第二部
第12話「ぼっちは五月病にかかる」
『五月病』という病気がある。
それは、新人社員や大学の新入生、社会人などにみられる新しい環境に適応出来ないことに起因する精神的な症状のことだ。
日本においては、新年度の4月には様々な出来事がある。
例えば、入学や就職、それから異動に転勤、クラス替え、一人暮らしなどだ。
新しい環境への過度な期待——やる気はあるが、その環境に適応出来ないでいる。そんな人によっては『うつ病』と似た症状が出ることがある。
5月のゴールデンウィーク明け頃から起こることが多いとされるため、五月病と呼ばれる。
何故いきなりこんな話を持ち出したのか。
それはスゴく単純なこと——僕こと、和泉湊は絶賛五月病真っ只中なのである。
何がそんな病気を運んできたのかって?
そんなのは簡単だ。——女神様の誕生日の伏線があるからだ、以上!
「湊君、風邪でも引きましたか?」
そしてこのお
部屋の中だというのにしっかりと制服を着こなしている。5月ということもあり、ブレザーを着なくてもいいのだが、ソファーに女子用のブレザーが掛けられている。きっと着ていくつもりなのだろう。
まぁでも、まだ夏場に突入していない春真っ只中だしな。
「先程から、食事が進んでいませんよ?」
「……うん」
「それに、僅かですが顔色だっていつもより悪いですし」
「……うん」
「やっぱり風邪なんですね!? その頷き方、わかってやってますか?」
「何の話だよ……。そうじゃなくて、これは五月病だと思う」
「……五月病、ですか?」
さぁて……五月病という病名を聞いて、果たして美桜はどんな反応をするのだろうか。
五月病と言っても、正式に言えばこれは病気ではない。
風邪やインフルエンザと言った、体調不良に直接関係してくるような病気ではない。
どちらかといったら精神面に深く関わってくる病気だ。
だが、いつも健康に気を遣っている美桜のことだ。——『五月病とは?』とか普通に訊ねてきそうなんだよな……。
そして世話焼きの彼女のことだ。——『看病します』とかも言ってきそうだ……。
と。
僕がそう深読みしている間にも事は進んでいた。
美桜は僕の顔色を窺うようにして覗き込んできていたのだ。
……っていうか、先日の1件以来、距離が近くなってきている気がするんだけど。そう思っているのは僕だけなのか? それとも、前もこんな感じで距離が近かったのだろうか。僕達が自覚していなかっただけで。
「顔、少し赤いですね。やっぱり熱でもあるんでしょうか」
「そ、そんな大袈裟なことじゃないから……!」
「ですが、さっき『五月病』にかかっていると。明らかに病気だと認識しているじゃないですか」
僕の予想は的中した。やはり美桜は五月病という特殊な病名を知らないようだ。
何よりに僕の『体調面』を気遣っているのが、誤魔化しようもない明らかな証拠だった。
「……美桜。一応言っておくが、これは病気であって病気じゃないんだ」
「……どういうことですか?」
「うぅーん、と……。簡単に言えば、裏の裏の裏って感じ?」
「益々わかりません……」
「例えばだ。表を『事実』、裏を『そうでない』とする。そうすると、さっきの質問の回答はどうなると思う?」
「……『そうではない』ですから——つまり、病気ではないってことですか?」
ようやく理解してくれたようだ。回りくどい言い方をしてしまった自分にも非はあると思うが、それ以上に美桜の鈍感さに度肝抜かされた気分だ。
ただまぁ、これで今の僕が病人ではないと立証されたと思う。
「では、そうだとするとどうしてこんなにも真っ青なんですか? 体調が悪いときの何よりの証明となってしまいますが」
「……そりゃあ、こうにもなるよ」
「どうしてですか?」
美桜はいつものように首を傾げて僕に問う。
こういうときの美桜は素でわかっていないときだ。——これから向かう先が、一体どんな荒地へと生まれ変わっているのか。それを想像するだけで背筋が凍る。
僕は美桜が言う真っ青な顔色のまま、美桜の問いに返答した。
「……今日から学校だから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます