第6話「ぼっちと店長の繋がり②」

 と、先程のやり取りを軸とした簡素な雑談をしながら数分——トレイに2人分の飲み物を載せた店長がやって来た。


 そういえば、先程までの嫉妬や妬みなどが多彩に含まれた視線が跋扈ばっこしなくなった。

 誰も見ていないということではないが、それでもチラリと窺うほど。殺意満々だったアレよりは幾分マシだ。


「どうぞー」


「ありがとうございます」


「……ありがとうございます」


 僕はミルクティーを、美桜はお代わりをした紅茶を一口飲む。


「……やはり美味しいです。湊君、パックでいいので淹れてください」


「パックを所望するんだったら、別に僕がやる必要なんてないと思うぞ? それとも何か? また『やり方』云々、言うんじゃないだろうな」


「……ひ、人の成長を小馬鹿にしないでください」


 バカにしているつもりはなかったんだが、言い方を変えてしまうとそう聞こえてしまっても仕方がないか。


 いつも通りの会話の連続。


 僕が知る“一般的”から離れたものもあれば“意味不明”だと解釈違いから生まれる内容もある。今回の場合だと、これは解釈違いだろう。


 人というのは実に面白い生き物だと思うことがある。美桜を目の前にしているときには、尚更それを痛感させられる。


 1つの言葉、1つの表現の違いなんかでその者が自身と同じ解釈が出来ない可能性がある。


 感じ方は人それぞれ——なんてよく言うが、それもまた言い換えれば『解釈違い』と言えるのだろう。


 美桜との会話にはそれらが必需品だ。

 解釈違いなんて関係ない。常識の全てが通用するわけがないと、そう痛感させられるだろうし、嫌でも思い知ることになる。


 今回のこともそう。家事スキルが万能である美桜が、わざわざ僕に頼んで紅茶を淹れてもらう必要性がまったくもってわからない。


 寧ろ怖いと感じてしまうほどだ。

 家出してきた初日なんて、僕とどっちが先に家事をするかを競うぐらいに家事が大好きなくせに、何故煩悩な僕にやらせようとするのか……見せしめぐらいしか思い当たらなかった。


 ……一体美桜は何がしたいんだ。そう結論が出る。意味不明という結論が。


「……飲みたいと思ったら、何故か湊君が出てきたんですよ。わかりますか?」


 ——──全然わかんない。


 唯一わかることと言えば、優等生が言葉の表現を間違えすぎているということだけだ。


「……何だろうな。そういう風にしてると、優等生っていう仮面がどんどん剥がれてくな」


「そう……なのですか? 自分ではよくわかりませんが……」


「前にも言ったが、そろそろ自分が優等生であることを自覚しろ。じゃないと反感買うぞ」


「……それは、課題ですか? 湊君が言う、一般人に近づくための」


「当たり前だろ。優等生と劣等生の差ぐらいわかるようになれ」


 僕は少し呆れ気味になりながらミルクティーを口の中へと運ぶ。


 ……ここまで僕が懸命になるのも珍しい。我ながらだとは思うが、幼馴染相手にここまで世話焼きになるのはどうしてなんだろうか。


 基本的に僕は誰かを世話する、ということに激しく向いていない。

 なのに——美桜を相手にすると、どうしても放って置けない気持ちになってしまう。


「……わかりました。出来る限り努力はします」


 美桜は小さく拳を握り込み、おっす、と小さくアクションを加えた。やる気と結果は表裏一体——どう転ぶかは美桜次第なので、僕からは言うこともない。


 それに、身についた『常識』というのは、中々剥がれないものだ。


 もちろん、投げ捨てることも出来る。本人の意思に直結するものとなるが、彼女が自分から変わりたいと望み、そして少しずつ変わろうとしている。ならば僕に出来ることは、影からサポートをするだけだ。


 学校でやっていることと、何1つ変わらない立ち回りだ。



 ……1つ言い忘れていたことがあった。んな可愛らしい仕草どこで覚えてきた。



 そんな僕達の光景を見守っていた三谷さんは、クスッと苦笑した。


「湊君。いい幼馴染を持ってたんだね」


「……何ですかいきなり。親目線ですか?」


「そんなんじゃないって! だってさ。こんなに礼儀正しくて律儀な子、あの子の弟である君には一生縁が無いだろうなぁ〜、って思ってたからさ!」


「すみませんね、ああいう姉の弟で……!」


 フレンドリーである代償としてこの遠慮の無さがこの人の最大の欠点。


 普通に『友人』として話すのなら、親しみやすい人なんだろうけど生憎と僕はこの人のお友達ではなく“友達の弟”という認識なのだ。話し方などにケチは入れない口だが、それでも多少は傷つくんだけど。


「そういうことじゃないよ」


 三谷さんはははっ、と冗談のような口振りで笑みを浮かべて非論する。


「……あれかなぁ。君の姉さんの知り合いだから思えることなんだろうけど、あの子は自分が周りからどう思われているのか知っていたから、いつも『孤独』であろうとしてた。唯一の支えである、弟君さえいればいい。……そうやって殻の中に閉じ籠もってね」


「…………」


「運良くあたしのみたいなのが居たからあの子は“今”を貫けるけど……湊君はどうなのかなって、ずっと気にかけてたから」


「……三谷さん」


 当時、幼かった僕のところに現れた姉さんの友達。


 その人はいつも、僕相手にお土産を持って来てくれて、2人の間にも僕を混ぜて遊んでくれた。まるで——2人目の『姉さん』が出来たみたいだった。


 今でも鮮明に覚えている。


 姉さんはいつも僕のために笑顔でいてくれていたことを……本当は、寂しがりの甘えん坊さんなのだということを。



 年月は経ち、僕は姉さんと一緒に実家を出た。

 そのことを知ってから三谷さんは、原因であった僕を何度も気にかけてくれていた。あの家について知っているから、尚更迷惑をかけてしまった。


 姉さんが今どこで何をしているのかはわからない。けど、きっと今もただの弟である僕のために各地を旅しているのだろう。


 ……本当、いい加減に弟離れしてほしいものだけどね。

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