番外編③「女神様は僕にだけ容赦がない」

 とある休日の昼下がり。

 僕こと、和泉湊はいつも通りに、学校の『女神様』であらせられる真城美桜のお勉強会に強制参加させられていた。


 休憩ありの1時間授業。それを3セット。

 塾でも通っているのだろうかという気分にさせられるこの勉強時間。不満があるわけではないが、何故ここまでハードなのかを問いたい。


 紙の上にペンを走らせ、いつかはタコでも出来そうな感じだったが、それで休めるほど僕は問題につまづいていなかった。


 ……どうしてだろうか。

 授業でも『余計な部分』として必要としなかった応用知識を問う問題が、美桜の講座によって、たった1回で解けてしまったのだ。

 黒魔術か何かなのかと、疑いたくなる……。



 単純な話、他人ひとに教えるのが上手いのだろう。


 要点だけを教え、余計な概念は排除する──簡単そうに見えて、仮定の話をしないというのは意外と難しいものだ。

 きっと、僕にも到底真似は出来ない。

 美桜だからこそ出来る『特技』なのかもしれない。


「……少し休憩にしましょうか」


「だな……肩が痛い。つーか、美桜っていつもこんな量の勉強してるのか?」


 純粋な疑問を投げてみることにした。

 気になっても不思議ではない。──僕にこれだけの勉強量を要求しても尚、休憩していない人が目の前にいるのだから。


 ペンを置くどころか走らせることをいとわない。まるで勉強量や時間など差程問題ではないと、そう言われているようだ。


「どうでしょう。日によって勉強時間は違いますけど……大体、1時間は最低でもやってますね」


「今どき珍しいと思うぞ。テスト週間に入ってもいないのに真面目にテスト勉強してる高校生って。何なら、小学生にいるのかも怪しい」


「小学生に失礼ですよ。それに、勉強量というのは人に個人差が出るものですから」


「……まぁ……そうだろうけども」


 確かに、高校生を主体としてもそれが『全員』に当てはまるかと問われれば『否』と答える。


 それと同じようにして、小学生に対してのこともそうだと言える。まぁそれもある意味で『個人の良さ』と言うのだろうな。


 ──と、ここで僕は思考を止めた。



 あくまでも勉強量に個人差が生じるというのであれば、筋断裂を起こしている(そう思っているだけ)僕に勉強量を提示してくるのは──何故だろうか?


 明らかに疲弊頻度が今までの比ではない。

 ……なに? いつの間にかあいつを怒らせるような何かでもしたか、僕は?


「……美桜。1つ質問するから、嘘偽りなく、正直な感想で述べてくれるか?」


「構いませんが……嘘偽りって、私ついたことありました?」


 こういうときにまでマジレスな感想を寄越すとは……さすがだよ、女神様。


「……さっき言ってたよな、人には個人差があるって」


「言いましたね」


「……今! この場でお前が僕に求めてる問題量って、普段の僕の倍以上なわけだ。──これについて僕は審議をしたい」


「……なるほど。つまり、割に合わないと。そう言いたいわけですね?」


「そう言っているだろう」


「──でしたら、審議するまでもありませんよ」


 美桜は僕からの審議を深く考えるまでもなく、即決で判決を言い渡した。


「……何故だ」


「簡単な話です。湊君が、本当は『努力家』であることを知っているからです。中学生での成績がそれを確信づけています。これで、終わりですね」


「…………過去に制裁を加えたい」


「過去というのは『過ぎ去った出来事』のことを指す言葉です。確定されてしまったことをやり直すなど、それこそ漫画の中での話あるある? なのではないですか?」


「……覚えたてのくせにぃぃ……!!」


 やはりこの幼馴染は、過去の僕を知っているだけに容赦がない。──勉強が生き甲斐だった、あのころの僕のことを。



 おそらく美桜は、過去の僕と比例して『大丈夫』だと結論づけしているのだろう。……迷惑にもほどがある。

 あの頃の僕と、今の僕。

 ……どちらにせよ、僕にこれだけの勉強量は、さすがに脳内が爆発しかねないんだけどな。


「……手加減って知ってるか、女神様?」


「呼ばないでください。それと、湊君相手に手加減なんて、するつもりありませんよ」


 悪戯っ子のような笑みを浮かべて、美桜はそう言ったのだった。……理不尽だ。

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