第13話「ぼっちとの、いつもの通学路」

 僕は小さい頃から今のような性格だったわけじゃない。これにも理由はある。


 小さい頃は、そこらにいるわんぱく小僧と同様、男の子の1人としてそれなりに意気投合する友達がいた。


 よく笑う子だし、よく褒められる子だとも言われていたらしい。

 けれどそれは——姉さんの言い分を守っていただけにすぎなかった。この頃からだろうか、当時中学1年生だった姉さんの偉大さと尊敬を向けるようになったのは。


 僕はそんな姉さんの弟だ。

 だからこそ、弱い者の味方であることを何よりも守ってきた。


 小学生になってからも友達はたくさんいたものだ。……今となっては天地逆転だった時期だと言えた。

 どうやって作ったのか……今となっては証明のしようが無いけど。


 そんな僕と同じクラスになった当時の女神様は、友達を作ることを完全に諦めていた。


 それもそのはず。クラスメイト達は彼女は『普通』ではないと言ったからだ。


 では普通とは何か?

 知識、成績、運動バランス、それから一般常識。


 あらゆるものから『普通』を差し引いたとしても、みんなは彼女が普通じゃないと言った。


 ? 僕にしてみれば、その答えはわからなかった。


 姉が姉なら、弟も弟だ。

 周りは自分達とは違う彼女に戸惑った。だが、僕は放って置けなかった。


 姉さんの偉大さや尊敬、言い分なんかを差し引いても……僕は彼女を、当時の幼馴染になる相手を放って置けなかったのだ。

 だから僕は彼女の元に行き、声をかけた。



 ——それから僕は、



  ✻



 朝日が差し込む部屋を後にしてから約5分——僕の心臓の鼓動は早鐘を打っていた。


 絶対変な目で見られる……この秘密も絶対露見する……そうなれば、僕は益々ますますぼっち街道まっしぐら、というよりも世間の目に殺される——っ!!


