👹 やまんばちゃん

昔々のことじゃった。

山の奥の、そのまた奥の、ずーっと奥に、小さな村があったそうな。


その村の近くには、恐ろしい山姥が住んでおった。

子供はさらうわ、家畜は丸呑みにするわ、たびたび村のものに悪さをするので、たいそう恐れられておったんじゃ。


山姥には一人娘がおってな、このこは親に似ずひと懐っこい。

いつも村を遠くから眺めては、みんなと仲良くしたいと思っておったんじゃと。

そこで娘は、西にきこりを見つけては、「おらがやるだ!」と大木を素手で切り倒し、東に馬引くものあれば「おらがやるだ!」と馬ごと荷物をもってやり、なにかにつけて村人を助けて仲良くなろうと頑張ったんじゃ。


しかしなあ、娘の顔の恐ろしいこと、顔には女であるにもかかわらず髭がもじゃもじゃと生え、大きな目はつりあがり爛々と光り、開く口からは刃のような牙が飛び出しておった。


そんなわけで、せっかく助けてもらった村人達も「ひええ、お助けえ!」と一目散に逃げ出してしまうのじゃった。

それでも娘はみんなの役に立てたというだけで、満足じゃった。


まあなんだかんだ言うても、平和な村じゃったんじゃな。


しかしな、ある日から人食いグマが現れるようになった。

クマは毎晩のように村を襲い、その度に死人が出ておったので、村人達はたいそう困り果てたそうじゃ。

みんなでどうすべえ、と相談しておると、娘が現れて「おらがやるだ!」と、クマ退治を申し出た。

村人達は最初は恐れたが、そういえばだーれも娘に悪さをされたものはおらん。

それじゃあ、と頼んでみることにしたんじゃと。


さあ、生まれて初めて頼りにされた娘は大張り切りじゃ。

意気揚々と山に入っていくと、クマに相撲を申し込んだ。

「おらが勝ったらもう村を襲わんと約束してくんろ。ただし、もしおらが負けた時は、おらを食ろうてええ。世にも珍しい山姥の娘の肉じゃあ。」

それを聞いたクマは、喜んで娘と相撲を取ることにしたんじゃ。


ところが娘のめっぽう強いこと、上手投げに下手投げ、張り手押し出しねこだまし、クマは手も足も出ずに何度も何度も倒された。

心配して影から見守っていた村人達も、拍手喝采じゃ。

やんややんやと囃し立て、調子に乗った娘は更に活躍する。

クマはコテンパンにされてほうほうのていで山奥に引っ込み、以降人間を見るだけで逃げ出してしまうようになったんじゃと。

それからというもの、すっかり心を開いた村人達は、娘と仲良くするようになったんじゃ。


すっかり人気者になった娘じゃが、さあ面白くないのは娘のおっかあ、つまり嫌われ者の山姥じゃな。

娘が村人達に騙されたと思い込んだんじゃ。

娘を穴ぐらに閉じ込めて、大きな石で蓋をした。

そして、村まで降りてきて、村人達にこういったんじゃ。

「おまえらが娘を騙しとることはわかっとる。今後一切娘と仲良くすることは許さん。

ただ、言うたところでおまえら人間は嘘つきじゃあ。信じることはできん。

そこでな、おまえらが反省している証拠として、村の子供を一匹差し出すんじゃ。

うちの娘と2人で食ろうてやるわい!」

そういって、また山に戻っていった。


さあさあ、困ったのは村人達じゃ。

別に騙した覚えもないのにそんなこと言われても、たまったもんじゃないわな。

でも誰かを出さないと、怒った山姥はなにをするかわからない。

みんなですっかり頭を抱えてしまったと。

すると、穴ぐらからこっそり抜け出した娘が出てきて、こう言った。


「おらがやるだ!」


娘はまずヒゲを綺麗に剃り落とし、口からはみ出した牙を折ってしもうた。

ボサボサの髪には櫛を通して綺麗なおべべを村人に着せてもらうと、どこにでもいる人間の女の子に見えるようになったんじゃ。


その夜のこと、娘は山姥の元を訪れた。


山姥は、子供が自分の娘だと気づかなんだ。こう言った。


「ほうれ見たことか。

自分たちのために子どもを差し出すなんぞ、やっぱり人間は信用できんわい。」


「どうぞ、おらをお食べください。

ただし、痛くないように、一息に丸呑みにして頂けないでしょうか?」


