第9話「女神様は初めての餌やりをする」
「湊君! これは何ですか?」
「あぁ、餌やりだよ」
「餌……やり? というと、この子達に餌をやれるのですか?」
「だろうな。ここで暮らしてるみたいだし、餌は必要だろ」
鯉のぼりを見学し終えた後、今度は柵で囲われた池の方へと歩みを進める。
そこで美桜が興味を持ったのが、今度は『生きている』方の鯉だったのだ。……縁かよ。
「ですが、肝心の餌は……」
「ほら、あそこだよ。1個100円だとさ」
池の横で販売中の餌が入った箱に指をさす。
餌が無くては餌やりなどやろうとは思わないものだが、美桜はそんな一般庶民の脳みそをしていない。
『無ければ作ればいいじゃない』と。
そんな巧みの手によって、一旦アパートに帰ってまで餌を作ろうとするに決まってる。
……有り得なさそうで、出来ないと決まったわけじゃない。
それが証明されている以上、美桜は如何なる手段を用いても餌やりに没頭しようとするだろう。それもまた、恐ろしいところだ。
いや、違うな。
こういう場合——『諦めが悪い』というのだろうか。
「……結構小さいんですね——って、な、何ですか!? み、湊君! いきなり鯉が私に向かって跳ねてきましたっ!」
箱から餌を取り出した直後だった。
遠くから見守る僕が視認出来るほどに、池の中の鯉たちがいっせいに飛び跳ね始めたのだ。
「あぁ。餌の匂いに反応してるんだよ。鯉って結構強情だからな、特にここの鯉たちは」
「そうなのですか……ビックリしました」
美桜はほっとしたようで一度息を落ち着かせる。
そりゃあまぁ、あんなデカい鯉の大群がさっきまで見向きもしなかったというのにいきなり跳ねてきたりしたら驚くに決まってる。
強欲というか、素直すぎるというか。
小さい頃に何度か来ているからこの鯉たちのことも知っていたが、年々数が増えてる気がする……。自然に返した方がいいと思う量なんだけど。もしくは生簀を大きくしたりとか。
まぁ……無理強いはよくないな。
元々ここは市民公園なわけだし、生簀に何か問題が出れば解決されるだろう。
自治会にも入っていない子どもの口ぶりなんて、何の効力にもならなそうだしな。
「餌、待ち遠しいってさ」
「はい。あなたたち、ご飯ですよ〜」
美桜は柔和な笑みを浮かべて柵の上からぽとん、と餌を放る。
するとみたことか、鯉たちがいっせいに餌に向かって押し寄せ始め、鯉たちによる戦争が始まったではないか。
……食い意地スゴいな、相変わらず。
見る間もなく、美桜が放った餌は池の中からあっという間に姿を消した。
「……な、何という傍若無人っぷり」
「言葉間違えてると思うぞ、それ」
どちらかと言えばあれは……弱肉強食。人間の中にある社会地位だったり、会社内での上下関係なんかを表す言葉だが、鯉たちにもそれは当てはまる。
けどそうだな。下手をすれば、仲間を食べてしまいそうな勢いだった。
「次あげてやれ。何なら、どんどん放っていいと思うぞ?」
「と、取り分けとか出来ないですか?」
「鯉たちがそんな暇があるように思えたか? こいつらは人間じゃないんだから」
少し考えた後「それもそうですね」と納得した様子で美桜は再び
その餌に群がるように鯉たちは再び乱闘を始めた。
僕はその様子を離れたところから見守ることに徹した。
「湊君! 鯉ってどのくらい餌を食べるんですか? 全然お腹がいっぱいにならなそうなのですが……」
と、スマホを取り出そうとした僕を美桜の掛け声が食い止めた。声でかいな。
あいつはどうやら本気で鯉たちをお腹いっぱいにさせる気らしい。そうする前に声をかけてきてくれたのはナイスだったな。
「やめとけ。その前にお前の財布がお腹空いたーって悲鳴あげるぞ」
「……何を言っているのですか、湊君? 財布は言葉を発しません。常識ですよ」
かけた言葉が比喩表現だということに気づかないうえに、それを『さも当然』のことのように返答されても余計に困る! ってか、お前に常識どうのこうの言われたくないっ!!
そんなこんながありつつも、何とか購入した分の餌やりを終え、名残惜しい気持ちがあったのか柵にしがみつく美桜を軽々と持ち上げて池から離れる。バイト勢舐めるなよ。
意外と子どもみたいな素をお持ちのようだ。
こんな休日に、意外な発見をしてしまったな。
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