第7話「女神様とのゴールデンウィークの予定」

「——それにしても、よ。こんなに良い幼馴染ちゃんを持っちゃったら、きっとお姉ちゃん寂しがっちゃうわよ? 『大事な弟にカノジョが出来ちゃったー!!』とか何とか言ってさ」


「有り得そうだから怖いんだよなぁー……」


「やっぱ、まだブラコンなの?」


「だと思いますよ。少なくとも月1で荷物届きますし」


「あははっ! やっぱり変わってないわね!」


 腹を抱えて笑う三谷さん。

 すると目の前に座っていた美桜が不貞ふてくされながら僕を睨みつける攻撃していた。


「え、えぇっと……」


「今。私は何のために、ここにいると?」


 あ、ヤバい……。完全にご機嫌斜めになっていらっしゃる。今度ばかりは簡単に許してくれそうもないな……さぁて、どうやって機嫌を直せば——



 と、そう思った矢先のことだ。


 いつもであればそのまま拗ねていじける僕だけが知る幼馴染の彼女へと変貌するはずが、美桜は軽くため息を吐いて再び僕を見た。


 だがそこに宿った瞳に、先程のような圧は存在していなかった。


「……美桜?」


 あまりにも不思議な光景に、状況把握が追いつけていない。

 その間にも美桜は僕から、三谷さんの方へといつもの女神様対応の視線を向け直す。


「初めて聞きました。湊君と三谷さんに繋がりがあること」


「あれ、この子から聞いてなかったの?」


「はい。湊君が言いたいと思わない限り、追及しないことにしているので」


「えぇっと……それはどういう観点で捉えればいいのかな?」


「話をややこしくしないでもらえませんか店長。こいつに自身を深追いさせるような質問をしないでください面倒なことになるので!」


 三谷さんが在らぬ語弊を招く前に何とか止めに入る。


 美桜は知ること知らぬことを全て“一般常識”と吸収してしまう。僕の知らぬところでもそのスキルは満遍なく発揮され、毎度間違った知識を正すのが大変なのだ。時には面倒なこともあるが。


 せめて目に届く範囲では、その余計なスキルが発動しないようにしたい。


「そっかそっか! じゃあ美桜ちゃんは、あたしに湊君を取られたと勘違いしてるわけか!」


「……えっ?」


「人の話聞いてますか店長……! そういうことを言うのを止めてくださいって言ってるんですよ、僕は!!」


 もしかしてと思っていたが、今ので確信した。——この人、僕で遊んでやがる!



