第10話「女神様とブランコと思い出」
「……酷いです湊君。まだ『さようなら』も言えていないというのに」
「何故鯉にそこまで思い入れが持てるのかそっちの方が謎だ」
まるで今世の別れを告げたみたいな壮大なエピソードが語られそうだが、当然そんなものを美桜が用意しているはずもない。期待はしてなかったがな。
「鯉はもういいだろ。一体何回繰り返すつもりだよ。…………。……どうだったんだよ、初めての餌やりは」
「はい。とても楽しかったです」
太陽のような笑み——少女漫画の中でも特に『想いを伝えるシーン』なんかで使われるエフェクトの一つ、キラキラのエフェクト。
まるでそれが具現化したように、美桜の笑顔はそれに等しい……いや、それ以上のものに感じた。
さすがは誰もが認める学校の女神様。
たとえ学区外であったとしても、身についた笑みは忘れないようだ。……だが、あそこまでのエフェクトがついた『本心からの笑み』は僕の前以外では見たことがないけれど。
「……意外だったよ」
「何がですか?」
「お前って、いつもは凛々しい感じが残ってるっていうか、さすがは“和の人”って風貌があったけど、そんなに子どもっぽい一面もあるんだなと思ってさ」
「失礼ですね。これでもまだ立派な高校生ですよ?」
「色々と言葉がおかしいけど今はいいや……。というか、高校生って自覚あったんだな」
「当たり前です。人のことを何だと……」
さすがに少し拗ねてしまったのか、美桜はぷいっと頬を膨らませて視線を斜め上に向ける。
横に並んで歩いている僕には、それに加えて少しだけ赤くなっているのがわかった。
……こう見ると、やっぱり美桜は普通の女の子だ。
笑ったり、泣いたり、怒ったり、拗ねたり。そしていつも通りに無表情になったり。
人間の誰もが持つ感情と呼ぶ部分が極端に冷えているなんてことは絶対ない。そうでなければ、こんな可愛らしい拗ね顔が出来るはずない。
「……いつでも辞めていいんだからな、あの外面」
瞬間、僕は思ったことを口に出してしまった。それは真城美桜という人間の百面相を知っているからこそ思ったことだ。
だが、僕は言ってしまった言葉を真っ向から否定するようなことはしなかった。
彼女のためではない。——ただ単に、そう思ったからだ。
僕しか知らない幼馴染の特権というのは、非常にいいと思うこともある。独り占め出来ていると、そう実感出来るからかもしれない。
けどこれは、僕の身勝手な感情だ。
美桜本人が昔のように『友達作り』をしたいと言い出せば、必然的に外面を装うことは不可能に近い。
何より、僕達は『嘘』が苦手だから——。
「……いいんです。このままで。皆さんが想像するような人間ではないにせよ、期待を裏切るというのは、私の中で最も嫌なことでした。だから私は外面を作りました。完璧で、揺るぎない自分を作る必要がありました。でも、この外面は私の中ではもう『常識』になってしまいました。湊君、前に言っていましたね。『常識というのは日々を過ごしていく中で身についていくもの』だと」
「……確かに言ったな」
「ならこの外面は、私が自然と身につけてしまったものです。もう……私の一部なんです。今更放棄するのも
常識というのは、日々を過ごしていく中で自然と身についていくもの。美桜に世間常識を教えると決意した日、僕は確かにそう言った。
僕は、彼女にとって外面とは周囲の過度な期待によって作られた『偽りの自分』だと思っていた。
……でもまさか、美桜がこの外面の自分を『自分自身』だと言って受け入れていたとは、まったく知らなかった。
美桜の言葉に嘘偽りはない。だがそれは、内面にも影響する話ではない。
だから外面のままでいる必要はどこにもないのにと、勝手に思い込んでいた。
そう、勝手にだ。
だが実際は、美桜はそんな自分を認めている。ならもう……何も言うまい。
それにわかる人にはわかるものだ。
