだかネチョネチョしますわね」

「そこはナメクジですから」

今度はコエダメの体が萎んだ、伸縮自在なのだ。


コラエライがトランシーバーを口に当て

「申し申し」

と語りかけると、

「同志コラエライ。ご質問をどうぞ」


微かなノイズと共に、女性の声が返ってきた。


「まあ、どちら様ですか?」

「わたくしは貴殿らの決闘を全身全霊でお助けする、そのためだけの存在にございます。魂に誓い、同志コラエライの勝利を」


わずかな雑音の向こうから、キビキビとした聞き取りやすい声で、女性が続ける。

その真剣な声音を受けて、コラエライは頷く。


「かしこまりました、信じましょう。

ええと…、『殺し合い』について、よろしいでしょうか?」

「何なりと。同志コラエライ」

「まずそれは、いつ始まるのでしょう?」

「あと6時間40分後です」

「お相手はどんな方ですか?」

「『伝説の勇者』と『魔法少女』です、それ以上の情報はございません」

「戦場はどういった場所でしょう?」

「情報はございません、時間になると強制的に移動させて頂きます」

「物資は?」

「現地調達」


「なるほどです、わかりました」


「なんもわかんないッッッ!!」


思わずコエダメが突っ込む。

不明なことだらけだった。


「あら、そうですか…?では、あなた方。ご質問をどうぞ」


おっとりと勧めてくるコラエライではあるが、そう言われてみればコエダメも何も思いつかない。


殺し合いが終わった後のことを聞き出そうとしたが、どの道2人にいく場所などないのだ。第一、この端末とやらをどこまで信用していいのかもわからない。


「あのう。このラジオっぽいのの使い方が分かりません…」

チーソンがおずおずと声を上げた。

「どこに合わせても雑音しかしないんです」


「同志チーソン。

それは同志チーソンの世界観の一般的なラジオと、使用法は相違ございません。

ただしそちらの端末で放送されるのは、我々の決闘の実況中継のみです。

闘いが始まるまで放送はございません。

また、番組構成の仔細も、情報にございません」


「…そうですか。早く聴きたいな」


質問タイム終了。

もっと訊くことがある気もするが、なにも思い浮かばない。


「お相手の方のお名前しか分からないのであれば、対策の立てようもございませんわ」

コラエライが頬に手を当て、上品なため息を吐くと

「そうでもありません。この二つ名だったら、ある程度ですが、予想は出来るかも…」

チーソンが返し、二人でボソボソと会議が始まった。


「…あくまで…僕の予想なんですが…」

「…確かにその方法だと、魔法少女様は、簡単に屠ることが可能でございますね…」


魔法少女と勇者の定義について盛り上がっている。

戦闘狂同士、気が合うのかもしれない。


なんだか目蓋が重たくなってきたコエダメは、ゆっくりと目を閉じる。

(通常のナメクジに目蓋はない)

いきなり色々なことが起きすぎて思考がボヤける。

しばらくすれば、戻ると思うんだけど…、今はしんどかった。


「ね、コエダメはどう思う?」


しかし、眠りに落ちかけては2人に起こされることを繰り返し、なかなか熟睡できないコエダメなのであった。

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