 僕は『今すぐ回れ右しろ!』と心の中で強く念じ、その願掛けが通用したのか飽きたのかは謎だが、三谷さんは「じゃあ、ごゆっくり〜」とだけ台詞を残して裏へと戻った。



 ……まるで嵐のような人だったな。嫌いではないんだが、ああいうタイプの人間と付き合うのはとことん体力が削られる。


「……あの、湊君。先程三谷さんが言っていたことって……」


「何も言ってなかった」


「えっ? でも……」


「——何も言ってなかったと言えば何も言ってなかったんだ。それが平和への、自身を乱さないために必要な方法なんだよ」


「……何の話ですか? それよりも、私は私で話がしたいのですが」


「……あ、あぁ。そうだったな」


 バイト時間はとっくに過ぎている。朝から昼までの短時間労働、高校生にはこれぐらいから始めるのがいいだろうと店長がそう提案してくれた。


 確かに、学生の本分は『勉強』だ。

 社会勉強も大事なことではあるが、それは今すぐに学ばなければいけないことではない。


 長い月日、長い時間を掛けて覚えていくものだ。

 姉さんの友達である三谷さんには、そのぐらいの配慮ぐらい造作もないらしい。面接した際に姉さんと店長が自信満々にそう言っていたのは記憶に新しい。


 と、ここで思い返す。ここにいる意味を、目的を。

 ——ゴールデンウィークでの日程。それを決めたいと美桜が言っていたことを。


「……何か忘れてたって口ですね」


「違います。ちゃんと覚えてましたすみません」


「覚えているのであれば、謝罪をする必要なんて皆無だと思いますけどね」


「…………お前、実は策士だなっ!?」


「勝手に墓穴を掘ったのは湊君自身です。私に他意はありません」


 自分からボケておいてあれなんだが、そんな冷静に返されるとナイーブな気分になるんだな。伊月、お前の気持ちが今ならわかる気がする。


「まぁいいです」


 すると、美桜は鞄から手帳を取り出した。


 義務教育ではない高等学校。僕達が通う『公立三浦高等学校』では生徒全員に学校から生徒手帳とは別の手帳が配布される。


 学校での行事や休日、それからテストの振り返りなどを記入する箇所など、正に高校生が使うのに困らない代物だ。

 まぁ大半の生徒はあまり記入せずに終わりそうなもんだけどな。


 美桜はさすがの優等生っぷりだ。個人の予定から学校行事に関することまで全てがまとめられている。ケースからシャーペンも取り出す。


「さて、まずですが、湊君は明日から用事などはありますか?」


「ゴールデンウィーク内で、ってことか?」


「はい」


「……これといって特別な用事とかはないけど、何か用事でもあるのか?」


「……あの。もし良ければ、どこかに出掛けませんか?」


「……それは、ってことか?」


「はい。迷惑でなければですが」


 美桜は上目遣いで無意識のうちか、瞳まで光沢を帯びて小動物のように僕を見る。


 バイトは今日までだし、今後の連休の予定とかもない。

 美桜が出掛けたいと思ったことに驚きはしたが、反対をする理由もない。


 ゴールデンウィーク——この5月病を呼ぶ原因とされる連休に、どこにも出掛けないというのは確かに連休潰しだろう。


 学生らしく宿題をするのも手だろうが、先に話した通り僕にそんな『暇潰し』の選択肢は残されていないのである。

 何故かと言えば……、


「そりゃ迷惑じゃないけど……特にやることも無いし」


「そうですね。予定通りに初日なんてこともなく、その前の日に既に終わりましたし」


「確固たる原因はお前だけどな」


 僕の成績云々と言ってまるで子どもを見る親のように、休日の大半は美桜の勉強会によって潰される。

 ゴールデンウィーク中の宿題はその餌食となったのだ。


 貴重な暇潰しを捨てられた子どものような心境である。


「早く終わるのに越したことはないですよ? 宿題という障壁が無くなったお陰で、湊君はこうしてアルバイトに時間を使えるのですから」


「……優等生の台詞だな。大半の学生は、夏休みの最終日みたいにギリギリまで宿題を溜め込んで友達と一緒にそれを消化し、そしてそれを見守る見せ役がいるわけだ」


「悪い例ですよ、それは」


「この際悪い悪くないじゃない。学生の内の醍醐味って言うんだよ」


「私は嫌ですよ? そんな醍醐味は要りません」


 普段はポーカーフェイスを保っている美桜だが、あからさまに煙たがる表情を浮かべた。


 だが、美桜の言うことが本当は正しい。

 宿題は早めに消化するに越したことはない。その分の余裕が生まれるし、何より得感が溜め込むときの倍以上になるからだ。


 僕は脱線しつつある話の主軸を戻そうと話題を変える。……変えたのは僕だけど。


「……それで、どこに行きたいんだ?」


「……いいんですか?」


「人が多くなくて知り合いが絶対に来なさそうなところ。それだったらいい」


「随分と条件が厳しいですね」


 当たり前の処置だ。寧ろこれでも条件を減らした方だしな。


 4月30日——美桜の誕生日の日に、遂に僕と美桜が『幼馴染』だということがバレてしまった。……いや少し表現が違うか。バレたのではなく、バラしたのだ。

 もちろん故意ではない、真剣に、それもクラスメイトが集まる教室の中で。


 けれど、絡まれる美桜を放って置けるほど、僕も大人ではなかったということだ。

 この出来事は収束していない。逆にどんどん偽情報が蔓延っているほどだ。


 ゴールデンウィークが後1ヶ月ぐらい続いてほしい。切実な願いである。


 まぁそんな願いは叶うはずもなく、ゴールデンウィークが明ければ再び報道並みの人間が詰め寄ってくることだろう。


 そんな地獄が始まる前に、美桜は何とか2人で出掛ける時間を作りたかったのだろう。


「どこか行きたいところとか、あるのか?」


「いえ、特には。湊君が行きたいと思った場所に行きたいです」


「……そう言われても。……美桜、屋内とか屋外がいいとかはあるか?」


「いいえ」


 美桜は首を横に振って「どちらでも」と発言した。


「だったら——息抜き出来る場所がある」

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