第2話「ぼっちは先輩たちに迫られる……?」

 奥は主にドーナツを焼くための厨房と、後は従業員スペースのみ。

 どこにでもある普通の広さだ。


 ……だが、先輩たちの『心』までもが広いとは限らない。

 現に今、僕の目の前にいるのは心が狭い先輩たちだった。


「さぁて……聞かせてもらおうか。和泉君、あの美女と知り合いなのかい?」


「……えぇっと。あ、あの子とは……その、お、幼馴染、で……」


 いつもの長閑で平和に過ごせる休憩スペース。……だが今はそんなスペースはどこにも存在していない。

 あるのは——嫉妬や怒りで我を忘れた先輩たちの雑念のオーラのみである。


 優しく、尊敬出来る先輩たち。

 ……だがどうしてか、今や1歩踏み間違えれば『殺人鬼』へと成り果ててしまいそうだ。


 逃れようともがくことも可能だ。

 しかしそれは、とっくのとうに選択肢から排除された。

 拒否権を行使することを禁じられているため、一切の情報提示を拒むことは出来ないのだ。


 いくら姉さんの知り合いがいるにしても、ここはそんな人がわんさか居るわけじゃない。普通の従業員ももちろんいる。……そしてそれは、今この状況にて不利となる要因でもあった。


 それも当然だろう。

 何せ、誰の目にも止まる八方美人っぷり。加えて先程見せた『本性の笑み』。それらが先輩たちのこの謎めいた闘争心を掻き立てているのだろう。


「お……幼馴染だぁぁあ——──!?」


「えぇっと……そ、そうですけど」


 ここは肯定するところなのだろうか……。少し迷ったものの、僕と美桜が幼馴染であることを偽っても仕方がないと思った。


 先輩たちがそんな度胸試しするとは思えないが、その美桜本人がこの店にて食事しているのだから——事実確認なんていくらでも出来る。


 それに、美桜は『嘘』が何よりも嫌いだからな。


「じゃあ何か!? 和泉君は選ばれた人種とでも言うのか!?」


「え、選ばれた人種……?」


 先輩たちの言葉を僕はリピートする。

 あまりにも意味不明だったのだ。


「あぁその通りさ……! あんな美人な女神様が幼馴染……そんなの、何てありふれた設定だと思っているんだ!! それを、さも当然のように言うお前がけしからん!!」


「……憎い、恨めしい! こんなに貪欲になったのは産まれて初めてだ!」


 どこまで壮大な話にするつもりなのだろうか……。


 ……まぁ要するにだ。先輩たちは僕があいつの『幼馴染』であることに嫉妬しているということなのだろうか。


 先輩たちは苦悩を続け、終いには僕の肩を強く掴んで揺さぶってきた。


「なぁ!! どうしたら、あんな美人さんと話が出来る!?」


「どうしたらあんな美女と対話が出来るんだ!? なぁ和泉、あんな美人な幼馴染がいるお前からのアドバイスをくれ!!」


「……レジに注文に来れば、自然と話とか出来るんじゃないですかね?」


 泣きながら諭されたが、僕はそれに本心とちょっとした皮肉を込めて言った。正直少し鬱陶うっとうしさを感じていたのだ。


 しかし間違ってなどいないはずだ。

 このお店の従業員として、カウンターや席にて彼女と関われる機会などいくらでも広がっていることだろう。


 少数パーセントしかない賭けではあるが、一言ぐらいであればあの美桜でも返してくれるはずだ。……そう簡単に行くとは到底思えないけど。


 たとえ僕が相手でも中々『素』を見せないのが美桜だ。


 頑丈且つ鉄壁のお城を築いている彼女の心に触れるのは、僕ですらまだ及ばない。僕自身も出来た人間だと胸を張って言うことも出来ないし、逆に美桜も、何かしらの根拠がなければ人を信用することさえままならない。


 やはり僕達は、あいつの言う通り似ているのかもしれない。


 すると、先輩たちは突如として落ち込みモードになったり、考え込むようにして黙り込んでしまった。……忙しい先輩たちだな。


「た、確かに……和泉の言う通りだな」


「……悪い、ちょっと嫉妬したんだ」


「け、けど! ズルいと思ったのは本心だからな! あんなに美人な幼馴染なんて、お前はラノベの主人公かっ! ハーレムか!」


「どっちも違いますから……」


 僕は一般男子で、普通の高校生だ。

 よく出来た優等生でも、実は裏では人気絶頂中の大物……なんてオチはどこにもない、ありふれた普通の高校生だ。


 女好きでもないし、ましてや男好きでもない。

 恋愛感情なんて人それぞれだけれど、僕にはそのどちらも芽生えたことはない。……いや、少し訂正を加えよう。恋愛かどうかはさて置いて、少なからず幼馴染の美桜には“幼馴染以上”の感情が宿っていると思う。


 ……いつからとは明確に表現するのは難しいが。

 だがそれでも、学校でのハーレムを作ろうなどという、ラノベならば王道な展開は僕も望んでいない。寧ろ僕という1人の存在が、それらを避けてきた証明になる。


 主人公には憧れはするが、なってみたいとは思わない。

 ああいうのは、芯の強い人、周りに恵まれている人が務めるものだと思う。


 ——僕は、そういうのとは無縁の人間だ。

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