今この公園で楽しんでいるのは、外面の美桜でも、内面の美桜でもない。——両方を合わせた美桜なのだということ。
途中の自販機で買った飲み物でひとまず水分補給。
今日はぽかぽか陽気な分、余計に暑さも増し増しになっている。
昼頃である今この時間は、最も気温が高い時間といえる。
「湊君、その桃味を1口——」
「ダメです。絶っ対にダメ」
「……ケチですね」
油断をすればこんな風にいきなり有無を言わせない形で乗り出してくるのが美桜だ。
やっぱり真城美桜は、こういう少し(だいぶ)抜けた一面を持ってこそだ。
「さて、次は何しようか……何かやりたいことあるか?」
「でしたら、ブランコに乗りたいです!」
「えっ……高校生にもなってブランコ乗りたいのお前……」
「引いた目で見ないでください。昔は散々乗ってたじゃないですか」
「小学生の頃の話だろ?」
昼休みになると、いつも校庭へ出て真っ先に着いた人がブランコに乗れる。
そんな生徒同士の謎の掟があった中、僕と美桜はいつもブランコに乗っていた。誰もいない、見晴らしがあるブランコに。
懐かしいものだ。
公園に来ることそのものが無くなってくると、こうした遊具も何だか懐かしく思える。
美桜はちびっ子達が違う遊具に遊びに行ったのを確認してから、そっとブランコへと腰を下ろした。何故そんなに慎重なんだ?
「ち、小さい頃と違って、今は、その……い、色々と変化が起こったというか——」
「別に大人が激しく乗ったってそうそう壊れないぞ」
「そ、そうなんですか!?」
敢えて言わないように避けたつもりだ。偉い。場の空気と彼女のポテンシャルを守りきった僕って偉い!
安全だとわかれば美桜もさすがに動じない。
やはり慎重めではあったが、地面を蹴りゆっくりとブランコを漕ぎ出した。
「……そういえば、立ち漕ぎなんてのがありましたね」
「あぁ。先生に危ないとか言われて止められたやつな」
「はい。……ということは、今ここで立ち漕ぎをしてもバレないってことでしょうか?」
やけに大人しめに問う美桜に違和感を抱いた。何やらいけないことに手を染める前の小学生のように思えてしまった。
「いいんじゃないか? ここ一応学区外だし、それに自重とか危険さとかが染みついてきた高校生なら、それぐらいお茶の子さいさいじゃないのか?」
「……煽らないでください」
「ってか、今どきの小学生だったら誰でも許可なしで出来ると思うぞ、立ち漕ぎ」
「ほ、本当ですか? げ、現代の力ってスゴいですね。私達が小学生の頃は、そんなの許されてなかったのに」
「そういうもんだろ。時代は動いてるんだし。ってか、お前も現代っ子だろ」
時代は時間が進むごとに進化を遂げている。
大人達が子どもの頃には禁止されていたことも、現代の小学生には許されていることも多く存在しているだろう。
立ち漕ぎなんかもそうだ。
小さい子どもには危ないからと、先生から注意を受けていた時代も、今ではあまり注意もされず立ち漕ぎする子どもも多い。
時代の移り変わりというのは、そういうものだ。
「湊君」
「ん、なんだ?」
「……私、こんなに楽しい休日、初めてです!」
本日三度目の、美桜の『本心からの笑み』はとても応える……心臓に悪いのだ。
……だが、彼女が言わんとすることは不思議と僕にもわかってしまっていた。
こんなにも笑う美桜を。
こんなにもはしゃぐ子どもの姿を。
こんなにも遊ぶ美桜を。
——まるで原石のようにも思えた、彼女が本気で遊んでいるときの表情とか。
1日で全てを見るのは勿体ないと感じるほどに、今日一日の出来事は僕の中で貴重な思い出として残るだろう。
誰も知らない幼馴染の顔を……僕は、もう少しだけ独占したいのだ。
「……奇遇だな、僕もだよ」
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