閑話「女神様は素行調査をする」

 今日は——私と同居してくれている湊君のアルバイトの日です。


 ある事情からとアルバイトという社会勉強に足を踏み入れている湊君ですが、その実、アルバイト先に出掛けるのは同居生活を始めてから『初めて』のことなのです。


 何故かと言うと本人曰く……、


「店長に言われたんだよ。新生活に慣れるまでの約1ヶ月間はバイト休んでいいから」と。


 湊君は中学生の頃と変わらない生活を送るつもりだったようですが、そうは問屋が卸しません。当たり前です。私はもう……湊君と疎遠気味になるのだけは、勘弁願いたいのですから。


 ……とは言うものの、一人暮らしというのは思っていた以上に大変らしく、生活費は自腹とのこと。

 正直に言えば、私が手を差し伸べてあげたいところではあるのですが、そんなことをしては湊君に何と言われるか…………嫌味の爆発が聞こえてきそうです。


 そのため、私は素行調査をすることにしました。

 理由は単純明快──湊君が今のアルバイト先で活気なるままに仕事が出来るのかどうか。としては、子のことを案ずるのは当然のことですっ!


「……さて、まずは何から探ればいいのでしょう」


 本日の家事当番は私。

 その買い物ついで(という名目)で寄ってみたのはいいのですが……思った以上にこじんまりとしたお店でした。


 外には数台の椅子と机。アウトドアな空気を楽しめるようにするためか、柵も設置されており、中に居なくてもお喋りが出来そうです。


 ここから様子を伺うというのも手ですが、お店ではなく店員が目当てである私が座っても、単なる迷惑にしかなりません……それは非常にまずいです。主に、知られたときの湊君の対応が。


 ならば中へ入る1択しかありません。

 ……ですが、湊君曰く、私の容姿は非常に目立つためにお店の中へ入るだけで周りの人の視線を集めるらしいのです。

 私にはそんな自覚ありませんが、湊君が言うのですから本当のことなのでしょう。



 と、まぁ──そんなこんなで『どうしたものか』とさまよい、試行錯誤した結果、あらかじめ持ってきておいた日除け対策の帽子とレンズが入っていない眼鏡を掛けて、中へ入ることにしました。


「いらっしゃいませー」


 丁度レジ付近にて対応していた湊君が、中へ入ってきた私に言葉をかけてくれました。

 接客サービス……なのだとは思いますが、湊君に認知されているのだと思うと、スゴく嬉しいです。


 湊君が働いているのは『ドーナツ屋』さん。

 そのため、甘く香ばしい香りがお店中に広がっており、急に小腹が空いてきてしまいました。


 現在の時刻はお昼手前の11時半過ぎ。

 そんな時間にもなればお腹は必然的に空きます……私としたことが、ギュル〜〜と何とも言えない音が鳴ってしまいました。


 素行調査ではありましたが……仕方ありません、何か食べながら調査することにしましょう。

 店内であれば、外よりも湊君を観察することが出来ますし。


 と、私がレジに向かおうとしているときでした。


「──お疲れ様、湊君!」


「店長。お疲れ様です」


 ふと、湊君に話しかける女性が現れました。

 店長と言っていましたし、おそらくあの方がこのお店で湊君を雇ってくれている人なのでしょう。

 外見はここからではよくわかりませんが……おそらく、優しい方だと思います。


「もうすぐでお昼だからね。お昼になったらあがっていいわよ」


「はい。いつもすみません、あまり手伝えてなくて」


「何言ってるのよ! 高校生であるうちは、勉強に集中しなきゃでしょ! 青春ライフなんてあっという間に終わっちゃうんだから!」


「あはは……大人が言うと説得力がスゴいな」


「でしょでしょ〜? もっっと敬いなさい!」


「はいはい了解しました」


「ちょっと! 知り合いだからってねぇ──」


 ……はっきりと聞こえたわけではありませんでしたが、それでもわかりました。

 ──ここは、いい環境で、湊君のことを大事にしてくれる優しい場所だということを。


 ならもう、素行調査は必要ありません。

 1人の客として、ここでお昼を食べることにしましょう。


 幸いにも人はあまりいないようですし、アルバイト終わりまで待つことも出来そうです。

 僅かな列も時間があまり過ぎずに進んでいき、やがて私のところに回ってきました。


「いらっしゃませ。ご注文を……──」


「こんにちは湊君。いえ、この挨拶は適当ではありませんね。この場合、何と言って挨拶するのが正しいと思いますか?」

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