娘がそういうと、山姥はよしよしと頷いた。

一気に丸呑みにすると、そのまま横になってグウグウ眠り始めたんじゃ。

娘は山姥がぐっすり眠り込んだことを確認すると、腹の中から大暴れ。

山姥は、とんでもない腹の痛みに目を覚まして慌て出した。


「痛いいたい、こりゃたまらん!」


七転八倒、苦しみに苦しんで涙を流して叫び出すが、痛みは収まらない。

そこで山姥は、近くの池まで行ってガブリとたくさんの水を飲み込んだ。

そして腹の中の娘ごと、全て吐き出してしもうた。


「いかんいかん、人間なんて食うから、腹を壊してもうたわい。おい、人間!どこへとともなり消え失せろ!」


吐き出された娘に声をかけると、さっさと山に帰ってしまったんじゃと。

よっぽど苦しかったんじゃろうなあ、それ以降、山姥が人にちょっかいを出すことはなくなったんじゃあ。


意気揚々と村に帰った娘じゃったが、村人達はどこかよそよそしく、礼もそこそこに、みんな帰ってしもうた。

恐ろしい山姥をもこらしめる、娘の力が怖くなったんじゃな。

てっきりもっと仲良うなると思っとった娘はガッカリしたが、たとえ恐がられても、みんなの役に立てたので満足じゃった。


さて、こんな小さな村じゃったが、一応守り神様がおってな。


村はずれの小さな社の小さなろうそくの上で、更に小さな体をちょこんと乗っけて日がな一日眠り込んでいる、

なんとも怠け者の火の神さまじゃった。

そして、一年に一度のお米の収穫祭の時は社からのっそり出てくる。

村中を回ってその体から不思議な種火を分け与えてな、種火と引き換えにその年の収穫したいくらかの米を貰い、

まーた一年眠りこけるんじゃと。

そんな風に一年に一度だけ働くので、村人達からは呆れを込めて「イチネン様」と呼ばれておった。


ところでこの種火、ただの火ではない。

灯すと、家内安全無病息災で一年を過ごすことができる、たいそう役に立つ火なんじゃと。


不思議なことに村の中では、この種火からしか火が増やせんで、

与えられた村人は、その火を次のお祭りまで絶やさず燃やし続けねばならんのじゃった。

そんなわけで村人たちにとって、大切な種火を作るイチネン様は、いなくてはならない存在じゃったんじゃ。


ある年のこと、まーったく米がとれん、大不作の年があった。

それでも収穫祭はやってくる。米を貰いにイチネン様がやってくる。

さあ、捧げる米がないというので、村人たちは困り果ててしもうた。

といっても種火を貰わねば、厳しい冬の寒さを越えることはできんでな。

みなで連れ立って、謝りに行くことにしたんじゃと。


すると、米が貰えないと知って怒り狂ったイチネン様、みなにこう言った。

「ようし、ないものはもうしょうがねえ。ただしな、捧げものがないっちゅうんじゃったら、種火も上げるわけにはいかんわい」

社を閉じて篭ってしまい、うんともすんとも言わなくなってしまったと。


村人たちは後悔したが、もう遅い。

どうやってイチネン様に許してもらおうか、ああでもないこうでもないと、集まって話しおうとったんじゃ。

そこに娘が現れた。


「おらがやるだ!」


言うがはやいか、家畜のためにとっておいた干し草をもりもりと食べ始めたんじゃ。

村中の干し草を食べつくす頃には娘の腹はパンパンに膨れ上がり、体は二倍にも三倍にも見えるほど大きくなった。

娘は苦しそうに腹を何度かさすった。

すると不思議なことにな、さすればさするほど、腹の膨らみは小さくなっていき、仕舞には、元のちっこい娘に戻ってしまったんじゃ。

そして、村で一番大きな木のそばに立つと、その口からどでかい炎を噴き出したんじゃ。

娘は燃え上がった木を指さしてこういった。


「この火をみんな持って帰るとええ。」


村人達は恐ろしいやら嬉しいやら、火だけ貰うとみな礼も言わずに家に逃げ帰ったんじゃと。

一人ポツンと残った娘は、それでも満足じゃった。

これでみんな冬はこせそうじゃあと、一安心しておったんじゃ。


さて、一方社のイチネン様じゃ。

あの日からずーっと閉じこもって、村人たちが謝って米を持ってくるのを待っておった。

