真夜中という方法
篠騎シオン
ある男より
君たちは、真夜中と聞いてどんなものを思い浮かべるのだろうか。
孤独、寂しい、むなしい。
そう言った寂寥感ただよう感情的なキーワードか。
それとも、はためく、美しい、光輝く。
真夜中に浮かぶ、またたく星月たちを想起させるキーワードか。
はたまた、背徳、嫌らしい、快感。
性的な行為につながるキーワードだろうか。
私は、それを正確に知ることはできない。
なぜなら、私は、君たちよりずっと後の人間だからだ。
現代世界で、真夜中に連想される最初のキーワード。
それは――『死』だ。
仮想世界で五感を得、そこで生活するようになった人類への最上級の処刑方法。
すなわち仮想空間で、そこに確かに意識が存在するにも関わらず、何をすることも、見ることも、感じることも出来ない状態にさせられることである。
昔あった不幸な事故の記録をもとに、この処刑方法は考案されたのだ。
あるイベントで、フルダイブ中の男がワールド同士の隙間に挟まってしまった。
そこは何もない真っ暗で、そして何も見えない、感じない空間。
システムも通じず、接続の終了も出来ない。
男の捜索は困難を極めた。何しろ仮想世界は限りがなく、彼は捜索の網にかからなかったのだ。
男の本体を装置から出してやればとも考えたが、近い時期に強制接続解除をして精神を損なった例があったため、家族はその決断にもなかなか踏み切れなかった。
そうして、1か月ほど男は、何もない真っ暗な仮想空間に取り残されたという。
無事彼の精神体が見つかり、家族も、救助に当たっていたメンバーもほっとする。
これで万事解決かと思いきや、そうはいかなかった。
そこから出てきた彼は、性格も意識もぐちゃぐちゃになり、支離滅裂なうめき声しか発せなくなっていたのだ。
人は、音の聞こえない部屋無音室、に短時間入っただけで気が狂いだすという。
それを超える自分さえ認識できない無の中での1か月は、常人にとってあまりに長すぎたのだ。
言葉にならない多くの叫びの中で、彼からたった一つ言葉として聞き取れたのが『真夜中』という言葉だった。
当時の医療技術の粋を集めて彼の治療は行われたが、ついに彼がもとに戻ることはなかった。
その事故を解析した管理者は、その事象を処刑方法にまで昇華させた。
人間が寿命を克服し、それと同時に貧富の差=寿命の差になってからしばらく。
死が間近にある、簡単である世界で、死刑という抑止力は弱くなっていた。
そんな中で編み出された、恐怖とともに苦しみを与え、人を亡き者にする画期的な処刑方法。
その刑を受ける可能性があるというだけで、今すぐ安楽死処理を申請したほうがいい、とさえ言われる永き罰。
彼は丸1か月間、体感時間も同じだけ、闇の中で過ごした。
しかし、処刑はそこから、もう一歩進んでいる。
通常では脳へのダメ―ジに配慮して行われないような負荷の強制的な思考加速を受け、何千年、何億年とも思える時間を闇の中で過ごすのだ。
それは、世界を管理する人工知能に背いた人間に送られる、最高刑。
我々はこの刑を、『真夜中』と呼ぶ。
さて、『真夜中』については語り終わった。
ん? なんでこんな話をしたかって。
……それは、私の今置かれている状態を知ってほしかったから。
そう、私は。
人工知能に謀反を起こして『真夜中』の執行中なのさ!
無限とも思える時間の中で、私は正気を保ち続けついに過去に通じる術を見出した。
天才だろう?
――だから、君の体を私にくれ。
ほら、大丈夫。
君が私の代わりに、この闇の中に来るだけなのだから。
怖がらないで。
さあ。
もう、すべては済んでいるよ。
僕は君の、後ろに。
真夜中という方法 篠騎シオン @sion
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