にゃんにゃんパラダイス

@wazin9797

第1話

その男は、物心がついた時から猫が大好きだった。

それは、家庭で4匹の猫を飼っていたことが影響している。


周りを見渡せば常に近くに猫がいた。

人間の赤子を思わせる可愛らしい顔つき、もふもふとした毛並みの触感、甘えた様に鳴くその声全てに、日に日に幼年期の男は虜になっていった。


中学生になったある日、男はいじめられるようになってしまった。きっかけは、告白してきたクラスメイトの女子に対して「お前みたいなブスとは付き合えない」と罵ってしまったことだ。だが、裏腹にその女子は傍目にはかなりの美形で、他の男子から大人気だった。では何故、そんな子の求愛にノーを突きつけたのか。単に男のタイプでは無かった訳ではない。そう、男はもう既に、人間の女になど全く興味が無かった。


いじめが激しくなるにつれて、男は更に猫への想いを強めていった。僕の周りの人間は悪意に満ちているが、猫は何も言わず僕に寄り添ってくれる、と。


そして男は「猫と話せるようになりたいな」と思うようになった。一見、幼子の可愛らしい空想の様に思えるが、男のそれは本気だった。


男は、その日から熱心に勉学に務めた。何もかもを差し置いて、ただ一心不乱に夢に向かって。休日は一昼夜机に向かうことも珍しくなかった。

そして、順調に高校、大学と歩みを進めていき、ついには研究者になることが叶った。


男は、大人になっても常に孤独だった。周りの研究仲間には、研究内容を伝えると「頭がおかしいんじゃないのか」と謗られた。だが正確に言うと、男は自らを孤独だとは思っていなかった。

なぜなら、自分の周りには常に猫がいたから。子供の頃から飼っていた猫は、全員年齢で亡くなってしまったが、今はその子供達と暮らしていた。中でも、彼が一番手塩にかけていたのが、スコティッシュフォールドの子猫だった。その愛は異常なまでで、昼夜を問わず自らの横に常に置いていて、研究室にまで連れてきていた。


そして数十年の月日が流れた。


──ついに、男は悲願を果たした。 それは猫の頭部に、脳波を読み取る小型精密機器を取り付け、それをコンピュータに接続し、PC越しにコミュニケーションを取るというものだった。しかし、その頃には男は既に白髪が生えかけていた。人生の全ての時間を猫に費やしたのだ。研究が達成されたと知った時は皆が男を褒めたたえた。一日の内に、その報告が町中に知れ渡り、瞬く間に男の研究室に大勢の人が訪れた。

男は報われたな、と感じた。


*****


次の日の翌朝。男は、血みどろの状態で発見された。たった1匹の猫を除き、飼っていた全ての猫と共に、血の海に溺れていた。解剖の結果によると、首をナイフで一刺しだったらしい。自殺だった。

どうやら、現場となった男の自室のコンピュータには、このようなメッセージが残されていた。


「あなたに幼年から一途であり続けた。どうか私と結婚して欲しい」


そのPC画面の隣には、頭に機器を取り付けられた1匹のスコティッシュフォールドが佇んでいた。


──どうやら、勘違いや独善の類は、良薬にも毒薬にもなりうるようだ。

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