ところが一日経っても二日経っても、だーれもやって来やしない。

これはおかしいと、村まで様子を見に行った。

すると自分が出した火ではないものをみんな使っておる。


たいそう腹を立てたイチネン様は、体を普段の十倍くらいまで膨れ上がらせた。

天を突くような巨大な体になったイチネン様に、村人たちは震えあがってしもうた。


「守り神であるわしを差し置いて、誰からこの火を貰ったんじゃ。言えい!」


村人達は、慌てて山姥の娘が用意したことを伝えると、更にイチネン様は怒鳴り散らした。


「おまえら、薄汚い山姥なんぞから助けてもらって、恥ずかしいと思わんのか!?

こんな村は滅びてしもうた方がええ!!」


言うが早いかイチネン様はその体を激しく燃え上がらせ、村中の田や畑、家々を焼きはじめよった。

村人たちは逃げ回り、必死に赦しをこうたんじゃが、イチネン様は止まらんかった。


騒ぎを聞きつけて、飛んで来たのは山姥の娘じゃあ。


「おらが勝手にやったことで、村人たちはなーんも悪くないんじゃあ。

どうか暴れるのをやめてくんろ!」


娘は手をついて謝ったが、イチネン様はギロリと睨みつけて、こういった。


「薄汚い山姥のいうことなんぞ、信用できん!あとでお前も燃やしてやるから待っておれい!!」


全く暴れまわるのを止めてくれん。

慌てた娘は、深く息を吸い込んで体を大きく膨らませると、イチネン様に踊りかかった。

娘が腹から火を噴くと、イチネン様は息を吹きかけてかき消す。

イチネン様が火を噴くと、今度は娘が風をおこす。

取っ組み合い、つかみ合い、今度はクマの様に簡単にはいかんかった。争いは、三日三晩に渡って続いたんじゃ。

そして争いが続くごとに最初は大きかった二人の体も、どんどん縮んでいった。


最初は恐る恐る見守っていた村人たちじゃが、次第に娘を応援しだした。

中にはイチネン様に石を投げたり、鍬や鋤を持って加勢するものまで現れだした。

娘はなんせ、冷たかった村人たちに応援されたのが嬉しくて、一層力が入るのじゃった。


戸惑ったのはイチネンさまじゃ。

今まで神さまとして大事に祀られて、人に攻撃されたことなんぞない。

それが今や、村人総出で自分に攻撃してくるんじゃ。

気が動転して、すっ転んでしもうた。


すると、その隙を見逃さなかった娘。

三日三晩の争いですっかり縮んでしまったイチネン様の体を、パクリと飲み込んでしまったんじゃ。


村人たちは、やんややんやの大喝采の後、疲れ果ててしもうたんじゃろなあ。

みな、その場にどたりと寝込んでしもうたんじゃ。

そして目がさめると、どこにも娘の姿はなかったんじゃと。




まるでカラスのような真っ黒い着物の男女に連れられて、娘は歩いておった。

男の方は首元に荒縄を巻き、ぶらりとぶら下げている。

女の方はなんとも大柄な体で、つまらなそうに口をへの字に曲げて、のっしのっしと後ろの方を歩いておった。


男が呆れた口調で呟いた。


「困った時には力を借りて、平和になると恐がって避ける。

なんとも身勝手な村人じゃあ。そう思わんか。」


言われて娘は


「いんや、おらがいつも勝手にやってただけだ。

村人達は、なあんも悪うない。

わしは、みんなの役に立てばよかった。じゃが、大迷惑をかけてしもうた。

もうあの村にはおれん。」


そう答えて、シクシクと泣き出すのじゃった。


「泣かんでええ」


男が慰めるように、言った。


「おらがお前さ必要としてるもんのとこへ連れてってうやるだ、だから泣かんでええ」


そうして、三人は何処かへ消えてしもうたんじゃと。


娘が火をつけた大木は、不思議なことに、雨が降っても風が吹いても、いつまでも消えることなく、寒さや獣から村を守り続けたんじゃと。


最後まで村人達の為に頑張った娘は村人達の胸に強く残り、その志を子々孫々まで、繰り返し、繰り返し、語り継いだそうじゃ。

人のために尽くしなさい、山姥の娘のようになりなさい、と。


どっとはらい。

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