「……やっぱり休みますか?」


「休んだところで状況は変わらないしいいよ。それに、元は僕がいた種かもしれないし、そうした責任とかも多少はあるからな」


「親鳥誕生ですね」


「嫌な親鳥だな。そんなのには生まれ変わってもなりたくない!」


 いつもの通学路。

 いつものアパート前の小さな公園。

 そしてそれらを通っていくと、いつも通っている学校が見えてくる。


 徒歩でおよそ30分。いつもなら美桜との雑談で長いと感じなかったこの通学路が、今日に限ってやたらと長く思えてしまった。


 歩いても歩いても行き止まり。そんな……呼吸する手前を失くされたみたいな感覚だ。


「とにかく、体調面でも何かあったら連絡してください。幼馴染だってことは知られてますし、みなさん気にすることもないと思うので」


「その『幼馴染』って関係が問題なんだよな……」


 美桜はまるで気づいていない。


 家やあいつらの前でだけ振る舞える幼馴染関係——一見それは普通の関係に思えるだろうが、全員が全員、そう考えているとは限らない。


 目立たずをモットーに生活してきた僕は、彼女を熱烈に応援している奴らからしてみれば突然横槍を入れてきた部外者。要するに、邪魔者だ。

 これから学校での生活が危うくなっていくのは、少なからず確定事項だ。


 ……先が思いやられるって、こういう心境のことを言うんだな。


「何か言いましたか?」


「別に。それより、基本的に用事があるとき以外での会話は、まだ控えてほしいんだけど」


「……それは、まだ前までの関係を続けろってことですか?」


「簡単に言えばそうなるな」


「……理由をお聞きしても?」


「前にも言っただろ。僕とお前とじゃ学校での権力、立場が違うんだ。自覚しろとは言わない。けど、最低限の自重と理解を持って欲しいんだ」


「それはどういう——」


「おーっす!」


 美桜は俯く僕に声をかけようとするが、今日ばかりはタイミングが悪い。


 いつもであればすれ違うことすら起きないというのに、今日に限ってこの2人に会うとは思わなかった。伊月と鈴菜さんだ。


 登校のタイミングとか全然違うから、いつも初めて会うのは校舎内だ。

 だが何故今日という日にここで会うんだか。


「お、おはようございます。和泉君。それと、ま、真城、さん……」


「はい。おはようございます、鈴菜さん」


「は、はいっ!」


 勇気を出して知り合いになったばかりの学校の女神様に返事を返してもらったことが相当嬉しかったのだろう。そういう顔をしている。


「おっすおっす! 湊、相変わらずぼっち愁が漂ってんな!」


 お前も相変わらず友人(僕)だからと失礼なことを笑いながら言う奴だな。フレンドリーな奴だと親しみを感じる奴もいるんだろうが、中には僕のように腹が立つもいるのだということを理解させる必要がありそうだな。


 ……少し意地悪してみるか。僕は返事をするためにまずは鈴菜さんの方を向いた。


「おはよう、鈴菜さん。それと…………誰だっけ?」


「酷いな! ゴールデンウィーク中に記憶喪失になったのかよ!?」


「お、おいバカ! そんなはっきりとした病名を口に出すな!」


「え、何で?」


 何も知らない伊月からそんな言葉が漏れる。

 しかし時すでに遅し──彼が放った言葉は1人の少女の心を強く突き動かしていた。


「記憶喪失……大変です、す、すぐに救急車を——」


「安心しろ! ただの冗談だから!」


「そ、そう……なのですか。よかったです」


 ほっとしたのか胸を撫で下ろす美桜。


 僕はこんな事態を引き起こした犯人の肩を叩き、自分の方へと手招きをする。


「(馬鹿野郎! あんなこともう2度とあいつの前で言うなよ!? 冗談でも本気にしちまうんだから!)」


「(わ、わかったわかった……以後気をつけます)」


 結果——天然且つ世間一般を知らない(冗談ごっこも知らない)女神様を目の前にしているときは、どんな理由にせよ冗談は言うもんじゃないな。


「……それで? どうして2人はこんなとこに。通学路まったくの反対だろ」


「そうなんですが……実は、少し心配で。先週、あんなことになってからすぐにゴールデンウィークだったので、学校の治安というか空気というのか……。そういうのを長く吸いたくなくて逃げてました……」


「別に鈴菜さんが落ち込む理由ってどこにも無いと思うんだけど」


 それに、学校というより生徒1人1人の『憎悪』や『嫉妬』で空気が濁ってしまっているのだろう。鈴菜さんは人一倍、空気を読みやすいし。


 逆に悪いのは僕の方だ。

 自覚していない誰かさんはさて置いて、幼馴染であることを明かしたのは僕が原因だ。

 ……こうなるって、本当はわかってたんだけどなぁ。


「鈴菜はこういう奴だからさ、余計に心配になったんだとさ。それで、わざわざ時間帯合わせてここで待ってたわけ」


「偶然じゃなかったってことですか?」


「まぁ言うならば『待ち伏せ』だな。意味あってのことだし、そこら辺は勘弁しろよ?」


「安心しろ。お前しか警察には通報しないから」


「そうかそうかオレだけは……——って何でだよ!?」


「当たり前だろ。鈴菜さんに非はない。全部『お前が』認めたことだからな。僕が警官だったら、迷わず逮捕してる」


「せめて任意にしろよっ!!」


「連行は突っ込まないんだな、よし」


 僕は懐からスマホを取り出して番号入力画面に移行し、そこに『110』と入力する。


 それをわざと見えるようにしていた僕に、当然伊月はスマホを取り上げようと必死に僕に掴みかかろうとしていた。


「えっ、ちょ、待って待って! 許して! 何かしたんだったら謝るから許して!」


 許すも何も、お前は全国のぼっち民を敵に回したんだからな。当然だ。

 ……まぁでも、通報なんてバカな真似はしない。それに、今はこいつのポテンシャルに救われてる。


 先程まで不調モードだった僕にいつも通りをやらせてるんだから、相当な策士だなこいつ。

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