第二章

第一部

第1話「女神様がアルバイト先にやって来た」

 季節は5月へと入り、暑さは日に日に増していっている。


 だがまだ4月並みのそよ風と暖かさが残る中、僕達学生と働き手達のために与えられた休日——ゴールデンウィークが始まっていた。

 もちろん、ウチの学校も休み。部活にも入っていないので、必然的に暇な時間が増える。


 学校から出た課題に取り組む……という学生らしいことをするも、たった1日でそれらは決壊した。


 僕が優秀なのではない。ただ数が少なかったのだ。

 まぁでも、せっかくの連休に水を差すようなやり口が、学生の大半が嫌うのは仕方ない。


 友達と遊ぶ時間が減り、1人でゆっくりする時間も減る。

 貴重な休日など、誰もが惜しいと感じるに違いない。


 だからこそ——人々は悔いが残らない休日を過ごすのだろう。それは社会人だけに留まらず、学生に至っても道理だ。



 そこでだ。

 僕はこの連休を有効活用すべく、バイトを入れることにした。


 そこは『遊びに行く』のではないかと思ったそこの君、それは陽キャに限らず陰キャでも満喫の仕方はあるだろうが、僕にはその『満喫』の仕方がわからなかった。


 家に居ても1人ではないし、かと言って出かける場所もない。

 ならば——有効活用しようということになるだろう? 当然の発想だ。


 僕がバイトしているのは近所にあるドーナツ屋だ。

 ここは行きつけ……というわけではなく、このお店の店長が昔から姉さんと知り合いだったために紹介してもらったのだ。


 元々、ある事情から実家を出てきている僕には、生活費を稼ぐ場所が必要だった。

 必要物資は姉さんが肩代わりしてくると言ってくれたが、僕はそれを断った。

 住む場所も、働き口も、全て姉さんの紹介だった。だから金銭面だけは、僕自身が何とかしたかった。まぁ言ってしまえば、単なる意地だ。



 現在時刻は昼間のまっしぐら。

 昼間の本場を過ぎ、徐々に客足が減って店内は落ち着きを取り戻した。


 かと言って客足が途絶えたわけではない。現に今もレジ前には人が並んでいるし、席には多くのお客様が座っている。

 そして僕は今……、


「こんにちは湊君。いえ、この挨拶は適当ではありませんね。この場合、何と言って挨拶するのが正しいと思いますか?」


「即刻帰って頂けますか?」


 この目の前の知り合いに手を焼かされていた。


 バイトの日だと告げてはあったが、まさか実際来るとは予想していなかった。

 完全に僕の計算ミスだった。


「酷いですね。従業員サービスって知ってますか?」


「接客サービスだろ。……っていうか、何で来た」


「お買い物しようと思ったのでそのついでです。それと、湊君がこうしてお店で働いているところを初めて見たら入ってみたくなったので」


「すぐにガラス変えようかな」


 ファーストフード店に興味など無いと思っていたのが運の尽きだったようだ。


「……それで、何か食べてくのか?」


「当たり前です。せっかく寄ったのですから、食べていくに越したことはありません」


 美桜は「うぅ〜ん……」と真剣に考えながら注文メニューを選んでいる。

 来たついでに食べていってくれるらしい。


 コンビニで立ち読みして帰る客とは違って利口的だよな美桜は。ただ単に食べてみたいだけのようにも見えるけど。


「オススメとかってありますか?」


「色々あるけど。僕だったら、このドーナツセットとか好きだな。自分の好きなドーナツを数だけ詰めれるから結構オススメ」


「そうですか。では、それにします。後紅茶を貰えますか?」


「追加料金ですが、よろしいですか?」


「はい」


 美桜相手に敬語使う日が来るとは思っていなかった。美桜はいつも敬語だから、接客してても違和感がないな。

 そんな僕の心境が伝わってしまったのか、美桜は少しおかしそうに口許を押さえていた。


「……何笑ってんの」


「いえ。……ふふっ、湊君が敬語使ってるのが、少し面白かったというか。ふふっ」


 やはりバカにされていたらしい。


 臨機応変なんてこと言葉があるように、僕だって状況に応じての対応は出来る。


 従業員はお客様に対して適切な対応をすること。——今で言えば美桜もその対象の1人だ。


 だが、僕が敬語を使うなど滅多にない。

 先生に対しても指名される以外会話することもほとんどないし、廊下ですれ違うこともそうそうないからだ。


「……ほら、番号札と容器だ」


「……これは?」


「紅茶用だよ。その番号札を机の上に置いてくれればわかるから、見える場所に置いておいてくれ」


「わかりました。でしたら、こちらは?」


「さっき説明しただろ。そこにあるドーナツの中から好きなのを6個選んで入れるための容器だ」


「わかりました。……ふふっ、湊君が接客してます。ふふっ」


 ……とりあえず、後で叱っておこう。

 今は接客中だからな、仕方がない。


 美桜は番号札と小さな容器を持って、レジより少し離れた席へと座る。

 鞄やカーディガンなどを椅子に掛け、容器を持って再びこちらへ……ではなく、その隣にある『ミニドーナツ』を取りに来たのだ。


 その中から美桜は、チョコやイチゴなどの定番なものから、コーヒー味などの変わったものまで合計6個入れて席へと戻った。


 その様子を一通り見た後、僕は美桜用の紅茶を淹れるために裏へ。



 ——しかし僕はそこで、とても異常な光景を目の当たりにした。



 今日の従業員は僕を含めて10人程度。

 その全員が——レジから戻ってきた僕に威圧と嫉妬の籠った視線を向けてきていたのだ。


 い、一体何が起こったんだ……?

 そうこう悩んでいると、1人の先輩が僕の肩を力強く掴んできた。


「よぉ和泉君やい。少し、奥で話そうか……?」


 明らかに怖い……こんな目が血で染まった先輩は見たことがない。


「……ちなみにですが、拒否権というのは」


「「「無しに決まってんだろ!!」」」


「ですよね……」


 僕に先輩たちの行いを止めることが出来るはずがない。

 抵抗することも出来ず呆気なく先輩たちに連行されてしまった。


 ……暴力は反対したい、今日この頃。

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