👣 世界最強のあしのうら


彼女が「世界最強の足の裏」の異名がついた経緯についてご説明しよう。


女は貴族の子女であり、裕福な出自であった。

彼女は幼い頃から虫を踏みつけるのが大好きだった。

いや、それは正確な表現ではない。

虫を「踏み殺すのが」好きだったのだ。


最初は、砂糖に集るアリを踏み殺した。

踏んでも踏んでも、なお砂糖に群がるアリが大好きだった。


しかし、次第に興味を失ったのか(あるいは近くのアリを踏み尽くしてしまったのかもしれない)、

遊びは次の段階に移行した。


次に彼女が目を付けたのは、甲虫だった。


それは、アリの時とは全く違う感触。

踏み潰すのに力が要るほど、手間がかかるほど、彼女は喜んだ。

どんな硬い甲虫や、たとえ毒虫であろうとも、全て素足で踏み潰すことにこだわった。

そういったことを繰り返したので、彼女の足の裏の皮膚は、硬く、強く、そして美しく成長した。


ただ、趣味嗜好こそ変わってはいるものの、彼女自身は人当たりもよく高貴な少女だった。

誰かに危害を加えるようなことも、なかった。


一線を超えるきっかけは、屋敷に出入りしている1人の芸術家の男だった。

ふとした折、彼女の雄々しく気高い足の裏を、

どんな芸術品にも勝る、その足の指の指紋を見てしまった芸術家は、矢も盾もたまらず彼女に懇願した。


どうかその足で自分の顔面を踏んで欲しい、と。


異常な嗜好を持ちこそすれ、うら若き乙女である彼女。

当然最初は狼狽し、断った。

しかし彼のあまりに激しいアプローチに、とうとう自らの足の裏を晒し、行為に及んでしまう。


顔を踏まれ、その完璧な足の裏を顔面で感じた芸術家は、感動のあまり気を失い、失禁した。

その時彼女はなにを考えていたか。

それは恥じらいだとか、あるいは興奮だとか、そういったものではなかった。

脳裏にあったのは、一点。


どう力を込めれば、この顔を踏み潰せるか。


芸術家のその後については省略する。

以上が開花の経緯である。13になる年であった。


話は変わるが、この国では圧政のガス抜きとして、罪人の公開処刑を行なっていた。

日頃溜まった鬱憤を晴らすのに、それは民にとって最高のショーであった。


それまでの処刑人のスタイルは、物騒なものだった。

大男は顔が分からぬように布袋を被り、巨大な斧で首を切断する。

血湧き肉躍る残酷なショーである。


そこに突如現れた乙女の処刑人は、大きく話題となる。


人々は最初彼女を訝しみ、やがて受容し、そして虜になっていった。

その女は、染みひとつない純白のワンピースに身を包み、道具を使わず、足の裏のみで処刑を実行するのだ。

顔面を、無慈悲に踏み潰すのである。


未成熟な細い脚をひとたび振りかざすと、まるで巨大なハンマーであるかのように、容赦なく罪人の頭を粉砕するのだ。

彼女もまた布袋を被っており、素顔はわからない。

しかしその全身からは、隠しきれない気品が漂っていた。


その足の裏を間近で見た罪人たちは感涙し、踏み潰される瞬間に失禁した。

踏み殺されたくて、わざと罪を犯すものまで現れた。


彼女は1日に平均13名を割り当てられ、それらを全て素足で処理した。

それは彼女の任期である3年間、1日の休みもなく実行された。


任期中に、ただの一度だけ誤って踏み外し、石畳を踏み抜いたことがある

刻まれた足型は、彼女の指の指紋の一つ一つまでもが仔細にわかる程、くっきりと残されていたという。

後世の学者はこう評す。

「人間には不可能な所業」


処刑人が一体どこから現れたのか、何者であるのか、記録は残っていない。

ただ、任期中の彼女の年齢(16~18)だけが、申し訳程度に記されている。


彼女の記録と思しきものが再び確認できるのは、その一年後。

とある戦場の記録によるものだ。


地獄の最前線、満潮のサクリファイス。


10万を超える兵同士がぶつかり合い、もはやどこからが敵でどこからが味方かわからず、

血の匂いを帯びた蒸気と、屍と、圧倒的な理不尽が大地を覆う、呪われた戦場である。


兵たちが疲弊し立ち止まり、あるいは発狂して走り回る中、ただ1人、ゆったりと歩いている者がいた。


彼女である。


彼女は器用に敵兵だけを見分けると、その顔面を、まるで野花を踏みつけるように慈しみ深く、

包むように、労わるように、思い切りよく、踏み殺していった。

軽やかに動く細い脚が次々と敵兵の頭を砕き、背骨を折り、命を吸うさまは、まるで魔法のようであった、

と当時の生存者は語る。


それは一方的な殺戮であるにもかかわらず、その戦場の唯一の救いであった。

敵兵は一瞬の天国を味わった後に、絶命していった。


記録では、彼女が戦場にいる間、ただの一度も地面に足をつけなかったということだ。

敵兵の顔面から顔面へ、踏み殺しながら移動していた為である。

もちろん、全ての敵兵が喜んで踏み殺されたわけではない。

激しく抵抗する者もいた。


そういった輩を相手取る時、彼女はむしろ嬉々として、丁寧に標的を踏みつけた。

顔面に及ばずとも、「足の踏み場」は無数にある。

肩を、胸を、背中を、膝を、リズミカルに踏みつけた。

最後は天を仰ぎ満身創痍の兵士に対し、その命絶えるまで踏みつけを繰り返すのだった。

残された屍は、二目と見れない残酷なものであったという。


しかし彼女の活躍にも関わらず、彼女の祖国は敗北する。

悪夢が終わったのち戦場を去りゆく彼女の、血にまみれた足跡のみが点々と残っていた。

だがその足跡は、ある地点でパタリと消え、それ以降は荒野が広がるのみであった。


以上がことの経緯であり、記録はそこで終わっている。


彼女の家は、彼女が15の時に破産している。


家の主人である父は、金策により多忙で、家にいることは稀であった。

たまに帰ると、まだ幼かった彼女は一生懸命マッサージをして、父に尽くした。

非力であった彼女は、父の背中に乗り、体重をかけて踏むことでコリをほぐしていた。


「おまえのマッサージは気持ちいいな。」


父はよく、彼女に語りかけた。


「まるで神の足だ、おまえにこうしてもらうと幸せになる。」


たまにしか会わない娘に対して、特に話題もない。

間を持たすために、父は繰り返し彼女の足を褒めるのだった。


「お前の足は神の足だ、踏まれると幸せになる。」と。


彼女が死刑囚を屠る際に踏み外した足型は、今も某美術館にて展示されている。

力強く刻まれた彼女の足の指の指紋は、今もなお人々の心に感動を届けているのだと。



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